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第30話 バーリの片割れ

 クラヴァスとユリアがわかれたまさにその時、ノヴァローマの町、バーリは少し慌ただしかった。

 その理由はノヴァローマから、ノヴァローマの監察官ケンソルが訪れると知らされていたからだ。

 監察官とは人口や税が滞りなく納められているかということを調べる現代で言うところの国勢調査官や税務調査官を兼ねる役職だろう。

 この世界では神が人々の行いを見つめているとされているが、悪意がなくとも統計の漏れや失敗は起こりうるためにこのような役職が存在したのだ。

 ざっくり言えば中央のエリートが地方に視察すると世間にも知られている状況だった。

 そしてそれと時を同じくしてバーリの町では出征の準備が進められていた。

 そこにはクラヴァスの双子の兄弟ルキウスの姿もあった。


 ぱちりと目を開けるとルキウスには見慣れない天井が目に入る。

(……またあの夢か)

 見上げると首が痛くなるほど高い建物。

 何百人もの人を乗せてひとりでに進む乗り物。

 目まぐるしく映像が切り替わる板。

 見たことがないはずなのに、見慣れている気がする不思議な光景。それがどこの景色なのかルキウスにはわからない。

 ただ、ここではない場所だということだけ。そして何よりこれは今の自分に関係がないものだと認識できてしまう。

 だからいつも見なかったことにする。

 ふと、足音が聞こえる。

百人隊長ケントゥリオ。準備できやしたぜ」

「そうか。ありがとうニザルス副官」

 古代ローマにおいて百人ほどの部隊をケントゥリアと呼び、それを指揮する人間がケントゥリオだった。

 その副官であるニザルスは日焼けしてがっしりとした体躯にいくつも傷がついていることから歴戦の勇士であることは誰から見ても明らかだった。

 それに比べてルキウスは年若く、見た目も貴族のようで、事実として彼は血筋としては貴族だった。どちらかと言うと華奢だったがそのまなざしは獣のようにギラギラしていた。

「ふうむ。しかしルキウス隊長」

「なんだ?」

「失礼ですがあなたはピウス家が後見人としてついているのですよね? 何故こんな僻地まで足を運んだのですか?」

 バーリはこの近辺では大きな都市だがローマやナポリには劣る。それに戦いで名誉を得るなら蛮族の本拠地であるシチリア島に近い戦地の方がいいはずだ。

「おれには時間がない。一刻も早く……名誉を回復しなければならないのだ」

「名誉?」

「ピウス家の本来の後継者であるグエナウス様は斥候だった蛮族に殺されたとされている。……だがおれは信じていない。あの方は何か卑劣な罠にかかったのだ。そうでなければあの方が死ぬはず等ない」

 戦場の外で誰にも看取られずに死ぬというのは軍人にとって不名誉なことであり、それゆえにピウス家は陰口を叩かれ続けていた。

 そんな風潮を変え、そしてグエナウスの仇を取る。その意思こそがルキウスを苛烈なほど戦へと駆り立てていた。

「ふむ。事情は承知しました。このニザルス、できる限りあなたを支えましょう」

 正直に言ってルキウスはほっとした。

 ここで副官から信頼を得られなければ部下をまともに運用できるとは思えなかったのだ。

「だがそうは言っても今のところ俺たちにたいした仕事はない。初仕事は食料が運び込まれている場所の警護だ」

「おおいに結構じゃありませんか。命令があれば偵察に赴くこともあるでしょう。そこで敵の村でも見つければ手柄になりますよ。そうすりゃタラント攻めにも参加できるでしょう」

「そう上手くいけばいいがな。まあ、先に出発したルコーラという男が手ぶらで帰ってくれば芽があるかもな。甥を縁故で登用するような奴だ。大した男ではないだろう」

 ルキウスは少しだけ微笑んだ。

 見知らぬ場所でも気軽に会話できる相手がいるだけで心は晴れやかになるものなのだ。


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