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第28話 食前の祈り

 リュカオンたちも畑仕事を切り上げさせて牧場の近くに向かう。

 そこではすでに用意された食材が机に置かれていた。

 大麦を薄く延ばして焼いたトルティーヤに近いパン。

 発酵という現象がなく、小麦も存在しないため基本的にこういうパンが主流になったらしい。

 そこに具を挟んだり丸めたりするのが一般的だ。

 普段ならレンズマメだったり家畜の肉を挟むのだが今回は少し違う。

「クラヴァス? これなに?」

「カード。チーズの元になるもの……つってもわかんないか。まあ要するに牛乳を固めたものだよ」

「へー! こんな風に固まるんだ! 卵みたいなもの?」

「ま、そんな感じ」

 ユリアは料理もできるおかげで直感的にタンパク質の凝固性について理解しているらしい。

「最初は子牛の胃が欲しいって言われた時は何をするのかと思ったんだな」

「怪我した子牛をくれて感謝してるよ」

 牛乳を凝固させるためにレンネットを採取しなければならないのだけれど、牛の第四の胃が必要なのだ。

 胃を洗って乾燥させて砕いて抽出。結構時間がかかったものの上手くできた。このカードを熟成させるとチーズになる……のだがこの微生物の働きが違う世界だと上手くいかない気がする。

(でも牛の胃にレンネットがあるってことは少なくとも酵素は存在する。生物の生命活動には酵素が必須。微生物の酵素だけ何か異常があるのか?)

 また思考がどこかに飛んだ俺を引き戻すようにユリアが声をかけてきた。

「ねえ。味見していい?」

「いいよ」

 崩れそうなカードを慎重につまみ、長い舌ですくうように口に運ぶ。……こんな所作でさえ妙な色気を感じさせるのだからラミア……いやユリアには恐れ入る。

「独特な食感! 思ったより淡い感じかな? 塩とかハーブとかを足してもいいかも」

「じゃ、おらも一口……うん、意外といけるんだな」

 ちなみにミノタウロスは牛の顔をしているが別に牛を食べる場面を見てもなんとも思わないらしい。俺たちがトラに襲われる猿を見ても、うわ、怖いなあ、くらいにしか思わないのと一緒なのだろう。

 とはいえ牛扱いされると怒られても文句は言えないのでそのあたりは氏族共有の禁句という奴だ。

 そー、と手を伸ばしていたシバの腕をはたく。

「カードは乳糖があるから熟成させないとリュカオンには食べられないからだめだ。お前らにはこっち」

 コップに入った半透明の液体を差し出す。カードを作った時にできるホエイだ。タンパク質、カルシウム、ミネラルなども含む栄養価抜群の飲み物だ。

 実のところリュカオンの食糧事情は問題だ。

 氏族の中でかなり肉食傾向の強いリュカオンは数が増えると食料調達が難しくなる。チーズ作りはそれを解決する一助になるかとも思ったわけだが……うまくいかないもんだ。

 風がそよぐ農園でランチタイムとはなんとものどかな光景だ。

 全員待ちきれないとばかりに椅子に座る。が、まだ済ませてないことがある。

「全員座ったな? じゃあ食前の祈りだ」

 そう言うと全員で手を合わせる。

「in nomine dei」

 俺の言葉に合わせて全員が目を閉じ、祈る。その様はまさに敬虔なる神の信徒だった。

 うん。


 上手くいっている。

 俺はリュカオンを含めた教え子や近くの人に祈りや神について教えていた。ローマの神話ではない。いろんな一神教の教義をごちゃまぜにして捏造したものだ。

 ……俺は無神論者なのでこれも計略の一つだった。


 なお、この後でダックスは腹を壊した。

 最初は心配していたのだけど、どうも俺の目を盗んでカードをつまみ食いしていたらしくて乳糖の影響で腹を壊したらしい。犬に牛乳を飲ませちゃいけないのと同じ理屈。

 完治してからこってり絞っておいた。


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