第26話 腐敗と発酵
(マジでノヴァローマに対抗するなら、国力も上げないとな。そのためには教育。技術。ほんで農業だ)
ノヴァローマと十の氏族側にはかなり大きな差がある。
その差を埋めるにはかなり工夫が必要だ。人類を地球に帰還させる方法を探すつもりではあるけど、その前に氏族の滅びは回避しないといけない。
「そういえばさ。ノヴァローマって米を栽培してるんだよな。水ってどうしてるんだ?」
ちなみに日本人には意外かもしれないがヨーロッパでもっとも米の生産が多いのはイタリアである。ただ地球の古代ローマでは主に小麦が栽培されていたはずなのだが、存在しない。どうも米が転生……という言い方が正しいのかどうかはわからないけれど地球から世界を超えて持ち込まれたらしい。
これもエルフの魔法によるものらしい。
「ノヴァローマより北に行くとここより雨が多いらしいんだな」
あ、そっか。イタリア半島は縦に長い。それゆえ気候帯が異なる地域が多いのだ。ローマより北に行くと温暖湿潤気候になったはず。そのあたりは確かノヴァローマの支配地域だったはずだ。
「あと、ホーラーの三女神っていう神様にお願いして雨を降らせてもらったり、ネプチューンの魔法に水を生み出す魔法があるらしいよ」
「はあ!? なにそれずるじゃんチートじゃん! わけわかんねえ!」
ユリアの補足に思わず文句が出た。こっちがどれだけ苦労しているのかと!
魔法、いいなあ! 十の氏族の魔法に比べると人間の魔法はかなり多種多様で戦闘でなくても役に立つものも多いらしい。
「そんなこと言われても困るんだな……というか、クラヴァスのあれもよくわかんないんだな」
「ああ、あれか。結果はどうだった?」
「見たほうが早いんだな」
アザーレに案内されたのは簡単な屋根が作られた落とし穴のような場所だった。
「これ、何?」
事情を知らないユリアが不思議なものを見る目でそれを眺める。
「堆肥づくりだよ。……まあ、見様見真似だけどな」
俺の専門は歴史、とくにローマ史だけど古代の農業などにも興味があったのである程度学んでいる。そのおかげで簡単な堆肥の作り方なら知っている。
ただ、それが上手くいくかどうかが問題だ。
今回作ろうとした堆肥は二種類。
わら、落ち葉、油粕さらにはミミズなどを加えたテンプレ的堆肥。
雑草、そこら辺の土、水。少なくともこっちは上手く行かないはずなのである。
屋根をめくる。
変な臭いはない。土のいい匂いさえしている。
「なあんで成功してるかなあ」
堆肥づくりに失敗しているとアンモニア臭が発生する可能性が高い。その様子は全くない。実験そのものは上手くいっているのにまったく納得がいかない。
この世界ではなぜか物が腐らない。ものが腐るのは微生物が原因なのでこの世界では微生物が存在しないか、地球とは作用が異なるはずだ。
だがこの実験で発酵、あるいは似たような現象がある可能性が高いと判明した。発酵もまた腐敗と同じく微生物の働き。
両者を分けるのは発酵が知的生命体にとって有益で腐敗は有害であるというだけ。
「この世界では微生物はあるけど何かが地球と違う……そう考えるしかねえよな」
「ええっと……いいことなの? 悪いことなの?」
ユリアとアザーレが不安そうに見つめてくる。
「どっちでもあるかな。一部の感染症の心配はないけど……作りたいものが作れないのは考え物だな」
「作りたいもの?」
「手軽なのはお酢とお酒。知らないだろ?」
ワインはブドウに付着している酵母菌を利用して作るのだが、この世界ではどう工夫しても作るどころかブドウの果汁が腐敗すらしない。
二人は何のことかわからないという表情をした。ちなみにノヴァローマにもお酢やお酒が存在しない可能性は高い。
なぜならバッカスという神がいないからだ。
バッカス、ギリシャ名デュオニソスはそれなりに有名な豊穣神だが、特徴的なのは酒、おもにワインの神でもあること。微生物の働きが不明なこの世界では信仰が育まれないのも道理だろう。
それとは反対にオリーブオイルは存在する。あれは微生物に頼らず、オリーブを圧搾して作成できる。それどころかミネルヴァの魔法の中にはオリーブから油を圧搾するものもあるとか。
こういう魔法の使い勝手の良さで信仰する神を決めるノヴァローマ人もいるらしい。




