第23話 授業を始めよう
ゼノンが死んでから八年。
俺は十五歳になった。大人とは言えないけれど子供とも呼べないような年齢で、背丈はまあそこそこ大きくなった。
その間もいろいろとあったけれど俺の近辺は比較的平和だった。自律修復が始まったリュカオンのクリフォトは六年前に五人のリュカオンを産んだ。
それ以降はリュカオンを産んでいないのでまた故障したのかと思ったので詳しい氏族に相談したところ活動はしているがお腹がすいて力が出ないような状態らしい。
おそらく時間が解決するとのこと。なら俺は何をすべきか。決まっている。
新しいリュカオンたちを育てることだ。おやじが俺にしてくれたように。
「授業を始めるぞ」
簡素なチュニックの裾を整えながら、全部で九人が入った教室を見回す。
学校と呼べるほど大げさなもんじゃない。集会所みたいなものを借りて簡単な知識を教えているだけだ。
さっき言った五人のリュカオンに加え、小人のピュグマイオイ四人、それに加えてたまに話を聞きに来る奴らが所属してくれている簡単な私塾みたいなものだろうか。
ちなみに黒板じゃなくて木版。紙の生産はすでに始めているけれど、まだ使い捨てにできる余裕はない。
「はい。それじゃあ算数。特に金勘定な」
「はいはいはいはい!」
「はいは一回でいいぞシバ」
シバと呼んだのは赤色の毛並みを持つリュカオン。
……ぶっちゃけ柴犬に似ていたからシバ。いや、ほんとにね? もうこう、あまりにも柴犬なんよ、見た目が。
これで柴犬に関係ない名前を付けるのは失礼だろ? 決して俺のネーミングセンスがないわけじゃないと主張しておく。
「ワン! なんで学校で勉強しなくちゃいけないんですか!」
「いやか? 勉強?」
「ワワン!」
この吠え声は肯定の意味だろう。……オオカミじゃなくて犬っぽいというツッコミはしないでくれ。
「自慢げに言うことじゃねえよ……まあ説明するけどさ……そうだな、比較する対象としてノヴァローマを挙げようか。実はノヴァローマに学校はない」
「え、そうなのー?」
ピュグマイオイのレタが声をあげる。
のんびりとした高い声。これがピュグマイオイの一般的な声なのだ。なんとも気が抜けそうで子供っぽい。赤い服に、とんがり帽子を身に着けている。なんでもこのとんがり帽子はピュグマイオイにとって大事なものらしい。
ギリシャ神話のピュグマイオイはずんぐりとした背が低い人間らしく、ちゃんと大人のピュグマイオイもいる。鶴やサギと戦ったり、あのヘラクレスを捕らえようとしたこともあるとか。
「そうなんだ、レタ。いろいろな理由から共和制ローマの時代に転移してきたと思われるけどその時代からあまり文化は変わってない。だから俺の知識でも答えられる。で、学校がなかった理由はローマにおいて家父長制が強かったからだ」
「バウウ? 家父長制? なんですかそれは?」
ブラックの毛色にブラウンのマーキングが映えるリュカオンが疑問を投げかける。犬種で言うところのジャーマンシェパードに近い。なので名前も。
「シェパ。家父長制は父親が家単位で強い権力を持つことだ」
そう言うと全員がちょっと妙な顔をした。
クリフォトから産まれる十の氏族にとって家という概念、さらに男性が大きな力を持つという理屈がわかりにくいらしい。
「アウー? 家に強い権力を持つ奴がいると何故学校が必要ないのかな!」
勢いよく答えたのはハスキーみたいな毛色のハスキ。ちょっと高い声が特徴だ。
「教育が長の仕事になるんだよ。だから教職者は親の仕事を奪いあう敵みたいなものとして扱われている」
実際に共和制ローマでの教育者の立場はかなり低い。というかなり手がほとんどいない。
ギリシャ人の解放奴隷なんかの家庭教師をさせていたり、私塾みたいなものはよくあったらしい。




