第21話 人形
ミネルヴァの汎用魔法の一つ、パラス。武器や防具を強化する魔法。単純な故に使いやすい魔法。
不格好に横薙ぎされた剣を背後に飛んで躱す。片手で、しかも右足も力が入らないのか腰が全く入っていない。
しかし驚くべきことに、横にあった樹木を一刀両断していた。
(くそ! 絶対めちゃくちゃ強化されてるだろ!)
こちらの手元には何の因果なのかグエナウスから渡された短剣一本。
今のグエナウスの魔法ならこの短剣ごと俺の体を真っ二つにできてもおかしくない。
(受けるのは無理! 躱して素肌が露出している部分にナイフを切りつけるしかない!)
クラヴァスは何とか隙を見つけようとするがすぐに回避で精一杯になった。
グエナウスは左手を自分で傷つけ、トランクリアで正気を保ち続けるため満足に眠っていない。さらに蛇の出血毒により体を動かすたびに激痛が走る。
しかしそんな状態であってもクラヴァスとグエナウスには大きな実力差があった。
本来ならグエナウスはクラヴァスを切り伏せていただろう。なんとか拮抗できているこの状態がすでに奇跡なのだ。
ひゅん、と振るった剣がクラヴァスの右腕をかすめる。
その迫力に押されクラヴァスは思わずしりもちをついた。
「く、そ」
眼前にはまったくスキのないグエナウスがじとりとした嫌な汗を流して立ちはだかっている。彼の命も限界が近い。
「君を斬ってから死亡する前にすぐのどを突けば……裁かれない可能性もあるか……」
「……?」
独り言の意味はわからなかった。
「なんでもない。先に言っておこう。あのリュカオンは私が殺した」
「!」
奥歯をかみしめ、短刀の柄を強く握る。人生で感じたことのない怒りが体を焦がす。
「さらばだ。すぐに私も逝く」
剣が振り下ろされる。この体勢から避けるのは無理だ。
(こんなところで……おやじの仇も討てず、何も、何も!)
体が熱い。目の前がちかちかと光っている気がする。走馬灯のようなものなのだろうか。
せめてもの抵抗とばかりに短刀を掲げる。打ち合うことさえできずに……否。
ぱちんと光が弾けると同時に、グエナウスの剣から光が消えていた。
「魔法!? まさか、本当にテュポーンに目覚めて!? いや、だがこれは聞いていた魔法とは――――」
驚愕に目を見開くグエナウスにかまわず、俺は飛び掛かる。人生最速の攻撃だった。しかし相手の反応の方が早い。
「アイギスーーーー!」
白い光が間に入る。
短刀を盾の魔法に押し当てると、再びぱちんと光が弾け、そこには先ほど以上の驚きに顔を染め上げるグエナウスがいた。
技も何もない。俺はグエナウスの左足を短刀で突き刺した。
刺した短刀を引き抜き、走り出した勢いを殺さずに前方へ転がる。
距離を取らなければ反撃されるリスクがあったからだ。
ごろごろと転がってからすぐに起き上がる。だが反撃される様子はなかった。
グエナウスは地面に倒れたまま動かなかった。運動と出血のせいで一気に蛇の毒が回ったのだろうか。
(いやまだだ。とどめを刺さないと)
おやじが猪を仕留めた時を思い出す。うかつに近づくのは危険だ。もしかすると死んだふりをして反撃を狙っているかもしれない。
手近な石を掴む。
反応がなくなるまでこれを投げ続ければいい。少なくとも死にかけであることは確かだ。だが手は動かなかった。
そう。
俺は今更人間を殺すことにためらいを覚えていた。
「くそ! くそ! 相手はおやじの仇だぞ!? さっきはできたじゃねえか! 獲物を解体したことくらいあるだろ!? ほっといても死ぬ相手なら、ちゃんととどめを刺せ!」
吠えても、叫んでも手は動いてくれない。
情けない。不甲斐ない。そうして、あることを閃いた。
「あ、そっか。じゃあ相手が人間に見えなければいいんだ」
おやじが言っていた。
リュカオンの魔法、偽装は自分に使うと一生解除できなくなる。多分使えるのはあと一回くらいだろう。直感的にそんな気がする。
だがこの情けない根性を叩きなおせるなら、惜しくない。
軽く舌をかむ。
人間を想像する。顔、手、足、その他ありとあらゆるもの。
「人間なんて、人形に見えるようになってしまえ」
そう念じる。目を開くと、目の前にはおもちゃのような戦士の人形がいた……いや、あった。
掴んだ石を投げる。なんども、何度も。
そのたびに人形は形を変えていく。多分もう動かないだろうと思ってから近づく。
「ああ。なんだ。俺はたかが見た目が違うだけで誰かに危害を加えられる生き物だったんだな」
嘆きのような、怒りのような言葉が勝手にこぼれ、喉を突き刺した。
多分。
これ、は、もう、死んだはずだ。
人形の荷物を漁ると水が入った革袋を見つけて拝借した。それから時間をかけてルクレチアの村にたどり着いた。
ユリアにもルクレチアにも心配されたが、二人にはそれよりも証拠隠滅を頼んだ。
あの口ぶりだとグエナウスは俺のことを他人に話したりはしていないだろうけど、死体を見つけたり、シュケルたちを見つければ何があったのか察する奴が現れてもおかしくない。
そして何より、俺には行くべきところがあった。




