第2話 狩暮らし
さわやかな風が吹き抜け、穏やかな日差しが木々の間に差し込む。
季節は春。
厳しい冬を乗り越えた動物たちが躍動する時であり、同時に狩りの季節の始まりでもある。
一匹のクマネズミがアーモンドの樹をよじ登っていた。警戒するように髭を動かし、視線をきょろきょろと動かしている。
しかし空腹に耐えかねたのか器用に枝を渡り白い花に近づき、その伸びた歯でかじりつこうとしたところで……ひゅんと風を切る音がした。
それと同時に、ネズミの目の前に矢が突き刺さる。
「ぴゅぎ!?」
悲鳴を上げたネズミは枝から落っこち、そのまま茂みの中へと逃げ去った。
「あー……やっちまった」
嘆きの声と共に八歳くらいの少年が茂みから立ち上がった。
彼の服装はとにかく質素で実用的だった。
麻で作られたチュニックをベルトで締め、靴は藁で編まれたサンダルだった。
さらに小さな弓を携え、背中に矢筒を背負っているのだから誰がどう見ても狩人だった。ただし年齢のせいで風格は全く備わっていなかった。
そんな少年の背後からぬっと大きな影が現れる。銀色の毛の二足歩行する狼、ゼノンだった。
「だから言っただろ、クラヴァス。お前に弓はまだ早い」
「そうだけどさあ……一回くらい狩ってみたいじゃん」
クラヴァス。それが転生した俺に与えられた名前だった。おやじ曰くトニートロとも迷ったって言ってたな。
どっちもずっと昔のとんでもなく強い将軍と同じ名前なんだとか。最初は違和感があったけれど、八年も呼ばれ続ければなじんでくる。
「グル……昔はもっと可愛げがあったのになあ……どうしてこうなっちまったんだか……」
「おやじ。すぐに昔を懐かしむのは年取った証拠だって聞いてるぜ」
慣れたのは名前だけじゃない。命の恩人であり、義理の父親であるゼノンにも感謝してるし、尊敬してる。あんまり口には出さないけど。
人間でないことや、狼の姿なんて些細なことだと本気で思っている。ちなみにおやじはよく唸る。リュカオンという種族の本能らしく、唸り声で感情を表現しているらしい。
「グルウ……すぐこれだ。まあいい。飯を食ったら授業を始めるぞ」
口癖のような言葉を言ってから背を向けて歩くゼノンについていく。歩幅が違う俺でも追いつけるようにゆっくり歩いているのはとっくに気づいていた。
この八年、俺はどう過ごしていたか。
最初の二年くらいはまともに会話もできなかったし、記憶も少し曖昧だ。
土地を転々としつつ、ここ二年くらいは今いる場所に落ち着いた。たいてい山奥で狩人のような暮らしをしていたけれど、冬の寒さが厳しい時は町に寄ったりもした。町と言っても人間の町ではなく、十の氏族と呼ばれる亜人の町だ。
そしておやじに時間があるときは必ず授業を受けていた。
狩人の教えではなく、学問、あるいはこの世界についての授業だった。




