第19話 明け
「グエナウス様! 申し訳ありません。お手を煩わせてしまいました」
「いや、それよりもよく打ち取ってくれた。これはリュカオンか? まだ生き残りがいたとは……」
オオカミの体を眺めているとやがてさらさらと砂のように消えていく。
十の氏族は死亡すると死体が残らず消え失せる。兵士として戦ってきた彼らにとってはなじみの光景だった。
「だがノークタは途絶えてしまった。もう一度彼を見つける。また護衛を頼む。さっきのリュカオンに攻撃された彼は……」
「残念ですがあの傷では……」
「……わかった。ことを済ませてから弔おう」
そうしてグエナウスたちは追跡を再開した。
そこでぽつりと。
「オオカミに育てられた印落ちの少年か。何とも皮肉な話だな」
グエナウスは呟いた。
ローマの始祖ロムルスは家族に捨てられたが、軍神マルスの加護によりオオカミに育てられたという。
ノヴァローマの大敵になりうるクラヴァスがリュカオンに守られていたことにグエナウスは運命を感じずにはいられなかった。
クラヴァスはひたすら明るい森を走っていた。
体力はまだ万全ではない。水分を取ったおかげである程度動けるようにはなったがすぐに息が切れてしまう。
だが彼にはまだ希望がある。
(泣き言は禁止! ひたすら進め! 夜まで逃げ切れば向こうだって簡単には追えなくなるはずだ!)
今までの山暮らしのおかげで大体の方角はわかるし、なによりこの道はルクレチアの村から通ってきた道だ。間違いなく帰れる。
しかしちらりと上を見ると絶望的な球体が浮いていた。
(ノークタ!? おやじは……いや、上手く逃げたんだ! そうに決まってる!)
希望的観測だけを信じて再び歩き出す。
だが、と体の奥からふつふつと湧き上がるものがあった。
怒りだ。今の今まで忘れていた感情。
(このままでいいのか?)
こんなやられっぱなしでいいのか?
こんなに何もできなくていいのか?
(いいわけねえ! それにノークタがある限り簡単には逃げ切れない。なにか、反撃の作戦は……)
きょろきょろと視線を動かす。
すると冥府に繋がりそうな洞窟がぽっかりと口をあけていた。
(あれだ!)
リュカオンの魔法を発動させ、飛び込んだ。
「彼は洞窟に入った。もしかすると奇襲するつもりかもしれない。彼のミアズマは以前より感じづらくなっている。警戒しながら進むぞ」
洞窟は思ったよりも深く、曲がりくねっている。中はかなり暗い。少し進むだけで足元さえ見えなくなった。
「グエナウス様。私がソル様のルチェルナを使います」
「頼む」
ルチェルナは明かりを灯す単純な魔法だが、太陽神であるソルにふさわしい魔法で万人から好まれていた。
「はい。では、ルチェルナ」
まばゆい光とわずかな熱が洞窟内に生まれる。
それが彼らの致命的な失敗だった。
洞窟内には足元を埋め尽くすほどの蛇が闖入者を睨みつけていた。
ルチェルナの明かりは太陽の明かり。それゆえに熱と光を発生させる。冬眠から覚めて間のない蛇たちには刺激が強すぎた。
数百、あるいはそれ以上の蛇が一斉にグエナウスたちを睨みつける。数千の軍勢と対峙したこともあるグエナウスたちだったがこんな状況は想像さえしていなかった。
見たものを石にする怪物メデューサに睨まれたように四人は固まった。だが蛇は止まらなかった。飢餓感と危機感。その双方にかり立てられるようにグエナウスたちに襲い掛かった。




