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第17話 別離

「俺が若いころはなんとか親になれるリュカオンがいたからな。いろいろ教えてもらったんだ……グル」

 そういうおやじは嬉しそうだった。昔を思い出しているのだろうか。

「特に喜ばれたのが銀色の毛だ。お前は知らないだろうけどな。リュカオンの毛色はいろいろあるんだが、銀は特別なリュカオンだって言われてるんだ。グルウ……」

 おやじの声は明らかに勢いを失っていた。

「でも俺には特別な力なんてなかった。最後の一人の銀色のリュカオンなのに」

 その気持ちは……わかる。俺だって印落ちなのに何も特別なところなんてない。

「それでもおやじたちは俺を責めなかった。死ぬときも嬉しそうに、ちょっとだけ寂しそうに死んでいった」

「それは……どうして?」

「グル。俺もそれがずっと知りたかった。でもようやくわかった。お前だよ」

「え、俺?」

「そうだ。きっとおやじたちは自分たちと暮らした記憶を継いでくれる奴が……息子がいてくれることが嬉しかったんだ。それがわかったのはお前と暮らし始めてからなんだ」

「おやじ……」

 今までこんなにも俺を思ってくれた人がいただろうか。もしかしたら前世の父親もこんな気持ちだったのか。

「最初はノヴァローマに復讐する道具くらいに思ってた。でも今は違うお前が大切だ。お前に生きていてほしい。クラヴァス。ありがとうな。俺を父親にしてくれて」

 背中の毛に顔をうずめる。この状況で水分を失うわけにはいかない。

「だから……お前も自由に生きろ。あんまりミアズマについて説明しなかったのはお前に重荷を背負ってほしくなかったんだ。復讐とか、そんなことは気にしなくていい。……できれば元の世界に帰してやりたかったんだけどな」

「帰る方法があるのか?」

「グルウ……わからねえ。エルフなら何か知ってるんじゃないかと思って伝手を頼ってみたんだが……わからなかった。すまねえ」

「謝る必要なんてねえよ……おやじのせいじゃない」

「……けどよ。お前にだって家族がいたんだろう?」

「それは……そうだけど……俺はおやじからいろいろなもんを受け取ったけど全然返せてねえ。そんなままで自分だけ安全な場所に帰るなんて無理だよ」

 そう言うとおやじは苦笑するようにグル、と唸った。

「もういいんだ。もうすぐ死ぬ俺のことは気にするな」

 その言葉は聞き逃せなかった。

「な……それ、どういう意味だよ」

「グル……俺はもうすぐ死ぬ。寿命が近い」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。おやじってまだ三十くらいじゃ……」

「ほとんどの氏族は人間より寿命が短い。特にリュカオンは三十くらいでくたばるらしい」

「そ……」

 言葉は終わらなかった。その前におやじが唐突に空を見上げたからだ。

 おやじの視線に釣られて上を見ると灰色の光の玉が浮かんでいた。

「ノークタ! ミネルヴァの魔法か! グッルウ! 見つかっちまった! あの金髪なんて疑い深けえ野郎だ!」

 ミネルヴァ、ギリシャ神話ではアテナと呼ばれ、戦いと知恵の神である。だが同時にフクロウを従えていることも多く、おそらくはそれが魔法として現れたのがノークタだ。

 あの灰色の光が第三の目として機能するらしい。現代風に言うと偵察ドローンのようなものだ。もちろんこの時代じゃどれほどのメリットか説明するまでもないだろう。

 さらに厄介なことにリュカオンの魔法にも騙されにくい特性があった。

「お、おやじ! 逃げねえと!」

 しかしおやじは歩を速めただけで何も語らない。

「ど、どうしたんだよ」

「クラヴァス。ここからルクレチアの村まで一人で戻れるな? 簡単な地図ならお前の懐に入れてある」

「おやじ!? 何言ってんだよ!?」

「グル。俺が奴らをできるだけ足止めする。お前は一人で逃げろ」

「い、嫌だよ。お、俺は……」

「泣き言は聞かねえぞ。心配すんな。上手く行けば俺も逃げるさ」

 その言葉が本気だったのか、クラヴァスを逃がすための方便だったのかはわからない。

「本当だよな……?」

「ああ、それとこいつを貸しておく」

 おやじは俺を背中から下ろすと額に手を当てた。

 すると何かが流れ込んでくる気がした。

「リュカオンの魔法だ。舌を軽くかんで偽装したいものを浮かべろ。そうすると魔法が発動する」

「魔法を他人に預けるなんてできるのか?」

「グルル。俺も初めてやったけどな」

 ノヴァローマ側にはあまり知られていないことだが氏族の魔法は他人にも譲渡することができる。ただし譲渡した魔法の性能は大きく劣化するうえ、譲渡した側は一生魔法が使えなくなる。

「注意する点として魔法を使える回数には限りがあるってこと。それと完全な偽装もできねえかもしれねえ。後は……ああ、そうだ。その魔法は自分に使うな」

「自分にも使えるのか?」

「まあな。痛みに耐えられなくて痛覚を偽装するとかだな。ただしそれをやると一生痛覚がなくなる」

「死ぬまで消えないってことか?」

「そうだ。……時間がねえな。じゃあな。また会おうぜ。クラヴァス」

「ああ。ゼノン。おやじ。また、会おう」

 ぐっと抱き合ってから別れる。振り向き合っている時間はない。

 まだふらつくが歩くだけなら何とかなった。


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