第16話 この世界でただ一つの
暗闇の中でぼんやりと思考する。
時間の感覚がない洞窟では考えることしかすることがない。そうでないと気が狂ってしまう気がした。あるいはもう……気が狂っているのか
空腹は感じない。さっきまではずっとお腹がすいていた気がするけれど、今はそれよりも水が飲みたくて喉が渇いている。ここまでしんどいということは少なくとも二日くらいは経過しているのだろう。
ああ、だめだ。時間について考えるとどんどん不安になる。また何か考えなくては。現実逃避でもなんでもいい。
昨日の夕飯とか、明日の天気とか、ローマ史の復習とか。
本当にどうでもいいことを考える。空想する。
それでも不意に頭をよぎるのはおやじのこと。
この世界では人間と十の氏族は徹底的に敵対している。というよりミアズマがグエナウスから聞いた通りなら顔を合わせれば必ず殺し合わなければならないらしい。
いくら印落ちだと言っても、人間を拾って育てていた意図は何なのだろうか。
ノヴァローマを滅ぼしたかった? それとも捨てられた俺への同情? どうなんだろう。
「おやじともう一度話がしたいな……」
ぽつりと漏れた本音は暗闇に消えていった。
ゆったりとした揺れに釣られて目を覚ます。
いつの間にか眠っていたらしい。しかし何故揺れているのだろうか。地震? いやこの穏やかな揺れはまるで誰かにおぶられているような……って。
(いやほんとにおんぶされてんじゃねーか!)
叫ぼうとしても体に力が入らず代わりにかすれた声が出ただけだ。
「おう。クラヴァス、起きたか」
その声の主にして俺を背負っているのはおやじだった。暗闇に慣れていたせいでまぶしさに目がくらんだ。
「あ……う……」
「いろいろ言いてえことはあるだろうがこれを飲め」
水袋を差しだされ、反射的に手を伸ばす。ごくごくと喉を鳴らして水を飲む。かすかな甘味があった。果実か何かを混ぜているのかもしれない。
どうやら森の中のようだ。おやじが洞窟から助け出してくれたのだろうか。
「はあ、はあ」
「よし。落ち着いたな」
「おやじ……」
「ぐる。そうだ」
「おやじ……どうして……」
「どうして? 父親が息子を助けるのに理由はいらねえだろ」
久しぶりに優しくされたことに涙が出そうになる。
「でも……どうして俺を助けてくれるんだよ……」
「グル? さっきも言ったろ? 俺は……」
「俺は……いや、人間は十の氏族を襲わなきゃいけねえんだろ? だったら、人間が憎くねえのかよ? この世界が無茶苦茶になったのは人間のせいじゃないのか?」
今までできなかった質問。その答え次第でこの関係が終わってしまう気がしたから。でももうためらっていられない。
おやじの顔はわからない。でもぽつりと話し始めてくれた。
「実を言うと俺は最後のリュカオンだ」
「え……? 最後って……いや、そういえばおやじ以外のリュカオンには会ったことがない……」
「そうだ。俺たちはクリフォトから産まれる。そして人間によって神殿に更新されたクリフォトからは氏族が産まれなくなる。そんでもって一つのクリフォトからは一種類の氏族しか産まれねえ」
「つまり特定の種族のクリフォトを全部神殿にされれば……」
「グル。もう新しく産まれなくなる。リュカオンは自分の魔法でミアズマを誤魔化せる。だから唯一人間の町に潜伏できる氏族だ」
そしてようやく気付いた。俺が最初シュケルに襲われなかった理由を。
「もしかして俺にもその魔法をかけたのか?」
「グル。人間の町に近づくときはな。ただ、それが人間にとって脅威だったんだろうな。稼働中のリュカオンのクリフォトを発見する固有魔法を身に着けた奴がいてな。徹底的にクリフォトを更新された。おそらく今の若い人間はリュカオンの存在自体ほとんど知らねえはずだ。でもその魔法がわかるのは稼働中のクリフォトだけだったらしくてな。故障していたクリフォトが何かの偶然で動いて産まれたのが俺だ」
この世界でたった一人の種族。それはどれほどの孤独なのだろうか。傲慢かもしれないけど今の俺なら少しだけ気持ちがわかる気がした。




