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第14話 印落ち

 グエナウスたちはシュケルの家から布などを持ち出し、それで可能な限りきつくシュケル一家を拘束した。

 そうでもしなければたとえ負傷していても俺に向かっていきそうだったのだ。

 それからシュケルの家に俺とレッダ、グエナウスの三人が向き合った。グエナウスは俺の顔をしげしげと見てぼそりと呟いた。

「似ている……いやしかし……」

「……?」

「いや、いまはいい。君の名前は?」

 もはや隠す意味がないと判断してグエナウスには本名を名乗る。

「クラヴァス」

「……忌み名だな。蛮族に育てられたのか?」

「……」

 下手に話すとおやじに迷惑をかけるかもしれないからこの質問には黙っていた。

「……おそらく君はミアズマについて正確な知識を持っていないのだろうね。親の蛮族が知らなかったのか教えなかったのか……」

「それ、どういう意味なんだ……?」

「ミアズマは蛮族が魔法を使う力の源。そして人間ならミアズマを、そして蛮族を知覚できる。例外を除けばね」

 グエナウスの視線は俺の胸、つまり歪んだ印に向けられている。どうやら印落ちはミアズマを探知できないらしい。でもそれだけでは迫害される理由にならない。

「印落ちは心の臓が弱ると誰にでも起こりうるらしい。老いてそうなったなら深刻な事態にはならない。だが生まれながらの印落ちは違う。特徴はいくつかあるが……致命的なものが二つ。極めて深刻なミアズマを発生させる。そして神々によって裁かれない。つまりは神々から見放された存在だということだ」

「だからそれ、どういう意味だよ! なんで俺が会う人みんな、おかしくなるんだ!」

「まだわからんのか! さっきのきこりたちはお前のせいでこうなったと言ってるんだ!」

 先ほどから黙っていたレッダが我慢できなくなったのか横から口を挟む。

 しかしそれ以上に気になったのがその言葉の意味だ。

「俺の……せい?」

 茫然とする。

 シュケルを、ミーニィを、スートを、あの狂った獣のようなありさまにしたのは俺?

 今度はグエナウスが冷静に言葉を引き継ぐ。

「ミアズマは我々にとって不快だが、ミアズマを感知した我々に神々は勇気を授けてくださる。しかし印落ちは我々を狂気に走らせる。……ミアズマによって魂すらも汚染させられると言われている」

 そうしてようやく思い出した。

 ミアズマの別の意味。

瘴気だ。

「じゃ、じゃあどうしてあんたたちは冷静なんだよ!」

「私の固有魔法だ。トランクリアは精神の平静さを保つ魔法だ。……残念ながらここではすでに狂気に落ちたものには効果がないようだが」

 グエナウスは本気でシュケルたちを助けられないことを悔やんでいるようだ。

 なんとなくだけど、この人は悪い人じゃないと感じ始めていた。それが俺にとって危険でないことにはならないのだけど。

「さらに厄介なのは印落ちが神に裁かれないということ」

「裁かれない……?」

「神の加護を受けていないためだろう。我々が罪を犯せば神に裁かれる。ユピテルの信徒なら雷に。ネプチューンの信徒なら陸の上でも溺れ死ぬ。神の目からは誰も逃れられない。だが印落ちなら……例えば君が今私を殺したとしても何も起こらないだろう」

「じゃ、じゃあ逆にお前らが俺を殺せば……?」

「即座に神の裁きが下る。……殺人は重罪だ。それを止めなかったものにも裁きが下る」

 ようやく自分の置かれた立場を理解することができた。

 俺は人の頭をおかしくする毒ガスと、どんな相手を殺しても罪に問われない拳銃を持っているようなものだ。

 ただしそれが生まれながらのものだということ。

「理解できたかな? 君が……」

「……なよ」

「何?」

「ふざけんなよ! 俺が何したってんだ!? 何も悪いことしてねえじゃん! なんでそんなことになってんだよ!?」

 俺の激昂にもグエナウスは嫌味なほど冷静だった。

「誰のせいでもない。ただそうであるというだけだ。君は蛮族と同様、ノヴァローマの敵となることを宿命づけられている」

「はあ!? そもそもなんであんたらはしぞ……蛮族と戦ってんだよ!?」

「私の母はかつてとある名家の令嬢だった」

 グエナウスの話が急に飛んで困惑した。レッダの驚いた顔を見ると彼も初めて聞く話だったようだ。

「だが母の住んでいた町が蛮族に襲われ母はかどわかされた。その後救助されたが母は命惜しさに蛮族に体を売ったと罵られたあげく、家から追放された。母に何か責任があるか?」

 グエナウスの瞳はその金色の髪と対照的に暗くよどんでいた。

「そ、それでもすべての蛮族が悪いってわけじゃ……」

「そうだ。だがこんなものはアルペース山脈の小石の一つに過ぎない。蛮族は幾度となく我々に襲い掛かり、そのたびに悲劇が生まれた。そんな相手に寛容であれるか? 優しくできると思うか? そんなわけがない」

 毒蛇のような敵意に押され俺は思わず後ずさった。それでもその言葉を認めるということは俺自身を否定するようなものだ。

 だから、無理矢理にでも反論する。いや、反論の体を成していない質問しか返せなかった。

「じゃあ……俺はどうすればよかったんだよ……」

「君は生まれるべきではなかった。あるいは生まれた瞬間に死ぬべきだった」

 ああつまり。

 俺の家族は正しかったと、彼は言っているのだ。

 それを理解した時、俺の中で何かが崩れた気がした。


これからは火曜、木曜、土曜の18時に更新予定です。

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