第13話 一日の始まり
翌朝、わずかに差し込む朝日で目覚めた。
床に敷物で雑魚寝していただけでも野宿よりはかなりましだ。わりとぐっすり眠れたと思う。
伸びをして起き上がるとシュケルも目を覚ましたようだった。
「おはようございます」
「ああ。おは、よ……ぐ!?」
シュケルは突然頭を抱えて苦しみ始めた。
「シュケルさん!? どうかしましたか!?」
「ぐ、あ、ぐうううううう!?」
返答すらできず獣が唸るような声しか絞り出せない。
その大声のせいでミーニィとスートも起きてしまう。
「あなた? どうし、う!?」
「おとうさん、おかあ……うう!?」
三人ともどこかが痛むのか、明らかに異常な様子だ。
「ど、どうかしたんですか!?」
どうすればいいのかまるでわからない。せめて何かしようと三人に向かって一歩踏み出すと。
ぎろりと六つの目がこちらを獲物のように睨みつけてきた。
「ひ!?」
狩人の息子として育てられた経験か、身の危険を直感して全力で後退する。
するとシュケルが猪のように突進し、壁に激突した。
「ふうー! ふー!」
しかしすぐにこちらにぎらぎらする視線を向ける。他の二人も同じだ。
もはや構っている余裕はないとばかりに外に飛び出す。
「くそ!? 何が起こったんだよ! どうしてみんないきなりおかしくなったんだ!?」
何かに攻撃された!? 毒!? 魔法!? じゃあなんで俺には効果がないんだ!?
とにもかくにも逃げるか、助けを呼ばなければならない。
全力で走るが三人、とくにシュケルは獣のような敏捷さで追ってくる。
こんな森の中では助けなど絶望的……と思ったその時、遠くに人影が見えた。
今朝、グエナウスがシュケルの家に向かったのは単なる偶然だった。
ゼノンが扮する旅商人を怪しみ、レッダを伴ってきこりに旅商人の顔を知らないか訪ねてみるつもりだったのだ。
すると突如としてとてつもない悪寒と不快感が彼ら二人を襲った。
「グエナウス様。このミアズマはいったい!? 蛮族が近くにいるのでしょうか!?」
「かもしれないが……それにしてもこれは……」
ふと、遠くから大人の男性に追われる少年が目に入った。どう見ても男の様子は尋常ではない。
「た、助けて!」
少年の声が聞こえると同時に二人は駆けだす。
兵士の性として襲い掛かってくる相手を押しとどめるためにレッダは男の相手を、グエナウスは少年を確保しようとして。
「ぐ!?」
「な!?」
二人はともに苦しみ始めた。
二人組の男がこちらに近づいてきているのが見えた俺は恥も外聞も何もなく叫んだ。
「た、助けて!」
それに応えてくれた二人はこちらに駆け付けようとしたがシュケルと同じように苦しみ始めた。
(くそ! 本当に何が起こってんだよ!?)
出会う人が全員おかしくなっているこの異常事態。パニックになるなという方が無理だ。
しかし二人組の男のうち、金髪の男がこう叫んだ。
「トランクリア!」
ぱっと白い光が瞬く。
すると二人組の男は落ち着きを取り戻した。
(今のは……魔法? でもあんな魔法は聞いたことがない……固有魔法ってやつ!?)
人間の魔法はローマの神々の力を借りる魔法だが、その神の信徒ならたいてい使える魔法を汎用魔法と呼ぶらしい。だがまれに何らかの功績を打ち立てた人は固有魔法という自分しか使えない魔法が使えるようになるらしい。
だとしたらこの金髪の男性はひとかどの人物なのだろう。
それから二人は迫ってくるシュケルを取り押さえようとする。
「レッダ! すまないが時間がない! 両足を折る!」
遠目に迫ってくるミーニィとスートを見ての男性の発言だった。レッダという男性ががっぷり四つに組む。
背後から金髪の男性が剣を鞘に納めたまま全力で振りかぶり、シュケルの足を叩き折る。
次に向かってくるミーニィとスートにはさすがに手荒なことは難しかったようだが、ミーニィは首を絞めて気絶させ、スートはもっていた布で四肢を拘束した。
二人は息を荒げていたがやがて……俺に鞘から抜いた剣を向けた。古代ローマでよく使われていたグラディウスだろう。
「君は何者だ」
金髪の男性が明確な殺気を放って鋭い言葉を向ける。
「何者って……いや、俺は普通の猟師の子供で……」
リュカオンに育てられたということを除けばそれは事実だと思う。俺に特別な力なんてない。だって魔法一つ使えないんだから。
「ならなぜそれほどのミアズマを纏っている!?」
「え?」
ミアズマ? 魔力みたいなもんだよな。ないはず……だよな。
「グエナウス様。少しおさがりを」
レッダと呼ばれた男性がこちらに近づき、強引に上着を破く。
「っ!?」
その意味を悟って抵抗しようとしたが遅かった。
「こ、これは!? 間違いありません! 印落ちです!」
レッダが目をむきながら叫ぶとグエナウスも驚きを隠せなかった。
やはり印落ちは迫害されているのか、という納得とこれほどまでに忌み嫌われているのかという驚きが同時に来てしまう。心のどこかで人間とも分かり合えるのではないかと思っていたのかもしれない。
さきほど以上の殺意と怒りの表情でグエナウスが宣言する。
「悪いが君を拘束させてもらう。逃げようとは思わないことだ」
さすがに大人二人から逃げ切れる自信はない。だがそれ以上にあまりにも急転する事態を飲み込めず、何かする気力がなかったのだ。
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