第11話 ある日森の中で
立ち去るゼノンをグエナウスはじっと見ていた・
「グエナウス様? どうかしましたか?」
いまだに犬を抱えたままの副官に声をかける。
「レッダ。先ほどの商人はどうしてここに来たんだろうか」
「そりゃ、商人は皆耳ざといですからね。ここに商機があると思ったんでしょう。あるいはこの近くにいるきこりの縁者か何かじゃないでしょうか」
レッダはゼノンを全く疑っていない。仮にここに来たのがゼノン以外の旅商人だとしても不逞の輩だとは思わなかっただろう。
そもそも人間が何らかの犯罪を行えるはずがないのだ。
「だがここは十の蛮族の土地に近い。一人旅はやや危険だ」
なお、十の氏族という名称はノヴァローマ側において十の蛮族と呼ばれている。どのような時代、どのような国であれ異民族を蛮族と呼称することは珍しくない。
「それはそうですが……荷を改めましょうか?」
「いや、いい。その代わり何人か彼を尾行させてくれ」
「わかりました」
レッダはてきぱきと指示を下した。こういう勘の良さがあるからこそ上官が戦地で生き延びたことを理解している彼は純粋にグエナウスを信頼していた。
マテラを歩き回りつつ商談しているゼノンは自身を尾行している誰かがいることに気づいていた。
(グルウ。あの金髪の男がグエナウスってやつか? ずいぶん疑い深いな。仕方ねえ。今日いっぱいはここにとどまったほうがよさそうだ)
ゼノンは潜入のために商売道具やノヴァローマの貨幣などを用意している。すくなくとも数日ならぼろを出さない自信があった。
(問題はクラヴァスだ。俺の魔法は明日には切れる。その状態で人間に見つかったら終わりだ。そんな馬鹿なことはしねえとも思うが……いやだがもしも熊にでも襲われれば……)
父親の悩みは尽きることがない。これもまたどの世界でも変わらない真理だった。
そして一方のクラヴァスは。
The Other Day, I Met a Bear~♪
(って言うとる場合かあああああああ!)
心の中で絶叫していた。
(襲われたら死ぬぞ!? 逃げろよ! 熊だぞ!? あ、いや急いで逃げると熊の方もパニックになって襲ってくるかもしれないからだめだけどさあ!)
ぜいぜいと荒い呼吸を落ち着け、なんとか腰を下ろす。
もうちょっとマテラの町並みを見たくて近づいたらばったりと熊に遭遇。心臓が止まりそうになったけれどなんとか冷静さを保ち、相手を刺激しないようにゆっくり後退。
姿が見えなくなったところで一目散に逃げだした。
が、その際あまりにも焦ってしまったせいで道がわからなくなった。
「よく見たら足から血が出てる……枝にひっかかったのかな。こんな醜態、おやじに見られたらげんこつかもな……」
さて、と気を取り直して考える。
この状況はかなりまずい。日が暮れるまで時間があるけど帰り道がわからないのは本当にまずい。
(どうする? おやじを待つか? くそ。このあたりにはあんまり熊がいないはずだって聞いてたんだけどな……)
うんうんと悩んでいるとがさりと茂みから音が鳴った。
(ま、まさかまた熊!? あ、いま何度、ま、って言ったんだろう。いやどうでもいいだろ!)
身構えつつ一度首を振って後方を確認する。
もちろん逃げる準備だ。
固唾を飲んで現れたのは。
おっさんだった。
「おや」
「え?」
しばし、おっさんと見つめ合う。なんという衝撃的な出会い二人はそのまま恋に……落ちるわけねえだろ!
だめだ、動揺しすぎて変なテンションになってる。
おっさんは身なりがいいとはお世辞にも言えない。粗末な服装で、伐採用の斧を手に持っている。
「ふむ。そんなに警戒しないでくれ」
おっさんは敵意がないことをアピールするように斧を地面に置いた。
「君は狩人の子供かな?」
「え……あ、そうです」
向こうもこちらを観察していたらしく、冷静に話しかけてきた。
「私はシュケル。きこりだ。もしも迷っているのならうちにこないかい?」
久しぶりに行った人間同士の会話は温かみがあった。




