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③慣れない制服


 肩を軽く揺らされる。


---


「琥珀ちゃん、朝」


---


「……ん……」


---


 ぼんやり目を開ける。


---


 視界に、

璃子の顔があった。


---


「起きなきゃ」


---


「……何時」


---


「七時ちょっと」


---


「……早……」


---


 布団に顔を埋める。


---


「まだ寝れる……」


---


「今日、入学式」


---


「……あ」


---


 一瞬で意識が浮上した。


---


「……マジか」


---


「制服と下着、

もう置いといたからね」


---


 璃子はそう言って、

部屋を出ていった。


---


「いや、

用意されてるのも嫌なんだけど……」


--


 ドアが閉まる。


---


 部屋は静かだった。


---


 椅子に、

制服が掛かっている。


---


 スカート。


 リボン。


---


 その横には、

昨日買った下着。


---


「……あれ」


---


 部屋を見回す。


---


「男子制服は……」


---


 数秒探して。


---


 そこで止まる。


---


「……ないのか」


---


 目の前にあるのは、

女子制服だけだった。


---


 しばらく制服を見つめる。


---


 昨日、

鏡の前で見た自分を思い出した。


---


「……はぁ」


---


 下着を手に取る。


---


 一瞬だけ、

動きが止まる。


---


「……慣れる気しねぇ」


---


 ぼそっと呟く。


---


 でも、

着ないわけにもいかなかった。


---


 ぎこちなく身につける。


---


「……っ」


---


 妙に落ち着かない。


---


 締め付けられる感覚。


---


「……女子って毎日これなのか」


---


 思わず天井を見る。


---


 制服を着る。


---


 シャツ。


 リボン。


 スカート。


---


 裾を整えて、

鏡を見る。


---


「……誰だよ、ほんと」


---


 そこに映っていたのは、

普通の女子高生だった。


---


 でも。


---


 前髪が、

変な方向に跳ねている。


---


「……なんだこれ」


---


 手で押さえる。


---


 離す。


---


 また跳ねる。


---


「うわ、めんどくせぇ……」


---


 数分後。


---


 琥珀は机の引き出しから、

ハサミを取り出していた。


---


「短くすればいいだろこんなの……」


---


 前髪を軽く掴む。


---


 その瞬間。


---


「待って」


---


「っ!?」


---


 後ろから、

璃子に手首を掴まれる。


---


「なにしようとしてるの」


---


「いや、

寝癖直んねぇから……」


---


「切るの?」


---


「ダメなのかよ」


---


「ダメ」


---


 即答だった。


---


「せっかく綺麗なのに」


---


「俺からしたら邪魔なんだよ……」


---


 璃子はため息をつく。


---


「アイロン使えば直るから」


---


「……アイロン?」


---


 洗面台の横に置いてある、

ヘアアイロンを指差す。


---


「それ」


---


 琥珀は数秒見る。


---


「……使ったことねぇわ」


---


「えっ」


---


 璃子が少し驚いた顔をする。


---


「使ったことないの?」


---


「ないけど……」


---


 璃子は少し呆れたように笑う。


---


「男子でも使ってる子いるよ?」


---


「そんなキラキラした高校生活してねぇし……」


---


「琥珀ちゃん、

ほんと女子力ゼロだね」


---


「ついこの前まで男だったんだよ俺は……!」


---


 璃子は小さく笑って、

ヘアアイロンを手に取った。


---


「ほら、

座って」


---


「いや、

自分でできるから……!」


---


 琥珀はヘアアイロンを取ろうとする。


---


 でも璃子は離さない。


---


「その状態でやらせたら、

前髪消えそうだから」


---


「そこまで下手じゃねぇよ!?」


---


「十分危ないよ」


---


「信用ねぇな……」


---


 琥珀は渋々椅子に座る。


---


 璃子が、

そっと前髪を持ち上げる。


---


 櫛で軽く髪を整えてから、

温まったヘアアイロンを通した。


---


「熱っ……!」


---


「動かないの」


---


 前髪が、

少しずつ真っ直ぐ整っていく。


---


 さら、と肩に髪が落ちる。


---


 その感覚が、

なんとなく落ち着かない。


---


「……変な感じ」


---


「髪綺麗だね」


---


「俺の感覚だとまだ“俺の髪”じゃないんだよな……」


---


 璃子が少し笑う。


---


「そのうち慣れるって」


---


「そのセリフ聞き飽きた」


---


 前髪を整え終わる。


---


「……はい、完成」


---


 鏡を見る。


---


 跳ねていた前髪は綺麗に整っていて。


---


 制服姿も合わさって、

かなり雰囲気が変わっていた。


---


「……誰だよこれ」


---


 璃子は少し満足そうに頷く。


---


「清楚系女子って感じ」


---


「っ……」


---


 一瞬で顔が熱くなる。


---


「そ、

そういうこと普通に言うなって……!」


---


「え、なんで?」


---


「慣れてねぇんだよ……!」


---


 リビングへ行くと、

テーブルには朝ごはんが並んでいた。


---


「早く食べないと遅れるよ」


---


「……ん」


---


 琥珀は椅子に座る。


---


 ぼんやり味噌汁を飲んでいた琥珀が、

ふと動きを止める。


---


「……あ」


---


「どうしたの?」


---


「俺、

学校の書類……男のままじゃね?」


---


 一気に嫌な予感が押し寄せる。


---


「待って、

それヤバくないか……?」


---


 璃子は妙に落ち着いた顔で、

パンを口に運んだ。


---


「大丈夫だよ」


---


「え?」


---


「学校も親戚も、

その辺は全部変わってるから」


---


「…………は?」


---


 琥珀の動きが止まる。


---


「戸籍とか記録とかも、

最初から“女の子の東雲琥珀”になってるし」


---


「いや待て待て待て、

どうやってやったんだよ……!?」


---


 璃子は少し考える素振りをしてから、

軽く笑った。


---


「んー、

ちょちょいっと?」


---


「絶対それで済む話じゃねぇだろ!?」


---


「細かいことは気にしない」


---


「気にするわ!」


---


 璃子は楽しそうに笑ってから、

人差し指を向ける。


---


「ただ、

琥珀ちゃんが気をつけるのは喋り方ね」


---


「……喋り方?」


---


「今から“私”って言うこと」


---


「は?」


---


「俺って言ったら終わりだからね?」


---


 琥珀は固まる。


---


「……無理だろそれ」


---


「頑張って、

琥珀ちゃん」


---


「うわぁ……急にハードル上げてきた……」


---


 朝ごはんを食べ終えて、

琥珀は小さく息を吐いた。


---


 制服姿の自分が、

まだ視界に慣れない。


---


 けれど、

時間は待ってくれなかった。


---


「そろそろ行こっか」


---


「……おう」


---


 鞄を持って、

玄関へ向かう。


---


 靴を履く。


---


 その動作だけでも、

妙に緊張した。


---


 ドアを開ける。


---


 朝の空気が少し冷たい。


---


 制服のスカートが、

軽く揺れた。


---


「……慣れねぇ」


---


「そのうち慣れるって」


---


「そのセリフ、

今日だけで何回目だよ……」


---


 璃子が小さく笑う。


---


 二人で並んで歩く。


---


 通学路。


---


 女子高生の集団が前を歩いていて。


---


 その中に、

自分も混ざっている。


---


(……マジで女子なんだな、俺)


---


 そう思った瞬間。


---


「琥珀ちゃん?」


---


「……っ」


---


「今、

“俺”って言おうとした?」


---


「…………」


---


 璃子がじっと見てくる。


---


「気をつけないと、

ほんと一発で終わるよ?」


---


「……難易度高すぎるだろ」


---


「頑張れ、女子高生」


---


「他人事みたいに言うな……」


---


 そんな話をしているうちに、

学校が見えてきた。


---


「じゃ、

私は大学戻るから」


---


「……あー」


---


 そこで急に、

心細さが出てくる。


---


 璃子はそんな琥珀を見て、

少しだけ笑った。


---


「大丈夫。

入学式のときは後ろで見てるから」


---


「……は?」


---


「保護者席いるし」


---


「来るのかよ……」


---


「そりゃ行くでしょ」


---


 璃子は当たり前みたいに言う。


---


「琥珀ちゃんの初登校だよ?」


---


「なんか言い方恥ずいんだけど……」


---


 璃子は小さく笑って、

琥珀の背中を軽く押した。


---


「ほら、行っておいで」


---


 校門の前で、

琥珀は少しだけ足を止める。


---


 人の流れが、

横を通り過ぎていく。


---


 その中に入るタイミングが、

少しだけ分からなかった。

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