61 もう一度、婚約者としてではなく
卒業式の日は、よく晴れていた。
冬の名残を含んだ風はまだ冷たかったけれど、空は高く澄み、陽射しにはほんの少しだけ春の気配が混じっている。
貴族学校の講堂には、卒業を迎える生徒たちと、その家族が集まっていた。
厳かな式辞。
代表生徒の挨拶。
静かに響く拍手。
そのすべてを聞きながら、ラウラは胸の奥が少しずつ熱くなるのを感じていた。
今日で、この学院での日々が終わる。
そう思うと、不思議だった。
入学した頃の自分。
セドリックのことがわからず、婚約という言葉だけを重く感じていた頃の自分。
傷ついて、逃げたくなって、それでも向き合おうとした自分。
そのすべてが、今の自分へ続いている。
式が終わり、講堂を出る頃には、あちこちで別れの挨拶が交わされていた。
泣いている令嬢もいれば、笑顔で抱き合っている者もいる。
ラウラも級友たちと挨拶を交わしながら、胸の奥にこみ上げる寂しさを静かに受け止めていた。
「ラウラ様、今夜のパーティー、楽しみにしておりますわ」
「ええ。わたくしも」
「藤色のドレス、きっとお似合いですわ」
そう言われた瞬間、ラウラの頬に少しだけ熱が集まった。
藤色のドレス。
そして、セドリックが贈ってくれた髪飾り。
そのことを思い出すだけで、胸が落ち着かなくなる。
級友の一人が、楽しそうに目を細めた。
「……そのお顔。やはり、何かありますのね」
「何もありません」
「何もない方は、そのようなお顔をなさいませんわ」
ラウラは言い返せず、視線を落とした。
卒業式が終わった後、夕刻から卒業パーティーが開かれる。
生徒たちは一度それぞれの屋敷へ戻り、装いを改めてから再び集まることになっていた。
馬車に揺られて伯爵家へ戻る間、ラウラは膝の上でそっと手を握っていた。
胸の中にあるのは、寂しさだけではない。
期待。
緊張。
そして、ほんの少しの怖さ。
セドリックは、あの髪飾りを見たらどんな顔をするだろう。
似合うと言ってくれるだろうか。
いや、きっと彼はまた、見なくてもわかる、と言うのかもしれない。
そう思った途端、ラウラは自分で自分の考えに恥ずかしくなり、そっと窓の外へ視線を向けた。
伯爵家へ戻ると、侍女たちが待っていた。
淡い藤色のドレスは、すでに丁寧に整えられている。
薄く重なった布は、光を受けると淡い紫にも、薄い銀にも見えた。
派手ではない。
けれど、静かに目を引く色だった。
ラウラはそのドレスに袖を通し、鏡の前に座る。
髪を結い上げられながら、机の上に置かれた小さな箱を見つめた。
濃紺の箱。
その中にあるのは、セドリックが選んでくれた髪飾り。
「お嬢様、本日の髪飾りはどうなさいますか?」
侍女に尋ねられ、ラウラは少しだけ息を吸った。
「……そちらの箱のものを」
侍女が箱を開ける。
銀細工の髪飾りが、室内の灯りを受けて静かにきらめいた。
細い蔦のような白銀。
淡い藤色の石。
控えめな真珠。
侍女が一瞬だけ目を丸くする。
「まあ……とても素敵ですね」
「ええ」
ラウラは小さく頷いた。
「大切な方から、いただいたものなのです」
そう言った瞬間、自分の声が思ったよりやわらかく響いて、ラウラは少しだけ恥ずかしくなる。
侍女は何もからかわなかった。
ただ、やさしく微笑んで髪飾りを手に取る。
「では、一番美しく見えるようにいたしますね」
「お願いします」
髪飾りがそっと挿される。
鏡の中の自分は、いつもより少し大人びて見えた。
藤色のドレス。
銀細工の髪飾り。
そのどちらも、静かに自分を包んでいる。
ラウラは鏡を見つめながら、胸の奥で小さく呟いた。
――セドリック様。
どうか、変だと思われませんように。
けれど同時に、別の声もあった。
きっと、彼は変だとは言わない。
見なくてもわかると、また言ってくれる。
そう思える自分がいることに気づいて、ラウラは少しだけ微笑んだ。
夕刻。
卒業パーティーの広間には、すでに多くの生徒たちが集まっていた。
灯りに照らされた大広間は、昼間の講堂とはまるで違う表情をしている。
白い花。
淡い色のリボン。
磨かれた床。
卒業を祝う音楽が、穏やかに流れていた。
令嬢たちはそれぞれ華やかなドレスに身を包み、令息たちも改まった装いで談笑している。
ラウラが広間に入ると、何人かの級友がすぐに気づいた。
「ラウラ様」
「まあ、本当に素敵ですわ」
「藤色、とてもお似合いです」
「髪飾りも……ドレスにぴったりですわね」
その言葉に、ラウラは思わず髪飾りへ手を伸ばしそうになった。
けれど触れる前に、そっと手を下ろす。
「ありがとうございます」
「どちらで選ばれたの?」
「それが……」
答えに迷った瞬間、級友たちが意味ありげに顔を見合わせた。
「もしかして」
「やはり?」
「セドリック様から?」
ラウラは一瞬で頬を染めた。
それだけで、答えたようなものだった。
「皆さま、どうしてすぐに……」
「だって、ラウラ様のお顔が」
「とても大切そうになさっているから」
「それに、今のラウラ様、本当にお幸せそうですもの」
幸せそう。
そう言われて、ラウラは何も言えなくなった。
自分では隠しているつもりでも、やはりもう隠しきれていないらしい。
でも今日は、それを少しだけ許せる気がした。
「……そう見えますか」
小さく尋ねると、級友の一人がやさしく微笑む。
「ええ。とても」
その言葉に、ラウラの胸がじんわりと温かくなった。
その時だった。
広間の入口近くが、少しだけざわめいた。
ラウラは何気なくそちらを見る。
そして、息を止めた。
セドリックが入ってきた。
いつもの騎士学校の制服ではなく、夜会用の改まった装いだった。
黒に近い上着。
深い色の飾り布。
余計な装飾は少ない。
けれど、その襟元に、ほんのわずかに淡い紫が差されていた。
飾り布の縁に入った細い刺繍。
光の角度によって、藤色にも銀紫にも見える、ごく控えめな色。
ラウラは思わず、自分のドレスを見下ろした。
淡い藤色。
胸の奥が、どくんと鳴る。
まさか。
そう思った瞬間、セドリックがラウラを見つけた。
目が合う。
彼の表情が、止まった。
ほんの一瞬。
けれどその一瞬だけで、ラウラにはわかってしまう。
セドリックが、言葉を失っている。
彼は周囲の声など聞こえていないように、まっすぐこちらへ歩いてきた。
一歩。
また一歩。
近づくほどに、ラウラはどうしていいかわからなくなる。
「ラウラ」
低い声。
けれど、いつもより少しかすれていた。
「セドリック様」
ラウラは小さく礼をする。
その拍子に、髪飾りがかすかに揺れた。
セドリックの視線が、そこへ向かう。
髪飾り。
ドレス。
それから、ラウラの顔へ。
「……」
何も言わない。
ただ、見ている。
ラウラは耐えきれず、小さく口を開いた。
「あの……変ではありませんか」
セドリックの眉が、わずかに動く。
「変なわけがない」
即答だった。
「本当に?」
「本当だ」
「似合っていますか」
聞いてから、ラウラは自分で驚いた。
こんなふうに、自分から聞いてしまうなんて。
けれど、聞きたかった。
セドリックの言葉で。
セドリックは一瞬だけ黙った。
それから、低く言った。
「似合ってる」
胸が跳ねる。
花祭りの日と同じ言葉。
けれど、今はあの時よりずっとまっすぐ届いた。
ラウラが髪飾りにそっと手を添えると、セドリックの目元がやわらぐ。
「……想像していたより、ずっと綺麗だ」
ラウラは息を止めた。
「セドリック様」
「何だ」
「今日は……いつもより、言葉が甘くありませんか」
セドリックは少しだけ視線を逸らした。
「悪いか」
「悪くはありません」
「ならいい」
「よくはありません。心臓に悪いです」
そう言うと、セドリックはまたこちらを見た。
いつもなら、そこで黙るはずだった。
けれど今日は違った。
「悪い」
短く言ってから、少しだけ間を置く。
「でも、今のは言わない方が無理だった」
ラウラはもう、返す言葉を失った。
広間の灯り。
ざわめき。
遠くで流れる音楽。
そのすべてが一瞬、遠くなる。
セドリックの襟元に入った淡い紫が、灯りを受けてかすかに光った。
ラウラはそれを見て、小さく尋ねる。
「そのお色……」
セドリックは一瞬、動きを止めた。
「……気づいたのか」
「はい」
「そうか」
「もしかして、私のドレスに合わせてくださったのですか?」
セドリックは答えなかった。
けれど、耳がわずかに赤くなる。
それだけで十分だった。
ラウラの胸が、甘く締めつけられる。
「……とても、素敵です」
そう言うと、セドリックは少しだけ目を見開いた。
それから、低く答える。
「お前の隣に立つなら、このくらいは合わせた方がいいと思った」
ラウラは固まった。
「……そういうところです」
「何がだ」
「隠せていないところです」
「隠すつもりはあった」
「ありましたか?」
「少しは」
「少しだけですか」
「ああ」
あまりに正直で、ラウラは困ったように笑ってしまった。
すると、セドリックの目がまたその笑みに吸い寄せられる。
「……やっぱり、似合ってる」
「二度目です」
「足りない」
ラウラは今度こそ何も言えなくなった。
周囲から、ちらちらと視線を感じる。
それも当然だった。
セドリックは、ラウラを見たまま目を逸らさない。
ラウラもまた、彼の前で頬を赤くしている。
何かあったのだと、誰にでも伝わってしまうだろう。
けれど今日は、もう少しだけそのままでいたかった。
セドリックはそんなラウラへ、静かに手を差し出す。
「踊るか」
ラウラはその手を見る。
大きくて、少し硬い手。
けれど今は、ちゃんと自分を待ってくれている手。
「……はい」
ラウラはそっと手を重ねた。
音楽が流れる。
二人は広間の中央へ進み出た。
周囲の視線が集まるのがわかる。
けれど、セドリックの手に導かれると、不思議と怖くはなかった。
一歩。
また一歩。
ドレスの裾が床を淡く滑る。
髪飾りが、動くたびに小さく光る。
セドリックの襟元の薄紫も、ラウラのドレスと同じように、灯りの中で静かに揺れていた。
「緊張してるのか」
セドリックが低く尋ねる。
「少しだけ」
「俺もだ」
「セドリック様も?」
「ああ」
「そうは見えません」
「必死で隠してる」
「隠せていません」
ラウラがそう言うと、セドリックはほんの少しだけ口元を緩めた。
「なら、諦める」
「諦めないでくださいませ」
「無理だ」
その声が、いつもより近い。
近いと思った瞬間、ラウラは足を運ぶ順を少しだけ間違えた。
「あ……」
小さく体が傾く。
次の瞬間、セドリックの腕がラウラの背へ回った。
引き寄せられる。
強くはない。
けれど、逃げられないほど確かな力で。
ラウラは息を呑んだ。
胸元が、近い。
セドリックの肩。
襟元の薄紫。
低く落ちる息遣い。
全部が近すぎて、ラウラは一瞬、音楽の拍子すらわからなくなった。
「大丈夫か」
耳元に近い声。
ラウラの頬に熱が上る。
「……大丈夫、です」
「本当に?」
「はい」
「なら、戻る」
そう言いながらも、セドリックの腕はすぐには離れなかった。
ラウラが顔を上げると、彼もこちらを見ていた。
近い。
近すぎる。
けれど、その目は真剣で、少しだけ甘い。
「セドリック様」
「何だ」
「……近いです」
「離れた方がいいか」
そう聞かれて、ラウラはすぐに答えられなかった。
離れた方がいい。
そう言うべきなのに。
心臓は痛いくらい鳴っているのに。
嫌ではなかった。
むしろ、この腕の中が安心できることに気づいてしまって、余計に困る。
ラウラは小さく視線を伏せた。
「……少しだけなら、このままで」
言った瞬間、自分でも信じられないほど頬が熱くなった。
セドリックの腕に、ほんのわずか力がこもる。
「そうか」
低い声。
けれど、その一言だけで、彼がどれほど嬉しそうにしているのかわかってしまう。
「……また、嬉しそうです」
「悪いか」
「悪くありません」
「ならいい」
「でも、周りに見られます」
「見せておけ」
「セドリック様」
困ったように名前を呼ぶと、セドリックは少しだけ目を細めた。
「今だけだ」
「今だけ?」
「ああ」
彼はラウラを支えたまま、静かに踊りの流れへ戻す。
「今だけは、少し浮かれていても許せ」
その言葉に、ラウラの胸が震えた。
卒業式の夜。
淡い藤色のドレス。
セドリックがくれた髪飾り。
そして、彼の衣にひそかに入れられた同じ色。
その全部が、まるで二人だけの秘密のようだった。
ラウラはセドリックの手を握り直す。
ラウラは俯き、胸の高鳴りを隠すように小さく息を吸う。
けれど隠しきれない。
きっと、セドリックにも。
周囲にも。
何より、自分自身にも。
音楽がゆっくりと流れていく。
セドリックの腕に支えられながら、ラウラは思った。
この夜のことを、きっと忘れない。
淡い紫が灯りの中で揺れるたびに。
引き寄せられた一瞬の熱を思い出すたびに。
きっと何度でも、胸が鳴るのだろう。
やがて曲が終わり、拍手が広間に広がった。
ラウラは手を離そうとした。
けれど、セドリックはすぐには離さなかった。
強く握るわけではない。
ただ、ほんの少しだけ。
まだこの時間を終わらせたくないように。
「セドリック様?」
「少し、外に出られるか」
ラウラの胸が静かに鳴る。
何か大切な話がある。
その声で、わかった。
「……はい」
広間の端を抜け、二人は廊下へ出た。
卒業パーティーの音楽は、扉の向こうでやわらかく響いている。
廊下は少し静かだった。
窓の外には、夜の庭が見える。
冬の空気は冷たいはずなのに、ラウラの頬はまだ熱を持っていた。
セドリックはしばらく黙っていた。
ラウラも急かさない。
彼が言葉を探している時の沈黙を、今はもう怖いとは思わなかった。
やがて、セドリックが口を開いた。
「卒業したら、忙しくなる」
「はい」
「俺は騎士団に入る。家のことも増える」
「……はい」
「お前も、伯爵家のことがあるだろう」
「そうですね」
静かな声だった。
けれど、その奥にある緊張を、ラウラは感じ取っていた。
セドリックは一度、息を吐く。
「だから、先に言っておく」
「何をですか?」
彼がラウラを見る。
逃げない目だった。
昔は、いつも言葉を飲み込んでいた人。
今は違う。
ちゃんと、言おうとしてくれている。
「結婚しよう」
ラウラは息を止めた。
音楽が、遠くなる。
廊下の灯りも、窓の外の夜の庭も、一瞬、輪郭を失ったように感じた。
婚約者なのだから。
いつか、そうなることはわかっていた。
わかっていたはずなのに。
今の言葉は、胸のいちばん深いところへ落ちてきて、ラウラの中にあった冷静な考えをすべて奪ってしまった。
「……セドリック様」
名前を呼ぶだけで、精一杯だった。
嬉しい。
驚いた。
信じたい。
でも、胸がいっぱいで、どの気持ちから言葉にすればいいのかわからない。
ラウラは両手を胸の前で握りしめる。
「わたくし……」
続きが出てこなかった。
セドリックは、そんなラウラを急かさなかった。
ただ、まっすぐに見ている。
それが余計に、胸を震わせる。
「前のままでは嫌だった」
セドリックが低く続けた。
ラウラは顔を上げる。
「俺たちの婚約は、最初から俺たちだけのものじゃなかった」
「……」
「シーフが選んで、家同士が決めた」
その言葉に、ラウラの胸が小さく揺れた。
昔のことが、ふとよみがえる。
突然決まった婚約。
戸惑い。
自分の意思とは違うところで、未来が決まっていくような不安。
けれど今は、違う。
セドリックは、誰かに決められた婚約者としてではなく、自分の言葉でラウラの前に立っている。
「それが嫌だったわけじゃない。今は、感謝してる」
セドリックはまっすぐラウラを見た。
「けど、これから先は違う」
「……違う?」
声が震えた。
セドリックは頷く。
「俺が選ぶ。お前を」
その瞬間、ラウラの視界が滲んだ。
ずっと、どこかでほしかった言葉だったのかもしれない。
婚約者だからではなく。
家同士で決まったからではなく。
神獣が懐いたからでもなく。
ラウラ自身を、選ぶと言ってくれる言葉。
「……ずるいです」
こぼれた声は、自分でも驚くほど頼りなかった。
「何がだ」
「そんなふうに言われたら……」
喉の奥が熱くなる。
言葉が震える。
それでも、ラウラは逃げたくなかった。
セドリックが逃げずに言ってくれたのだから。
今度は、自分もちゃんと言いたかった。
「嬉しくて、何も考えられなくなります」
セドリックは一瞬、黙った。
それから、少しだけ困ったように眉を寄せる。
「……それは、悪かった」
「本当に思っていますか?」
「少しは」
「少しですか」
「嬉しいから、全部は謝れない」
その言葉で、もう駄目だった。
ラウラは涙をこぼさないように、小さく息を吸う。
そして、震える声で言った。
「……はい」
セドリックが動きを止めた。
「はい、とは」
ラウラは顔を上げる。
頬は熱い。
胸は苦しい。
けれど、目の前の人からもう逃げたくなかった。
「私も、セドリック様と結婚したいです」
言えた。
ちゃんと、自分の言葉で。
セドリックはしばらく何も言わなかった。
ただ、ラウラを見ていた。
その顔が、いつものように不器用で。
けれど、隠しきれないほど嬉しそうで。
ラウラは涙が出そうなのに、少しだけ笑ってしまった。
「また、隠せていません」
「……今日は無理だ」
「またですか」
「一生に一度だろ」
その言葉に、ラウラの胸がまた震えた。
廊下の向こうでは、卒業を祝う音楽が流れている。
終わりの日。
けれどラウラには、その日が何かの始まりのように思えた。
セドリックが静かに手を差し出す。
「戻るか」
ラウラはその手を見つめた。
さっきまでとは違う手に見えた。
婚約者として差し出された手ではなく。
これから先を一緒に歩くための手。
そう思ったら、また胸がいっぱいになる。
「……はい」
ラウラはその手を取った。
今度は、迷わなかった。
広間へ戻れば、きっとまた誰かに気づかれる。
髪飾りをつけたラウラと、衣に淡い紫をまとったセドリック。
二人の間に変わったものがあると、誰かが察するかもしれない。
けれど、もうそれが少しだけ怖くなかった。
セドリックの手は、確かにラウラを支えている。
そしてラウラも、その手をそっと握り返した。
かつて家同士に結ばれた婚約は、この夜、ようやく二人自身の約束になった。




