19 庭のお茶会
庭へ出ると、春のやわらかな陽射しの下に、すでにお茶の席が整えられていた。
白いクロスのかかった丸テーブル。
銀のティーセット。
焼き菓子に、小さな果実のタルト。
花壇の花々まで飾りのように見える、穏やかな午後だった。
けれど、ラウラの気分はまったく穏やかではない。
使用人が丁寧に一礼する。
「こちらへどうぞ」
そう言って示された席を見て、ラウラは足を止めた。
二つ並んだ椅子。
しかも、いちばん目立つ場所だ。
ラウラはじっとそれを見つめ、それから使用人を見た。
「……これ、まさか」
使用人はにこやかに答える。
「お二人のお席でございます」
沈黙。
ラウラはそっと隣を見た。
セドリックも同じような顔をしている。
「嫌なんですけど」
「俺もだ」
二人の声がぴたりと重なった。
エリオットが後ろで吹き出す。
「ほんと息ぴったりだね」
「違います!」
「違う」
また重なる。
ハーヴェル公爵は面白そうに腕を組んでいた。
「いいじゃないか。婚約者なのだから」
ラウラはむっとする。
「だから、その言い方やめてください」
伯爵は少し困ったように苦笑した。
「ラウラ。とりあえず座りなさい」
不満しかなかったが、父に言われてしまえば逆らいにくい。
ラウラはしぶしぶ椅子へ向かう。
するとその横で、セドリックも同じように嫌そうな顔で席についた。
並んで座る。
それだけのことなのに、妙に落ち着かない。
ラウラは思わず小さく呟いた。
「気まずい……」
隣から、ぼそりと返る。
「同感だ」
ラウラはそちらを見た。
「感じ悪い」
「お前な」
着席してすぐそれか、と言いたげな顔だった。
けれど、すぐに言い返してくるあたり、やはり感じが悪い。
そのくせ、こうしてぽんぽん言葉を返せてしまうのも、セドリック相手だからだった。
エリオットには、こんなふうには言わない。
ちゃんと返そう、丁寧にしようと自然に思ってしまうからだ。
でもセドリックには、なぜだかそのまま口にできる。
それがいいことなのか悪いことなのか、ラウラにはまだよくわからなかった。
シーフはラウラの足元に当然のように伏せ、アルトはすぐ上の枝にとまっていた。
まるで、この席の主役は誰なのか知っているように。
使用人が紅茶を注ぎ始める。
淡い香りがふわりと漂った。
ラウラは少しだけ気を取り直し、目の前の焼き菓子に視線を向ける。
「おいしそう……」
思わず漏れた声に、エリオットが笑った。
「さっきまであんな顔してたのに」
ラウラは少し気まずくなる。
「だって、お菓子はお菓子ですし……」
「そこは別なんだ」
「別です」
真顔で答えると、エリオットがくすくす笑う。
そのやりとりを横で聞いていたセドリックが、ふっと鼻で笑った。
ラウラはすぐに振り向く。
「なに」
「別に」
「今、笑ったでしょ」
「気のせいだ」
「感じ悪い」
「お前、そればっかりだな」
そんなことを言われても、感じが悪いものは感じが悪い。
ラウラはむっとしたまま、目の前の小皿へ手を伸ばした。
そのときだった。
少し遠い位置にあった砂糖壺へ手を伸ばしかけたラウラの前に、すっと白い小皿が差し出される。
角砂糖が二つ、きちんと乗っていた。
ラウラは目をぱちぱちさせる。
差し出したのは、セドリックだった。
「……え」
セドリックはそっぽを向いたまま言う。
「手、届いてなかっただろ」
ぶっきらぼうな声。
それだけ言うと、もうどうでもいいとでも言いたげに視線を逸らす。
ラウラはしばらくその横顔を見つめた。
意外だった。
てっきり、黙っているか、面倒そうな顔をするかのどちらかだと思っていたからだ。
「……ありがとう」
小さく礼を言うと、セドリックは短く返した。
「別に」
やっぱり感じが悪い。
けれど、手を出すのは早かった。
ラウラは受け取った砂糖を紅茶に入れながら、なんとも言えない気持ちになる。
エリオットはそのやりとりを見て、楽しそうに目を細めていた。
「セドリック、優しいじゃない」
「違う」
即答だった。
ハーヴェル公爵まで笑っている。
「そういうところだぞ」
「何がです」
「お前は昔から、愛想が足りん」
セドリックは露骨に嫌そうな顔をした。
ラウラは思わず横目で見る。
今のやりとりだけでも十分そう思う。
手を貸しても、言い方ひとつで全部台無しだ。
そのとき、伯爵が穏やかな声で口を開いた。
「今後は時折、こうして顔を合わせることになるだろう」
ラウラの手が止まる。
嫌な予感しかしない。
「時折、ですか?」
ハーヴェル公爵が頷いた。
「婚約した以上、まったく会わないわけにもいくまい」
「互いの家を行き来し、少しずつ慣れていけばいい」
ラウラは眉を寄せる。
「慣れる必要あります?」
「ある」
即答したのは公爵だった。
その隣で、セドリックが嫌そうに目を伏せる。
「面倒だ……」
ラウラは思わず頷いた。
「それはそうです」
そこで目が合う。
一瞬だけ。
そして二人とも、すぐに逸らした。
また同じことを思ってしまったのがなんとなく悔しい。
エリオットはそんな二人を見て、楽しげに紅茶を口に運ぶ。
「僕は楽しいけどね」
「エリオット様は楽しそうです」
「うん。見ていて飽きないから」
「他人事だと思って」
ラウラが少し恨めしそうに言うと、エリオットはやわらかく笑った。
「他人事だし」
あまりにもあっさりしていて、ラウラは思わず言葉を失う。
その横で、セドリックがまた少しだけ笑った気がした。
ラウラはすぐに振り向く。
「今また笑いましたよね」
「笑ってない」
「嘘です」
「しつこい」
「感じ悪い」
「お前、本当にそれ好きだな」
いつの間にか、やりとりが続いている。
気づけばエリオットより、隣のセドリックと話している時間のほうが長かった。
それに気づいて、ラウラはほんの少しだけ不思議になる。
やっぱり感じは悪い。
ぶっきらぼうだし、言い方も優しくない。
なのに、話しにくいわけではないのだ。
むしろ、思ったことをそのまま言いやすい。
その不思議さに首をかしげた、そのときだった。
足元のシーフが立ち上がり、ラウラの膝へ鼻先を押しつけてくる。
「きゃっ」
驚いて身を引く。
すると、今度は枝の上のアルトが羽をふわりと広げた。
二匹そろって構ってほしそうにしている。
ラウラは困ったように笑った。
「ちょっと待って。二人いっぺんは無理です」
その言い方に、エリオットが吹き出した。
「もう完全にラウラ中心だね」
伯爵も苦笑する。
「神獣たちにここまで好かれるとはな」
ハーヴェル公爵は満足そうだった。
「だから言っただろう。軽い縁ではない」
ラウラはその言葉に少しだけ引っかかったが、今はそれどころではない。
シーフは足元で尾を揺らし、アルトは上から静かに見下ろしている。
そしてその向こうで、セドリックまでじっとこちらを見ていた。
「……なに」
ラウラが思わず言うと、セドリックは少しだけ間をおいてから答えた。
「いや」
「お前、すごいなと思っただけだ」
ラウラは目を丸くする。
思いがけない言葉だった。
褒められた、のだろうか。
けれどセドリックはすぐに顔をしかめる。
「面倒ごとを集める才能がある」
一瞬で台無しだった。
ラウラは呆れる。
「やっぱり感じ悪いです!」
セドリックは肩をすくめた。
「事実だろ」
「事実じゃないです!」
言い返しながら、ラウラはふと気づく。
さっき一瞬だけ、本当に素直な顔をしていた気がした。
すぐにいつもの感じの悪い顔に戻ったけれど。
ほんの一瞬だけ。
それがなぜだか、少しだけ気になった。
春の庭には、やわらかな風が吹いていた。
紅茶の香り。
焼き菓子の甘さ。
神獣たちの気ままな気配。
そして、隣には相変わらず感じの悪い婚約者。
こんな時間がこれから増えるのだと思うと、やっぱり素直には喜べない。
けれど。
さっきよりは少しだけ、この席の気まずさに慣れている自分がいた。
それがなんだか悔しくて、ラウラはわざと紅茶をひとくち飲み込んだ。
向かいではエリオットが微笑み、伯爵と公爵は穏やかに言葉を交わしている。
その中で、セドリックだけが相変わらず不機嫌そうだった。
なのに、なぜかときどき視線が合う。
ラウラはそのたびに眉をひそめ、セドリックはそのたびに少し遅れて目を逸らした。
誰もまだ、それを言葉にはしない。
けれど、少しずつ。
ほんの少しずつだけ、二人の距離は変わり始めていた。




