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18 婚約者

婚約の話が決まってから、応接室の空気はなんとも言えないものになっていた。


ラウラはまだ納得していない顔で立っている。

腕を組んだまま、じとっと父を見た。


「……ほんとに、決まったんですか」


伯爵は少し困ったような顔で頷く。


「正式な婚約だ」


ラウラは天井を見上げた。


「はあ……」


思わず、大きなため息がこぼれる。


その横では、セドリックも似たような顔をしていた。


「最悪だ」


ラウラがすぐに振り向く。


「なによそれ」


セドリックは肩をすくめた。


「事実だろ」


ラウラはむっとする。


「こっちだって最悪です」


二人は睨み合った。


その間で、シーフはのんびりと尻尾を振っている。

アルトは窓枠に止まったまま、静かに羽を整えていた。


神獣たちは、まるで少しも気にしていない。


エリオットがくすっと笑った。


「でもさ」


ラウラとセドリックが同時に振り向く。


エリオットは楽しそうに言った。


「これで正式に婚約者だね。おめでとう」


沈黙。


ラウラは目を丸くした。


「……え」


セドリックはすぐに顔をしかめる。


「やめろ」


エリオットは肩をすくめた。


「事実でしょ」


ラウラは少し顔を赤くした。


「その言い方、やめてください」


セドリックも低く言う。


「気持ち悪い」


「ひどいなあ」


エリオットはまったく堪えた様子もなく笑っている。


そのとき、使用人が部屋に入ってきた。


「伯爵様。お茶の準備ができました」


伯爵が頷く。


「では、庭でいただこう」


使用人は丁寧に一礼した。


「お庭にお席をご用意しております。お二人とも、どうぞ」


お二人とも。


その言い方に、ラウラは妙な実感を覚えた。


ついさっきまで、こんなことになるなんて思っていなかったのに。

なのにもう周囲は、自分とセドリックをひとつにして扱い始めている。


(ほんとに婚約なんだ……)


ラウラはちらりとセドリックを見た。


セドリックもまた、露骨に嫌そうな顔をしていた。


目が合う。


ラウラは、ふと思いついたように口にした。


「婚約者」


セドリックの眉がぴくりと動く。


「言うな」


ラウラは肩をすくめた。


「だって、そうなんでしょ」


セドリックは即答する。


「違う」


「親が勝手に決めただけだ」


ラウラは腕を組み直した。


「まあ、それはそうだけど」


その横で、エリオットがぽつりと言った。


「僕は残念だけど」


ラウラが振り向く。


「え?」


エリオットはにこりと笑う。


「もう少し早く会えていたら、僕も名乗りを上げていたかもしれない」


ラウラは目を丸くした。


「えっ」


セドリックの眉がぴくりと動く。


「やめろ」


エリオットは笑った。


「冗談だよ」


けれど、ラウラはまだ少し赤い顔のままだった。


その様子を見て、セドリックはなぜか胸の奥がざわつくのを感じる。


(……なんでだ)


理由はわからない。


ただ、面白くなかった。


そのとき、シーフがふいに立ち上がった。


そして当然のように、ラウラの隣へぴたりと座る。


アルトも窓から飛び立ち、近くの木の枝に止まった。


二匹の神獣が、同時にラウラを見ている。


エリオットが呟く。


「ほんと、人気だね」


ラウラは困ったような顔になる。


「何もしてないのに」


セドリックは小さく息を吐いた。


「……面倒だ」


ぶっきらぼうな声だった。


けれど、その視線はラウラから離れない。


シーフに懐かれて、アルトにも選ばれて、婚約まで決まって。

さっきからずっと、こいつのことで振り回されてばかりだ。


それなのに。


目が離せないのが、いちばん面倒だった。


ラウラはそんなセドリックの視線に気づいて、眉をひそめる。


「なに」


セドリックはすぐに顔をしかめた。


「別に」


「またそれですか」


「本当に別にだ」


「感じ悪い」


「うるさい」


いつもの調子で返ってくる。


やっぱり感じが悪い。

けれど、なぜかセドリック相手だと、ラウラはこうしてそのまま言葉を返せてしまう。


エリオット相手には、もう少し丁寧に返すのに。


その不思議さに、ラウラは自分でも少し首をかしげた。


けれど今は、それよりもずっと大きな問題がある。


婚約だ。


どう考えても、まだ納得できない。


庭へ向かうため歩き出しながら、ラウラは小さく唇を尖らせた。


隣ではシーフが尻尾を揺らし、枝の上ではアルトが静かに羽を休めている。


まるで、何もかも最初から決まっていたことのように。


ラウラはもう一度だけ、ちらりとセドリックを見た。


やっぱり不機嫌そうだ。

やっぱり感じが悪い。


けれど、同じように納得していない顔をしているのを見ると、そこだけは少しだけ同類のような気もした。


そんなことを思ってしまった自分に、ラウラはすぐに心の中で首を振る。


(ないない)


こんな相手と婚約者だなんて、やっぱり冗談じゃない。


そう思うのに。


胸のどこかが、ほんの少しだけ落ち着かなかった。


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