17 婚約決定
庭の散歩から戻ると、応接室の空気は先ほどまでとは変わっていた。
部屋の中には、いつの間にか大人たちが集まっている。
リンドグレイ伯爵。
ハーヴェル公爵。
そして、神官までいた。
ラウラは思わず足を止める。
「お父様?」
伯爵はラウラを見ると、軽く手招きした。
「ラウラ、こちらへ来なさい」
ラウラはシーフとアルトを連れて部屋へ入る。
その後ろから、セドリックとエリオットも続いた。
ハーヴェル公爵は二人の姿を見て、いかにも都合がいいとでも言いたげに笑う。
「ちょうどいい」
「話がある」
その言い方に、ラウラはぴくりと眉を寄せた。
「……何の話ですか?」
公爵は楽しそうに口元を上げる。
「婚約の話だ」
沈黙が落ちた。
ラウラは目を丸くする。
「え」
セドリックも同時に顔をしかめた。
「は?」
ぴたりと重なった声に、エリオットがわずかに目を細める。
けれど公爵は気にした様子もなく続けた。
「伯爵とも話し合った。神官にも確認してもらっている」
「手続き上の問題はない」
そして、ごくあっさりと言った。
「お前たちの婚約を正式に決めた」
「ちょっと待ってください!」
思わず声を上げたのはラウラだった。
伯爵が少し困ったような顔をする。
「ラウラ」
ラウラは父を見る。
「聞いてません!」
「私、そんな話――」
「俺も聞いてない」
ラウラの言葉に重ねるように、セドリックも低く言った。
公爵は平然としている。
「今、言った」
セドリックは呆れたように眉を寄せる。
「そういう意味じゃない」
ラウラは腕を組んだ。
納得できるはずがない。
ついさっきまで庭で花を見ていたのに、戻ってきたら婚約が決まっているなんて、勝手にもほどがある。
「私、嫌です」
はっきりと言い切る。
部屋の空気が静まった。
けれど公爵は、むしろ面白がるように眉を上げる。
「理由は?」
ラウラは即答した。
「この人、感じ悪いからです」
セドリックがすぐさま言い返す。
「こっちの台詞だ」
ラウラはきっと睨む。
「なんですって」
「事実だろ」
「事実じゃないです」
「十分感じ悪い」
「お前に言われたくない」
ぽんぽんと続く応酬に、エリオットが横で小さく笑った。
「やっぱり仲いいね」
二人は同時に振り向く。
「よくない!」
またぴたりと重なった声に、今度は伯爵までわずかに目を細める。
ラウラはむっとしたまま息をついた。
エリオット相手には、こんなふうにぽんぽん言い返したりしない。
なぜかあちらには、自然と少しきちんとした返事をしてしまう。
なのにセドリック相手だと、遠慮なく言葉が出た。
感じが悪いから、こっちも取り繕う必要がないと思っているのかもしれない。
ラウラ自身、その理由はよくわかっていなかった。
そのとき、神官が静かに口を開いた。
「ですが、これは軽い縁ではありません」
ラウラは首をかしげる。
「縁?」
神官は一度、ラウラの足元のシーフと肩の上のアルトに目を向けた。
それから少し視線を落とし、慎重に言葉を選ぶように続ける。
「……神獣が関わる縁です」
ラウラはますます意味がわからず、ぱちぱちと瞬きをした。
「どういう意味ですか?」
けれど神官は、それ以上ははっきり言わなかった。
「今は、まだ詳しく申し上げられません」
曖昧な返答だった。
セドリックも眉をひそめたが、深くは追及しない。
ただ、ちらりとシーフを見たあと、ラウラの肩の上のアルトへ視線を向ける。
二体の神獣は、まるでこの話の成り行きを見守るように静かだった。
公爵が口を開く。
「とにかく、決定だ」
ラウラは納得しない。
「そんなの勝手です!」
「俺も認めない」
セドリックも低く言い放つ。
公爵はまったく動じず、肩をすくめた。
「今すぐ結婚するわけじゃない。婚約だ」
「子どものうちは様子を見る」
そして、楽しそうに笑う。
「嫌なら、これから仲良くなればいい」
ラウラは即答した。
「無理です」
セドリックも即答する。
「無理だ」
また同時だった。
その瞬間、シーフが楽しそうに尻尾を振った。
アルトもまた、肩の上で静かに羽を揺らす。
まるで、それでいいと言わんばかりに。
公爵は愉快そうに目を細めた。
「面白い」
「ますます楽しみになった」
ラウラはますます不服そうに唇を尖らせた。
隣ではセドリックも、露骨に機嫌の悪い顔をしている。
こんな相手と婚約だなんて、冗談じゃない。
ラウラは本気でそう思った。
きっと向こうも同じだろう。
そう思ってセドリックを見ると、ちょうど向こうもこちらを見ていた。
一瞬だけ視線がぶつかる。
どちらもすぐに逸らした。
こうして、ラウラとセドリックの婚約は、本人たちの意思とはまったく関係なく正式に決まった。
そのとき二人が胸の内で思っていたことは、きっと同じだった。
(絶対にうまくいかない)
けれど——
その未来が、思っていたよりずっと大きく変わっていくことを、まだ誰も知らない。




