16 白い花の行方
話がひと段落し、三人は気分転換に庭へ出ていた。
リンドグレイ伯爵家の庭には、春の風が静かに吹いている。
やわらかな陽射しの下、小道の脇には色とりどりの花が咲き、穏やかな午後の空気をいっそうやさしくしていた。
その小道を、ラウラはゆっくり歩いている。
隣には銀狼の神獣、シーフ。
肩には白鷹の神獣、アルト。
完全に神獣に囲まれた状態だった。
ラウラは困ったように、それでもどこか可笑しそうに笑う。
「なんだか、すごいことになってますね」
エリオットが楽しそうに目を細めた。
「王都でも、なかなか見ない光景だと思うよ」
「そうなんですか?」
ラウラは素直に聞き返す。
エリオットと話すときは、自然と少しだけ言葉を選んでしまう。
やさしくて、きれいに返してくれる人だから、こちらまできちんとしなければと思ってしまうのだ。
その少し後ろを、セドリックが腕を組んだまま歩いていた。
見れば見るほど機嫌が悪そうだった。
ラウラは振り返る。
「セドリック」
呼ばれて、セドリックが顔を上げる。
「……何だ」
「どうしたの、その顔」
返事を待つより先に言葉が出た。
エリオット相手にはこんなふうに言わないのに、セドリックにはなぜかそのまま口にできてしまう。
セドリックは眉をひそめた。
「別に」
「別にって、見るからに不機嫌じゃん」
「関係ないだろ」
「感じ悪い」
「うるさい」
即答だった。
そのやり取りを見て、エリオットがくすっと笑う。
「やっぱり拗ねてる」
「違う」
また即答するセドリックに、ラウラは小さく肩をすくめた。
「はいはい」
そのとき、ラウラがふと足を止めた。
小道の脇の花壇の前だった。
春の陽射しを浴びて、色とりどりの花がやさしく揺れている。
ラウラは嬉しそうにしゃがみこんだ。
「きれい……」
シーフもその隣に座りこむ。
アルトは肩の上で小さく羽を揺らした。
ラウラは花壇を見つめたまま、小さな白い花を指さす。
「これ、春になると毎年咲くんです」
エリオットが興味深そうに覗きこむ。
「詳しいんだね」
ラウラは少し照れたように笑った。
「好きなんです。花」
「ラウラらしいね」
やわらかな返事だった。
その会話を少し後ろで聞きながら、セドリックは黙っていた。
自然に話している。
当たり前みたいに、楽しそうに。
胸の奥が、また少しざわつく。
(……なんなんだ)
自分でもうまく説明できない感情だった。
そのとき、ラウラは花壇の端に咲いていた小さな白い花を一本、そっと摘み取った。
立ち上がって、くるりと振り返る。
「セドリック」
名を呼ばれ、セドリックはわずかに目を見開いた。
「……何だ」
ラウラは白い花を差し出す。
「これ」
「きれいだから」
セドリックは一瞬だけ黙った。
差し出された花に目が落ちる。
小さくて、白くて、頼りないくらい可憐な花。
それを持つラウラの指先まで見てしまって、妙に言葉が出なくなる。
けれど次の瞬間には、いつものように顔をしかめた。
「……いらない」
ラウラは眉を上げた。
「なんでよ」
セドリックは視線を逸らしたまま言う。
「花なんか持って歩く趣味ない」
ぶっきらぼうで、やっぱり感じが悪い。
でも、すぐに言い返したわけではなかった。
ほんの少し返事が遅れたことに、ラウラは気づかない。
「きれいじゃん」
「そういう問題じゃない」
「なにそれ」
ラウラは小さく鼻を鳴らした。
「ほんと可愛くない」
「うるさい」
そう返したくせに、セドリックの視線はもう一度だけ、ラウラの手の中の白い花へ向いていた。
その瞬間だった。
アルトがふいに翼を揺らし、ひょい、とラウラの手元の花をくちばしでくわえた。
ラウラは目を丸くする。
「わっ」
エリオットが吹き出した。
「あはは」
アルトはそのままふわりと飛び上がり——ためらいなく、セドリックの頭の上へ花を落とした。
ぽとり。
沈黙が落ちる。
ラウラも、エリオットも、一瞬言葉を失った。
足元ではシーフだけが、楽しそうに尻尾を振っている。
セドリックは無言のまま頭の上の花を取り、ゆっくりとアルトを見上げた。
「……お前」
アルトは何事もなかったような顔で、近くの枝にとまっている。
その横で、エリオットはとうとうこらえきれずに笑い出した。
「ははは!」
「似合うよ、セドリック」
「うるさい」
いつもより低い声だった。
けれど、その姿を見たラウラは思わず笑ってしまった。
「ほんとだ」
「似合うじゃん」
セドリックは顔をしかめる。
「似合わない」
「似合うって」
ラウラはくすくす笑う。
その笑顔が、ひどく綺麗だった。
春の陽射しの下で、花を前にして笑うその顔は、さっきまでの何よりも目を引いた。
セドリックは一瞬だけ言葉を失う。
胸の奥が、どくりと鳴った気がした。
ただ苛立つだけじゃない。
ただ落ち着かないだけでもない。
その正体に、ようやく少しだけ近づく。
まだ、恋と呼ぶには早い。
けれど確かに、何かが芽生え始めていた。
ラウラはそんなセドリックの内心など知らず、笑いながら言う。
「ほら、そうやってすぐ嫌そうな顔する」
「やっぱり感じ悪い」
「……お前な」
言い返しかけて、セドリックは少しだけ言葉に詰まる。
その間にラウラは、笑ったまま花を一本見つめた。
エリオットには丁寧に返したくなるのに、セドリックにはなぜだか、思ったことをそのまま言えてしまう。
感じが悪いから、こちらも遠慮しなくていいと思っているのか。
それとも、言い返しても平気だと思っているのか。
自分でもよくわからない。
ただ、話しにくいはずなのに、妙に話しやすいのだ。
その不思議さに首をかしげていると、シーフが機嫌よくラウラの隣に寄り添い、アルトもまた静かに羽を休めている。
春の庭は穏やかだった。
けれどその中で、セドリックの胸だけが、静かではいられなくなっていた。




