表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/62

16 白い花の行方

話がひと段落し、三人は気分転換に庭へ出ていた。


リンドグレイ伯爵家の庭には、春の風が静かに吹いている。

やわらかな陽射しの下、小道の脇には色とりどりの花が咲き、穏やかな午後の空気をいっそうやさしくしていた。


その小道を、ラウラはゆっくり歩いている。


隣には銀狼の神獣、シーフ。

肩には白鷹の神獣、アルト。


完全に神獣に囲まれた状態だった。


ラウラは困ったように、それでもどこか可笑しそうに笑う。


「なんだか、すごいことになってますね」


エリオットが楽しそうに目を細めた。


「王都でも、なかなか見ない光景だと思うよ」


「そうなんですか?」


ラウラは素直に聞き返す。


エリオットと話すときは、自然と少しだけ言葉を選んでしまう。

やさしくて、きれいに返してくれる人だから、こちらまできちんとしなければと思ってしまうのだ。


その少し後ろを、セドリックが腕を組んだまま歩いていた。


見れば見るほど機嫌が悪そうだった。


ラウラは振り返る。


「セドリック」


呼ばれて、セドリックが顔を上げる。


「……何だ」


「どうしたの、その顔」


返事を待つより先に言葉が出た。


エリオット相手にはこんなふうに言わないのに、セドリックにはなぜかそのまま口にできてしまう。


セドリックは眉をひそめた。


「別に」


「別にって、見るからに不機嫌じゃん」


「関係ないだろ」


「感じ悪い」


「うるさい」


即答だった。


そのやり取りを見て、エリオットがくすっと笑う。


「やっぱり拗ねてる」


「違う」


また即答するセドリックに、ラウラは小さく肩をすくめた。


「はいはい」


そのとき、ラウラがふと足を止めた。


小道の脇の花壇の前だった。


春の陽射しを浴びて、色とりどりの花がやさしく揺れている。


ラウラは嬉しそうにしゃがみこんだ。


「きれい……」


シーフもその隣に座りこむ。

アルトは肩の上で小さく羽を揺らした。


ラウラは花壇を見つめたまま、小さな白い花を指さす。


「これ、春になると毎年咲くんです」


エリオットが興味深そうに覗きこむ。


「詳しいんだね」


ラウラは少し照れたように笑った。


「好きなんです。花」


「ラウラらしいね」


やわらかな返事だった。


その会話を少し後ろで聞きながら、セドリックは黙っていた。


自然に話している。

当たり前みたいに、楽しそうに。


胸の奥が、また少しざわつく。


(……なんなんだ)


自分でもうまく説明できない感情だった。


そのとき、ラウラは花壇の端に咲いていた小さな白い花を一本、そっと摘み取った。


立ち上がって、くるりと振り返る。


「セドリック」


名を呼ばれ、セドリックはわずかに目を見開いた。


「……何だ」


ラウラは白い花を差し出す。


「これ」


「きれいだから」


セドリックは一瞬だけ黙った。


差し出された花に目が落ちる。

小さくて、白くて、頼りないくらい可憐な花。


それを持つラウラの指先まで見てしまって、妙に言葉が出なくなる。


けれど次の瞬間には、いつものように顔をしかめた。


「……いらない」


ラウラは眉を上げた。


「なんでよ」


セドリックは視線を逸らしたまま言う。


「花なんか持って歩く趣味ない」


ぶっきらぼうで、やっぱり感じが悪い。


でも、すぐに言い返したわけではなかった。

ほんの少し返事が遅れたことに、ラウラは気づかない。


「きれいじゃん」


「そういう問題じゃない」


「なにそれ」


ラウラは小さく鼻を鳴らした。


「ほんと可愛くない」


「うるさい」


そう返したくせに、セドリックの視線はもう一度だけ、ラウラの手の中の白い花へ向いていた。


その瞬間だった。


アルトがふいに翼を揺らし、ひょい、とラウラの手元の花をくちばしでくわえた。


ラウラは目を丸くする。


「わっ」


エリオットが吹き出した。


「あはは」


アルトはそのままふわりと飛び上がり——ためらいなく、セドリックの頭の上へ花を落とした。


ぽとり。


沈黙が落ちる。


ラウラも、エリオットも、一瞬言葉を失った。


足元ではシーフだけが、楽しそうに尻尾を振っている。


セドリックは無言のまま頭の上の花を取り、ゆっくりとアルトを見上げた。


「……お前」


アルトは何事もなかったような顔で、近くの枝にとまっている。


その横で、エリオットはとうとうこらえきれずに笑い出した。


「ははは!」


「似合うよ、セドリック」


「うるさい」


いつもより低い声だった。


けれど、その姿を見たラウラは思わず笑ってしまった。


「ほんとだ」


「似合うじゃん」


セドリックは顔をしかめる。


「似合わない」


「似合うって」


ラウラはくすくす笑う。


その笑顔が、ひどく綺麗だった。


春の陽射しの下で、花を前にして笑うその顔は、さっきまでの何よりも目を引いた。


セドリックは一瞬だけ言葉を失う。


胸の奥が、どくりと鳴った気がした。


ただ苛立つだけじゃない。

ただ落ち着かないだけでもない。


その正体に、ようやく少しだけ近づく。


まだ、恋と呼ぶには早い。

けれど確かに、何かが芽生え始めていた。


ラウラはそんなセドリックの内心など知らず、笑いながら言う。


「ほら、そうやってすぐ嫌そうな顔する」


「やっぱり感じ悪い」


「……お前な」


言い返しかけて、セドリックは少しだけ言葉に詰まる。


その間にラウラは、笑ったまま花を一本見つめた。


エリオットには丁寧に返したくなるのに、セドリックにはなぜだか、思ったことをそのまま言えてしまう。


感じが悪いから、こちらも遠慮しなくていいと思っているのか。

それとも、言い返しても平気だと思っているのか。


自分でもよくわからない。


ただ、話しにくいはずなのに、妙に話しやすいのだ。


その不思議さに首をかしげていると、シーフが機嫌よくラウラの隣に寄り添い、アルトもまた静かに羽を休めている。


春の庭は穏やかだった。


けれどその中で、セドリックの胸だけが、静かではいられなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ