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15 来訪者

リンドグレイ伯爵家の応接室には、なんとも妙な光景が広がっていた。


ラウラの肩には、白い神獣アルト。

足元には、銀狼シーフ。


完全に神獣に囲まれている。


当のラウラは、困ったように眉を下げていた。


「どうしてこうなるんでしょう……」


エリオットがくすりと笑う。


「ラウラが人気なんだよ」


伯爵は腕を組み、静かに二体の神獣を見ていた。

さすがにここまで露骨な光景は、彼にとっても初めてらしい。


そのときだった。


屋敷の外から、馬の足音が響く。


続けて、門が開く重い音。


ばたばたと慌ただしい足音が廊下を走り、使用人が応接室へ駆け込んできた。


「伯爵様!」


「ハーヴェル公爵家のセドリック様がお見えです!」


ラウラはぱちりと目を丸くした。


「え?」


エリオットは小さく「あ」と声を漏らす。


伯爵もわずかに驚いた顔をした。


「セドリック殿が?」


次の瞬間、応接室の扉が開いた。


そこに立っていたのは——セドリックだった。


黒い髪。

青い瞳。

そして、相変わらず不機嫌そうな顔。


セドリックは部屋に入るなり、その場の光景を見た。


ラウラの肩にはアルト。

足元にはシーフ。


まるで神獣たちに守られているような格好だった。


沈黙。


セドリックの眉がぴくりと動く。


「……おい」


低く落ちた声に、ラウラはきょとんと首をかしげた。


「こんにちは?」


挨拶を返してみるが、セドリックは答えない。


その視線は、まっすぐアルトに向いていた。


白い神獣もまた、肩の上から静かにセドリックを見返している。


そんな二人の間に、エリオットの明るい声が割って入った。


「やあ、セドリック」


にこやかに笑ってみせる。


「どうしたの?」


セドリックは短く言った。


「シーフを連れ戻しに来た」


その言葉に、ラウラははっとして慌てる。


「あっ……ごめんなさい!」


「勝手についてきちゃって……」


けれど、当のシーフはラウラの足元でご機嫌に尻尾を振っている。

どう見ても帰る気はなさそうだ。


セドリックは眉をひそめ、低く名を呼んだ。


「シーフ」


銀狼の耳がぴくりと動く。


だが、それだけだった。


動かない。


ラウラの隣にぴったり座ったまま、まるで聞こえなかったふりをしている。


エリオットが肩を震わせた。


「聞いてないね」


セドリックのこめかみがわずかに引きつる。


「……こっち来い」


それでもシーフは動かない。


ラウラが困ったようにしゃがみ込み、そっと頭を撫でた。


「シーフ?」


その瞬間、シーフは待っていましたと言わんばかりに尻尾を振った。


ぱたぱたと、実に嬉しそうに。


セドリックは無言になる。


エリオットも一瞬黙ったあと、楽しそうに笑った。


「完全にラウラの方が上だね」


「うるさい」


間髪入れずに返す声は、いつも以上に低い。


そのとき。


アルトが、ラウラの肩の上でふわりと翼を広げた。


白く大きな羽がゆるやかに広がり、窓から差し込む光を受けてきらりと輝く。


まるでセドリックを警戒するようにも見えて、彼は目を細めた。


「……ヴァルディエ家の神獣か」


エリオットは肩をすくめる。


「そう。今日はついてきちゃってね」


セドリックはラウラへ視線を向けた。


肩にはアルト。

足元にはシーフ。


二体の神獣に囲まれた少女は、相変わらず自分がどれほど異様なことになっているのか、わかっていないらしい。


そしてまた、シーフへ目を向ける。


自分の神獣なのに。

呼んでも戻らない。


それどころか、ラウラのそばであんなにも機嫌がいい。


(なんでだ)


胸の奥が、妙にざわつく。


理由のわからない苛立ちと、引っかかるような感覚が、また大きくなっていく。


そのとき、ラウラがそっと声をかけた。


「セドリック」


不意に名を呼ばれ、セドリックが顔を上げる。


「……何だ」


ラウラは少しだけ申し訳なさそうに、けれどまっすぐ彼を見た。


「シーフ、もう少しここにいてもいいですか?」


沈黙が落ちた。


セドリックはしばらくラウラを見つめていた。


青い瞳が細められる。

怒っているようにも見えるのに、真正面から見返されると、ラウラはなぜか目を逸らせない。


やがて、セドリックはぼそりと言った。


「……好きにしろ」


その途端、ラウラの顔がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


花が咲いたみたいな笑顔だった。


シーフがそれに合わせるように嬉しそうに尻尾を振る。


エリオットはくすりと笑った。


「優しいじゃない」


セドリックは即答する。


「違う」


ぴしゃりと言い返してから、むすっとしたまま近くの椅子に腰を下ろした。


「どうせ帰ってこない」


ぶっきらぼうに吐き捨てるその声は、どこか拗ねているようにも聞こえる。


ラウラは首をかしげた。


「?」


意味がわからず、ただ不思議そうに見つめるばかりだ。


けれどその様子を見て、エリオットは心の中でひっそり笑っていた。


(ああ)


(これ、絶対面白いことになる)


肩には白鷹。

足元には銀狼。

その上、目の前には不機嫌そうに座り込んだセドリック。


応接室の空気は妙におかしくて、けれどどこか甘いものを孕み始めていた。


この日を境に。


二人の少年の中で、ラウラという存在は少しずつ形を変え始める。


思っていたよりもずっと、目が離せない存在へと。


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