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14  神獣たち

リンドグレイ伯爵家の応接室では、伯爵とエリオットが机を挟んで向かい合っていた。


交わされているのは、どうやら政治に関わる話らしい。

ラウラには少し難しく、口を挟めるような内容ではない。


だからラウラは邪魔にならないよう、窓辺の椅子に静かに腰かけていた。


そのすぐ近くの窓枠には——白鷹の神獣、アルト。


真っ白な羽をくちばしで整えながら、時おり金色の瞳でラウラを見ている。


そのたびに、ラウラはなんだかくすぐったい気持ちになって、小さく笑った。


「アルト、きれい」


陽の光を受けた白い羽は、雪のように淡く輝いている。


ラウラの声に、アルトは静かに首を傾げた。


その仕草が思っていたより愛らしくて、ラウラはふっと頬をゆるめる。


そのときだった。


庭の方から、突然、重い音が響いた。


どん、と。


伯爵が言葉を切り、ラウラもはっと顔を上げる。


窓の外に、銀色の影が着地していた。


「……え?」


目を見開く。


そこにいたのは——シーフだった。


銀色の狼は迷いなく庭を横切り、そのまま窓の前までやってくる。


そして当然のように、室内を覗き込んだ。


「シーフ!?」


ラウラは思わず立ち上がった。


驚きと嬉しさの入り混じった声で、すぐに窓へ駆け寄る。


庭へ出られる大きな窓を開けると、シーフは待っていましたと言わんばかりに、ふさりと尾を揺らした。


「どうしたの? 来てくれたの?」


シーフはうれしそうにもう一度尻尾を振る。


完全に、ラウラを探して来た顔だった。


その瞬間、部屋の空気がわずかに変わる。


窓枠にいたアルトが、ゆっくりと翼を広げたのだ。


白く大きな翼。


鋭い金色の瞳が、静かにシーフを映す。


シーフもまた、まっすぐアルトを見返した。


静かな対峙だった。


威嚇するでもなく、けれど互いの存在を確かめ合うような、短い沈黙。


ラウラはきょとんと二体を見比べる。


「……?」


伯爵も、珍しいものを見るように目を細めていた。


その横で、エリオットが小さく笑う。


「初対面だね」


ラウラは振り返る。


「え?」


「神獣同士って、案外こうして顔を合わせることが少ないんだ」


説明する声は穏やかだった。


アルトはしばらくシーフを見つめていたが、やがて静かに翼をたたむ。


それを見て、シーフもそれ以上構えることなく、するりと部屋の中へ入ってきた。


大きな体がラウラのそばまで歩いてきて——そのまま当然のように、彼女の隣に座る。


ぴたり、と寄り添うように。


アルトの視線が動く。


ラウラ。

シーフ。

そして、またラウラ。


何かを確かめるような目だった。


ラウラが戸惑っていると、不意にアルトがふわりと飛び立った。


「えっ」


白い羽が、ひらりと光を散らす。


アルトは応接室の中をゆるやかに旋回し、そのまま迷いなく——ラウラの肩へ舞い降りた。


「わあ……!」


驚いて声が漏れる。


肩に伝わる重みはあるのに、不思議と怖くない。


アルトはそこが自分の場所だと言うように、静かに羽を整えた。


足元ではシーフが満足そうに尻尾を振っている。


まるで、それでいいと認めたかのように。


伯爵が思わず呟いた。


「……これは、驚いたな」


エリオットも珍しく目を丸くしていた。


「アルトが僕以外の人の肩に止まるの、初めて見た」


ラウラは完全に混乱していた。


肩には白鷹。

足元には銀狼。


二体の神獣に囲まれている。


「ど、どうして……?」


戸惑いながら問うても、アルトは静かに羽を整えるばかりで、シーフは機嫌よさそうにラウラへ体を寄せてくる。


気づけばラウラは、肩にアルトを乗せ、足元にシーフを従えるという、とんでもない状態になっていた。


エリオットはとうとう笑みをこぼした。


「すごいね」


「すごいで済む話なんですか、これ……?」


困ったように言うラウラに、エリオットはくすくすと笑う。


けれどその目は、やはりどこかやさしかった。


「神獣にここまで好かれる人、そうそういないよ」


その言葉に、ラウラはますます落ち着かなくなる。


「私、何もしていないのに……」


「だからじゃないかな」


エリオットはそう言って、やわらかく目を細めた。


「理屈じゃなく、わかるものがあるのかもしれない」


ラウラは首をかしげたが、答えはわからない。


けれど、アルトもシーフも不思議なくらい穏やかで、嫌がっている様子は少しもなかった。


その頃。


ハーヴェル公爵家では、セドリックが騎士から報告を受けていた。


「神獣シーフが、また屋敷を出ました」


その一言に、セドリックの眉がぴくりと動く。


「どこに行った」


騎士はわずかに言いにくそうな顔をしながら答えた。


「……リンドグレイ伯爵家の方角です」


沈黙。


セドリックはしばらく何も言わなかった。


けれど次の瞬間、小さく舌打ちする。


「またか」


低く落ちた声には、あからさまな苛立ちが滲んでいた。


エリオットに続いて、今度はシーフまで。


そう思った途端、胸の奥が妙にざわつく。


ただ腹が立つだけではない。


説明のつかない、落ち着かなさ。

思い通りにならない苛立ち。

そして、なぜか振り払えない、あの令嬢の顔。


「……ちっ」


セドリックはさらに機嫌悪く顔をしかめた。


まだ自分でも名前をつけられない感情が、胸の奥で少しずつ輪郭を持ち始めていることに——本人だけが、まだ気づいていなかった。

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