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【完結済】黒い狐、未来の神と会う  作者: 紫藤しと


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2.中と外

 私はため息を誤魔化して質問を続けた。

「まぁいいか…えっと、普段は何して暮らしてるんですか?」

「何をしてるか? 別に普通だよ。生活をしている。」

 やっぱ腹立つな。

「じゃあ、まず朝起きて何をしますか?」

「あぁそこら辺はね、僕がちょっと他の人とは違う所でね。」

 何故だろう。表情は見えないのにドヤ顔が見える気がする。

「僕はね、起きたらまずこの部屋にいるんだ。わかる? 普通は目覚めると同時に外に居るものだろう? でも僕はこの部屋、つまり『中』にいるんだ。」

「……私の時代では普通過ぎて。」

「そうか…君にはこの凄さがわからないのか…」

 男はしゅんと項垂れてしまった。

「普通は目覚めると同時に外に居るってことは、皆さん家がないってことですか?」

「あー…なるほど、面白い考え方だね。いや家はある、と思う。なるほど、今を語るには過去を語る所からなんだな。…昔は朝起きるとご飯を食べて家の外の学校や職場に移動してたんだよね? セキュリティがほぼ無い状態で。それは危険過ぎるということでできるだけ外出を減らそうとしたのが約五百万時間前だ。天変地異とか色々あったけど最終的に人類は一切の外出の必要がなくなった。例えば今生まれた子供は初期学習が終わればいきなり外に出されるんだ。この中の景色を一切見ることなくね。わかる?」

「全然わかりません。たぶんあなたがいう『外』の意味が私の思う『外』とちょっと違うのかと。私にとっては家の外が『外』です。さっき私は『外』からこの家の『中』に入ってきました。」

「あぁなるほど…なるほどね…」

 男は細かく頷きながら下を向いてしばらく黙った。

「…調べてみたけど古語過ぎて僕にはピンとこないなぁ……仮想現実ってわかる?」

「インターネット上の?」

「インターネット、www、ふふふ。伜コヲ繝Ο繝医3。」

「はい?」

「うーん、自動翻訳の限界だよ…とにかくまぁインターネットだよ。そういうことにしとこう。この世界は電子で作られた世界を『外』、それ以外を『中』って呼んでるんだ。」

「それはまたざっくりした分け方ですね。」

「だってもう分ける必要がないんだもん。最近の人類はもう『中』の存在を知らないんだから。」

「? 目覚めないってことですか? それとも眠らないってこと?」

「難しいこときくね……起きない、の方が近いかな? 目を覚ますと同時に仮想空間に飛んで、眠ると同時に仮想空間から消える。意識がある=『外』ね。実際の肉体は椅子の上から一歩も動かない。だから最近の子は『外以外』の存在すら知らないんだ。」

 なんだかお勉強をしている気分になってきた。私が知りたかったことってなんだっけ?

「しかし僕って天才だよね。こんなこと説明できる人類なんてもういないよ?」

「さようでございますか。」

「うん。いつの間にかお上がこういった事を秘匿するようになったからね…だからもう、みんな『中』があることすら知らないから、おかげで僕は嘘つき呼ばわりさ。」

「はあ」

「馬鹿みたいだろ? 『中』はあるんだよ。みんなが言う夢の話じゃない。ここでは自在に空を飛べたり一瞬で会いたい人に会えたりしない。現実だけなんだ。昔は、あのドアを開けて偶然に人にあったりしたもんさ。わかるかい? 偶然に、だよ。なんせ『外』の世界は全てお上に支配されてるんだからね。誰と誰が出会うのか、全て決められてるんだ。僕は僕を嘘つきと呼んだ奴らに会うことは二度とないだろう。お上は争いを嫌ってる。僕らには殴り合う自由すらないんだ。」

「…お上って具体的にはどういう団体ですか?」

「お上はね…さっき調べた時に出てきたよ。昔は高知能とか機械とか呼ばれてたんじゃないかな。」

「機械? …人工知能ですか?」

「うん。いつだったかな…まぁかなり昔にそれらは人類の知能を追い越したから。それ以来人類はそいつらに支配されてる。一応建前では人類が進んで管理をお願いしたってことになってるけど、どうだかね。確かに戦争とかはなくなったみたいだけど。」

「なるほど。未来ですねー。」

 我ながら馬鹿みたいな相槌だ。ここはAI?に支配された未来らしい。しかしなんだか埃っぽい部屋だ。やけに喉が渇く。未来なら湿度調整ぐらいしてくれてもいいのにと思いながら男を見ると、全身銀色タイツを着ていた。なるほど未来だった。

「その服って、中どうなってんですか? 食事の時は顔だけ出すんですか?」

「食事? あぁ食事ね。知ってるよ。今はね、いうなれば食事と風呂と排泄をいっぺんにできるんだ。」

「気持ち悪いんですけど。」

「そうでもないと思うよ。ほら。」

 男は立ち上がると歯医者の椅子に近づき、横にあった柱に手を当てた。柱は一瞬緑に光った後、ザシュ!という音が部屋に響いた。男は柱から手を離して広げた。

「ね? どうってことないでしょ?」

「何が行われたんです?」

「この手の所から服の中の余分な物を排出して、必要なものを吸い込んだんだ。…今の服なら寝たままできるらしいけどね、僕のは旧式だから一度起き上がる必要がある。昔は実際の体を動かすことも大事だって言われてそうなってたらしいんだけど、今じゃもう、知的生命体は知的であれば十分だって考え方に変わったらしい。確かに消費エネルギーの問題を考えれば無駄を少なくするに越したことはないんだろうけど、それってどうのんだろうね…」

 男はベラベラと喋りながらまた椅子に腰掛けた。

「どうなんでしょうね。」

 私はなるべくイライラがバレないように短く返事した。どうやらここでは水を一杯もらうこともできないらしい。

「つまりその服?の中は体液やらなんやらでいっぱいってことですか。いつから人間は肺呼吸をやめたんですか。」

「詳しい構造は覚えてないけど、これは元々の皮膚を模した第二の皮膚だよ。人間の体にはたくさんの管が通ってて色んな器官がそれぞれ動いてるでしょ? この服の下も栄養素を直接消化器官に送り込む管があったり、排泄物を処理するゾーンがあったりする。図を見てもらえれば簡単な話なんだけどなー。出せないのが『中』の面倒なとこだよね。…全身をこの服で覆うことによって感染症や有害な光からも守られるし、僕はこの服は合理的だと思うよ。」

 あっそ。と言いかけて止めた。ここに私が飲める水がないのはこの男のせいじゃない。わかってはいるが、喉は渇く。


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