1.未知との遭遇
瞬きしても変わらない程の闇の中にいる。微かに聞こえるキーンとした音は機械音か耳鳴りか。時々足元が揺れるので手すりをしっかりと握り直す。どうやら何かの乗り物に乗って暗闇を移動しているようだ。
ふわっとした浮遊感の後、ガラリと空気が変わった。どうやら乗っていた物が止まったらしい。不愉快ではないぐらいの人工的な匂いが漂っている。鼻をひくひくさせていると、突然右手から強烈な光で照らされた。
手で光を遮りながら目を細めると、四角い光の中に小さな人影があった。どうやらあれが私がここに呼ばれた原因らしい。面倒だなと思いながら光に近づくと、人影の全身が全面銀色のもので覆われていることがわかった。ヌメヌメと光って乱反射しているので中身は見えない。
「よく来たね」
思ったよりも大人っぽい男の声で話しかけられて思わず笑ってしまった。ここでは私の予想が尽く外れるようだ。
招かれるまま戸をくぐり、最後に乗ってきた乗り物を見ようとしたが外は真っ暗で何も見えなかった。
「どこかへ腰かけてほしい所だが…ここには何もないね。中で会うっていうのはもう人類が忘れ去った習慣だからね。まぁだからこそ特別といえる。」
小さな男は部屋をウロウロしながら独り言のように話した。部屋の真ん中には歯医者の椅子のようなものがあるだけで、他に家具らしきものはなかった。壁や天井は淡い黄色に光っていてどこにも切れ目がない。振り返ると先ほど入ってきたはずの戸も消えていた。
「いや待てよ。確か大昔の映画で見たな。ええと…」
男は突然大きく手を二回打って言った。
「椅子を二脚出してくれ!」
すると床が二箇所ぷくっと膨れあっという間に椅子へと形を変えた。
「ほら! 見ただろ! やっぱり僕はすごいんだ!」
無邪気に喜ぶ男を尻目に私はさっさと椅子に座った。この男はたぶん、私がまだ一言も喋っていないことに気がついていない。
「なんて原始的なんだ。音声入力だよ音声入力。まったく古代の遺物だよこの家は!」
男は笑いながら椅子に座った。周りを覆う銀色の膜のせいで男の中身は見えない。どんな顔なのか見てやりたいのに。
「古いと言えば君の服もかなり古いセンスだね。全身を動物にするなんて僕が子供の頃に流行ったやつだよ!」
男は手を叩きながら楽しそうに笑っている。いい加減帰りたくなってきたがこっちは仕事だ。
「…こっちではその銀色全身タイツが流行ってんですか?」
「全身タイツ? …知らない言葉だな。いや、僕に知らないことなんてないな。…要するに服の話か?」
「そーっすね」
「服か! 服は外なら気を使うけどここは中だからね! 確かに僕が着てるのはかなり古いタイプだから中でも設定を変えられるかもしれないけれど……ちょっと時間がかかるかもな。」
「あ、どうでもいいです。」
「そうかい? じゃあなんでも聞いてくれ。聞きたいことは山程あるだろう?」
向かいあって改めて聞かれると少し怯んでしまう。確かに疑問は山程あるがこの全身銀タイツにそれが答えられるのか、私にそれが理解できるのか甚だ疑問ではある。しかし始めないと終わらない。
「えぇーっと…日本語なんですね。言葉。」
「日本語?」
「にほんご…に聞こえるんですけど…違います?」
「日本語…言葉……わかった! 大昔は沢山の言語があったという話だろう!」
「…そうですね。今はないんですか?」
「今は言葉は言葉だ。昔は共通語といったそうだがもはやその概念も廃れて等しい。」
「じゃあ、日本語が生き残ったと?」
「いや違うんじゃない? 僕の服が互いにわかるように通訳してると思う。この服は旧式だからね、昔の技術が搭載されてるんだ。」
「へーそうなんですね。」
「…わかってるよ。本当に聞きたい話はこれじゃないんだろう?。ただ核心に到達するまでに気になる些細な疑問が多すぎる。我々はしばし相互理解に努めなくてはならない。そうだろう?」
私は神妙な顔で頷いた。実際その通りだ。しかしこの男が狐の神妙な顔がわかるかは未知だ。
「では僕からも聞こう。君は大体一千万時間前から来たんじゃないか? どうだい?」
「一千万時間って何年ですかね?」
「ねん、とは?」
「年とは…一日二十四時間を三百六十五回繰り返した単位です。」
「なにその中途半端な単位。」
「それに関しては、まあ、そうですね。」
「えーと一千万割る二十四割る三百六十五ってこと? …1141.552511415525って割り切れないのはどうしたらいいの?」
「あ、細かいのは切り捨てといてもらって。約1141年ですか。ちなみに今は何年ですか?」
「だから年って単位はもう使われてないんだってば。」
「西暦とか和暦とかは?」
「西暦なら聞いたことあるけど、それは僕が物知りなだけであって、とっくの昔に消えた言葉だよ。」
「…じゃあもう、私が来たのは『大昔』からですね。」
「うーん時間をかければ特定できるかもしれないけど、本筋はそこじゃないよね。オーケー、僕らは文明が断絶するほど遠い過去と未来で生まれたと仮定しよう。」
「私が未来かもしれませんよ?」
「別に僕が未来だなんて言ってないよ。」
なんだろう。腹立つな。たが目的を見失ってはいけない。私がここに来たのは敬愛する神の御意志なのだから。




