3.5章11話 宿屋の女将エルザ
3.5章11話 宿屋の女将エルザ
ミアちゃんがコーイチとくっついたと聞いたとき、正直、少し驚いたね。
でもね、不思議と腑に落ちたのも事実だったよ。
宿屋の女将、エルザは、帳場に座りながらそんなことを考えていた。
ヨチヨチ歩きだった頃からミアを知っている身としては、あの子はもう、ほとんど自分の娘みたいなものだ。
母親が忙しく働いていたから、宿に入り浸っていた時期もあったし、泣けば膝に乗せてやったし、悪さをすれば叱った。
大きくなってからも、何かあればふらっと顔を出す。
そんな子だ。
だから、誰かと一緒になるとしたら、どんな男だろうと思ってはいた。
まさか、あのコーイチとはね。
コーイチが最初にこの宿に現れたとき、エルザは正直、どこの田舎者かと思った。
とにかく、何も知らない。
街のことも、相場も、人付き合いも。
お金の使い方だけは妙に丁寧だったけど、どの硬貨が高くて、どれが安いのかも、最初は分かっていない様子だった。
エルザは世話焼きだ。
長年宿をやっていれば、自然とそうなる。
困っていそうな客がいれば声をかけるし、聞かれる前に手を回す。
だから、コーイチにもいろいろ教えてやった。
風呂の使い方、洗濯の干し場所、朝の混み合う時間帯。
本人は恐縮していたけど、放っておける性分じゃない。
部屋の掃除に入ったときは、さすがに驚いた。
私物が、ほとんどない。
着替えが数着と、革袋がいくつか。
装飾品も、思い出の品も、何ひとつ見当たらない。
これで、どうやってここまで来たんだろうと思ったくらいだ。
世話を焼いているうちに、ひとつ分かったことがある。
この子は、とても礼儀正しい。
最初はね、上半身をまっすぐにして、手を横にそろえて、深く前に倒れるものだから、何事かと思った。
謝っているのか、叱られると思っているのか。
でも、どうやら感謝のしぐさらしい。
事あるごとに「ありがとうございます」と言って、体ごと頭を下げる。
最初は奇妙な癖だと思ったけど、見慣れてくると、悪くない。
言葉だけじゃなく、体全部で感謝を表している。
あれは、気持ちがいい。
支払いも、きっちりしている。
遅れたことは一度もない。
冒険者ギルドに登録したと聞いたときは、正直、不安だった。
あんなヒョロヒョロの細腕で大丈夫かい、と思ったからね。
でも、噂はすぐに広まってきたよ。
コーイチと組むと、依頼が無事に終わるらしい。
怪我人が出ない。
死人が出ない。
詳しいことは誰も分からないけど、とにかく「運がいい」と言われている。
そういう星の下に生まれた人間って、いるからね。
ある朝、コーイチが言った。
「どこかで、綺麗な服を買えませんか」と。
あまり身なりに興味がありそうもなかったから、どうした風の吹き回しかと思ったけど、すぐにピンときた。
ああ、これはデートだね。
どこで女の人を見つけたのかと思ったけど、深くは聞かなかった。
街のバザーに古着屋がいくつかある。
安くて、掘り出し物も多い。
そこを教えてやった。
「バザーで大丈夫ですか?」と聞かれたから、
「あんたの今着てるのより、よっぽどマシさ」と言ってやった。
コーイチは自分の服を見下ろして、苦笑いしながら、
「そりゃ、そうですね」と笑った。
その夜だよ。
帰ってきたコーイチの横に、ミアちゃんがいた。
わたしは、思わず目を細めた。
ミアちゃんは、こちらを見るなり、ちょっと照れた顔をして、舌を出して、ウインクした。
まったく、ずいぶん可愛くなったもんだ。
それからは、ちょこちょこミアちゃんが泊まりに来るようになった。
お金は、おまけだ。
コーイチが払おうとしたけど、止めた。
「ミアちゃんは、私の娘みたいなもんだよ」
「娘が泊まるのに、お金なんていらない」
そう言ったら、またあの礼儀正しいお辞儀だ。
「ありがとうございます」
体ごと、深く。
「何かあったら、手伝わせてください」とまで言う。
なんていい子だろう。
ミアちゃんが惚れたのも、分かる。
昨日の夜、ミアちゃんが言っていた。
明日の昼に食べる弁当を頼みたいって。
コーイチから、ウサギの肉をもらっていたからね。
パンと、ウサギの平肉焼きでいいだろう。
生姜をたっぷり入れたやつさ。
あの二人なら、きっとそれで十分だ。




