第3.5章 第7話 水魔法
宿に戻ると、外はすっかり暗くなっていた。
夕食も済ませ、特にやることもない。
ミアと別れたあと、コーイチは部屋に戻って、ベッドに腰を下ろした。
――そういえば。
今日、ミアに水魔法を教わった。
指先から水を出す、あの魔法だ。
生活魔法の一種らしく、攻撃用ではないと言っていたが、あれはあれで便利そうだった。
「……ちょっと、やってみるか」
誰に聞かせるでもなく呟き、コーイチは立ち上がる。
短い。
本当に短い詠唱だ。
すると――
ぽた。
ぽたぽた。
指先から、水が滴り落ちた。
「おお……」
思わず声が漏れる。
確かに出ている。
ミアが見せてくれた通りだ。
しかし、次の瞬間、コーイチは我に返った。
「あっ」
床に水が落ちている。
「……まずいな」
慌てて窓を開け、手を外に出した。
外なら問題ない。
詠唱を止めると、水はすぐに収まった。
床を見下ろし、小さくため息をつく。
「ちょっと濡れただけだし……大丈夫か」
窓から顔を出し、下を確認する。
誰も歩いていない。
よし。
安心したところで、ふと疑問が湧いた。
――ミアは、もっと勢いよく出していた。
水鉄砲のように。
指先から、ピューッと。
「……出力、かな」
コーイチは考える。
水が出る。
それを押し出す。
出口を絞れば、勢いが出る。
ごく自然な発想だった。
詠唱をし直す。
今度は、指先の感覚に集中する。
押し出す。
細く。
強く。
すると――
ピューッ。
「おっ」
明らかに、さっきより勢いがある。
水は一直線に飛び、向かいの建物の壁に当たって弾けた。
「……届いた?」
もう一度。
ピューッ。
今度は、屋根の端に当たる。
「おおっ」
思わず、声が大きくなった。
なんだこれ。
面白い。
コーイチの中で、完全にスイッチが入った。
男の子は、水遊びが好きだ。
年齢は関係ない。
出力を変える。
指の角度を変える。
少しずつ、調整する。
道を越えた。
屋根の中央に届いた。
「すげぇ……」
心が弾む。
異世界に来てから、娯楽らしい娯楽はなかった。
剣の訓練も、採集も、楽しいが、これは別だ。
完全に、遊びだった。
しかし――
数回繰り返したところで、急に水が出なくなった。
「あれ?」
もう一度、詠唱。
……出ない。
指先に、違和感がある。
体の奥が、少し重い。
「……ああ」
直感的に分かった。
魔力切れだ。
「まだ、やりたかったのに」
名残惜しく指を眺めていた、その時。
コーイチは、はっとした。
――魔石。
今日、ミアと一緒に取った。
三つ、持っている。
革袋から取り出し、掌に乗せる。
小指の先ほどの大きさ。
青みがかった緑色。
「……どうやって使うんだろ」
ミアは、使ってなかった。
補助に使うと言っていた。
コーイチは、右手に魔石を握り、人差し指だけを外に向けた。
そして、詠唱する。
――次の瞬間。
指先から、轟音と共に水が噴き出した。
「うわっ!?」
勢いが、桁違いだった。
制御が効かない。
水は一直線に飛び、眼前の木に直撃する。
枝葉をなぎ倒し、
そのまま、
――幹ごと、切り倒した。
バキィィィン!!
ものすごい音が、夜の町に響いた。
「え、え、え!?」
コーイチは慌てて魔石を床に投げ捨て、窓を閉めた。
心臓が、嫌な音を立てている。
少しだけ窓を開け、外を覗く。
「何だ今の音!」
宿の入り口から、亭主が飛び出してきた。
女将もいる。
周囲の家から、人が集まってくる。
「……やばい」
完全に、やらかした。
コーイチは窓を閉め、ベッドに座り込む。
毛布を引き寄せ、頭から被った。
「……聞こえませんように」
そう祈りながら、心臓の音が落ち着くのを待った。
――水魔法。
それは、思っていたよりも、
ずっと危険な代物だった。




