3.5章 第6.5話 ウサギはおいしい
そのまま二人は、いつもの酒場へ向かった。
夕暮れ時の酒場は混み始めていて、冒険者や商人の話し声が重なり合う。ミアは慣れた様子で空いている席を見つけ、コーイチを手招きした。
最初の一杯が運ばれてきたところで、今日のウサギ狩りを、このまましばらく続けようという話にまとまった。
理由はいくつかある。
まず一つ目に、危険度がそれほど高くないことだ。
この世界では、怪我はそのまま命に直結する。医療は発展していないし、治癒魔法も万能ではない。頼めば治してもらえるが、費用は高いし、そもそもその場に治癒魔法を使える者がいなければ意味がない。
「だからね、怪我をしないのが一番なの」
ミアは当たり前のことのように言った。
二つ目は、結構儲かるという点だ。
毛皮と肉、そして魔石。一匹で三つの価値がある。一兎を追う者三兎を得る、だな、とコーイチが言うと、ミアは声を出して笑った。
ツノウサギの毛皮は、毛の密度が高く、滑らかで丈夫だという。都会に持っていけば、高級な防寒具やコートの素材として扱われるらしい。
このあたりでは、当たり前のように防寒着として使われているが、それだけ質がいいということだ。
肉も美味いらしい。
明日、枝肉を一匹分もらえるという話になっていて、ミアはそれを楽しみにしていた。
魔石については、必要な分はもう持っているからと、三つだけ残してあとは換金した。
こんな小さな石が、本当に魔法の補助になるのかと、コーイチは内心で思ったが、疑っても仕方がないとも思った。
こちらの常識は、この世界では通用しない。ミアが言うのなら、そうなのだろう。
そもそも、あのツノウサギは繁殖力が異常に強いらしい。
狩っても狩っても減らず、枯れることがない。
しかも好戦的で、商人の荷馬車を襲ったり、道を荒らしたりする、強くはないが厄介な魔獣だという。
「だからね、いくらでも狩っていいの」
そう言って、ミアはジョッキを傾けた。
とにかく、ウサギはおいしい。
そんな話を一通りしたあと、今度はコーイチが魔法の話を振った。
「他には、どんな魔法があるんですか?」
少し考えてから、ミアは指を折っていく。
火魔法。
土を生成する土魔法。
風魔法は、あまり使われないし、使える人も少ない。
あとは、治癒魔法。
「私が使えるのは、擦り傷を治すくらいだけどね」
その言葉に、コーイチは思わず声を上げた。
「えっ? 傷が治せるの?」
「うん」
「どのくらいで?」
時間のことだ、と補足すると、ミアは首をかしげてから答えた。
「詠唱が終わって、魔法をかけてる間だから……五十数えるくらいかな?」
すごい。
かすり傷とはいえ、五十秒ほどで治るというのは驚異的だ。
「じゃあ、今――」
かけてほしい、と言いかけたところで、ミアはきっぱりと首を振った。
「ダメ」
理由を尋ねると、少し言いにくそうにしながら、ミアは説明した。
「怪我してないところに回復魔法をかけるとね……たまに、変な病気になる人がいるの。体の中に、変なのができて、最後は死ぬ」
キャンサー。
その言葉が思い浮かんで、コーイチは背筋が冷たくなった。
「それって……癌じゃないですか?」
「がん?」
意味は分からないが、深刻そうな顔をしているのは伝わったらしい。ミアは小さくうなずいた。
「治癒魔法って、体を元に戻すんじゃなくて、傷を無理やりくっける感じだから……」
なるほど。
だから万能ではないし、乱用されない。
コーイチは、改めてこの世界の危うさを実感した。
魔法はあるが、都合のいい奇跡ではない。
生き延びるには、無茶をしないことが何より大切なのだ。
ミアは、何事もなかったかのようにジョッキを置いた。
「だから、明日もウサギ狩りね」
その言葉に、コーイチは静かにうなずいた。




