第17話 混在する敵
第17話 混在する敵
最初に気づいたのは、音だった。
獣の唸り声。
だが、それに重なるように人間の声が聞こえた。怒鳴り声だ。命令口調で、感情が荒れている。
「囲め! 逃がすな!」
森の奥から飛び出してきたのは、魔物だった。
狼に似た体躯。だが、どこか歪んでいる。体格は異様に大きく、毛並みの隙間から鈍く光る結晶が覗いていた。
次の瞬間、左右から人影が躍り出る。
盗賊だった。
コーイチは腰のナイフを抜いた。
短い刃が、手の中でやけに軽い。
魔物が跳ぶ。
コーイチの身体がずれた。
牙が、さっきまで首のあった場所を噛む。
目の前で、上下の顎が空を閉じた。
「ちっ……!」
背後から、剣が振り下ろされる。
乾いた音がした。
刃が地面を叩いていた。
コーイチは振り返る。
盗賊の男が、信じられないものを見る顔でこちらを見ている。
もう一体の魔物が低く唸り、横から回り込む。
コーイチはナイフを胸の前に上げた。
刃先がわずかに前を向く。
そこへ、魔物の首が滑り込んだ。
ぐさり、と手応えがある。
コーイチは目を見開いた。
魔物はそのまま前脚をもつれさせ、地面に転がった。
「なんだ、こいつ!」
盗賊のひとりが叫ぶ。
コーイチは息を荒げながら、一歩だけ横へ動いた。
自分では避けたつもりだった。
だが外から見れば、その動きは奇妙だった。
大きく飛びのくわけでもない。身をひねるわけでもない。ただ、気づけばそこにいない。
盗賊の剣が、また空を切る。
今度は横薙ぎだった。
刃は、コーイチの腹の前を正確になぞるように通り過ぎ、服の端すら掠めなかった。
「……は?」
盗賊の顔が歪む。
コーイチ自身、何が起きているのかよく分かっていなかった。
怖い、と思ったときには、身体がもう別の場所にあった。
魔物が跳ぶ。
盗賊が踏み込む。
コーイチの足が、半歩だけ外れる。
魔物の爪が空を掻く。
盗賊の剣が空を切る。
順番に襲ってきているはずなのに、どちらも当たらない。
「前に出すな! 魔物を盾にしろ!」
盗賊の怒鳴り声で、はっきり分かった。
人間は考える。
魔物は命令された方向へ突っ込むだけだ。
盗賊は魔物の影に身を置き、安全な位置から剣を振るう。
その分、厄介だった。
コーイチのナイフが前に出る。
そこへ、魔物の胸が沈み込んだ。
刃が入る。
魔物の体が、勢いのまま崩れた。
「馬鹿! そっちじゃねえ!」
盗賊が怒鳴る。
だが、焦っているのはその声の方だった。
盗賊が踏み込む。
コーイチの肩がずれる。
剣先が、さっきまでそこにあった空間を裂く。
盗賊は一度、足を止めた。
「……なんなんだ、こいつ」
その声には、怒りより戸惑いが強かった。
コーイチの動きは、他人から見ると妙だった。
上手く避けているようには見えない。反応が速いようにも見えない。ただ、狙った場所にいない。
人間の動き方には見えなかった。
盗賊のひとりが、わずかに後ずさる。
その隙に、魔物が踏み込み損ねた。
前足が根に引っかかり、体が前へ流れる。
コーイチのナイフは、その前にあった。
魔物がそこへ落ちてきた。
短い鳴き声が響く。
そのまま地面に崩れ落ちた。
「撤退だ!」
盗賊の声で、人影が森の奥へ消えていく。
残された魔物は、数歩だけふらつき、その場で倒れた。
コーイチはナイフを下ろした。
全身が震えている。
膝が笑う。呼吸も浅い。
だが、立っている。
「……生きてるな」
それだけを確認する。
近くにいた冒険者のひとりが、ぽつりと呟いた。
「なあ……あんたと一緒にいると、妙に死なねえな」
コーイチは首を振った。
「たまたまです」
本心だった。
今日も攻撃は一度も当たらなかった。
理由は、わからない。
ただ、人間が混じると厄介だということだけは、はっきりと残っていた。




