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狐狸の千年天下取り  作者: 日生
三章 百目巨人
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5.二匹、問う

 鼻先に触れる熱は徐々に失せてゆく。


 四つの蹄だけでは、腹の膨れた娘を抱き上げることはできなかった。


 もとは神馬、穢れて物の怪、切られた脚はすぐ直ったが、か弱き人の子はそうもゆかぬ。

 傷は膿んで、じゅくじゅくといつまでも腐った臭いを放つ。


 はじめは社の奴ばらを八つ裂きにせんと思ったが、今にも息絶えんばかりの娘を置いてはゆけぬ。

 腹に我が子もあればなおのこと。


 すると娘が、色の失せた唇を開けた。


「百年、待ってて」


 息からは山桃が香っていた。

 ここに来る前、社で実を口にしていた、それだろう。


「百年経ったら、会いに来ます。そうして一緒になりましょう」


 言ったきり、腹の子とともに絶えてしまった。


 以来、待ち続けている。


 百年がいつなのか、わからねども娘が待てと言うなら待たねばならぬ。


 いつどこから現れてもすぐさま見つけられるよう、ありったけの目玉を体に付けた。

 次は娘を抱き上げられるよう、人の手も付けた。

 腐ったところには新しい肉を足し、そのうち、どんどん体は膨れて、身の内は妖気と瘴気に満ち満ちた。


 今宵も、百目は死骸の下より這い出づる。


 地上に生者の気配がしたため、そやつにまた時を尋ねようと思った。


 見やれば、山桃の木の下に、かんなぎ姿の女が立っていた。


 黒き髪と瞳。白き肌。

 いと清げな娘であった。


 薄闇に佇み、百目に微笑みかけている。


 そのおぞまし姿をものともせずに。


 二足で立ち上がって、百目は嗤った。


「キクリのつもりか、狐」


「おっと。見かけによらずさといな」


 口を開けば途端に、下卑た本性が顕れる。


「まったく似とらん」


「すまん。あの婆め、姿絵をまともに取っておらなんだでな、奴の若い頃を予想しまねてみた。が、似とらんか」


「この身と魂は落ちぶれど、もとは神使。化かせると思うな。狸、お前もだ」


 藪に隠れ、弓を引き絞っているいち子へ牽制する。

 そちらへの百目の殺気を逸らすよう、殊更に太郎は声を張り上げた。


「なあ、良いこと教えてやろう! キクリが死んで千年経ったぞ!」


 ぴたりと、百目は動きを止めた。


「・・・なんだと?」


 まこと信じ難きことであった。


 しかも狐狸とは平気で嘘を吐く。

 謀り、誑かし、煙に巻くことを生業とする。到底、信じられる者ではない。


「何を言う。そんなことがあるものか」


「なぜだ。なぜないと思う」


「キクリは百年待てと言った。百年()()だっ。それで会えると!」


 百目が拳を振り上げる。

 間際に太郎は変化を解いて、逃げていた。


「まさか百年経たば、キクリとやらは蘇るとでも?」


「そうだ!」


「なわけあるかあ!」


 次に声張ったのはいち子である。

 藪を跳び、走りながら破魔矢を放つ。


「あんたは女が死ぬる様を見たのじゃろう? その目の前で死んだのじゃろう? そんならわかれっ、あんな冷たくなったもんが、生き返るわけなかろうが!」


 破魔矢ははずれて闇に消える。

 だがあと一本、矢筒にあった。


「キクリは会いに来ると言った!」


「ほうか! ほんなら、もっぺん女の骨を見てみいや! キクリはどこで死んだ! さ、ほら、骨はどこにある!」


 どこで死んだか。

 そんなの、百目は迷うべくもない。

 山桃の香りのするところ。キクリはそこで子と果てた。


「ここだ!」


 山桃の木の根元に蹄を立てる。

 

 すると、逃げる最中さなかの太郎が、不意に顔色変えた。


「待て百目。その山桃の木はいつからあった?」


「ああ?」


 問う者が変わって、今度は百目が首を傾げる番である。


「知らん、わからん」


「では、キクリはその木の根元で果てたのか?」


「いや、いいや、違う」


 百目は思い出す。

 山桃の大木などはじめはなかった。そもそも藪の窪地に、木などもとは一つもなかった。


「おい百目。キクリは山桃の実を呑んで死んだか?」


 暴れる百目の手足が止まった。


 合わせて太郎も止まり、にやりとした。


「解けたぞ百目! キクリはとっくにぬしの目の前におる。百年待たせて、残りの九百年は、ぬしの前にそびえておった。その山桃がキクリであるぞ!」


 呆然と。


 巨人は立ち尽くす。


 彼を抱き込めるよに、枝葉を広げた巨木を前にして。


「キクリ・・・お前、キクリか?」


 ざわりと、風もないのに葉が擦れた。


 それが百目にどう聞こえたか。


 二の足を折り、くずおれた。


 その頃には、背後で合流した二匹のことも何もかも、どうでも良くなっていた。

 すでに百目から殺気は失せている。

 木にしがみつき、啼いている。ただそれだけだ。


「おい百目」


 しばらく待って、太郎が静かに問いかけた。


「殺してやろうか」


 百目は、こくんと頷いた。


「殺せ。キクリに会えた。ならばここで果てるのみ」


「わかった。いち子、貸せ。俺がやる」


 矢をつがえ、力いっぱい弓を引き絞る。


 やがて、ひょう、と放った破魔矢は、前にいち子が突いた、背中の格別大きな目玉に刺さった。


 途端に噴き出す毒霧が、紫色の炎となってめらめら燃え出す。

 間もなく、全身に広まった。


 木を抱いたまま、百目は静かに燃えていた。


 溶けた目玉どもが、ぼたり、ぼたりと身から落ちてゆく。


 皮が剥け、骨が露わとなる。すると骨も燃えてゆく。


 藪の外より半妖二匹に見守られ、百目と山桃は、三晩の後に燃え尽きた。

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