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狐狸の千年天下取り  作者: 日生
三章 百目巨人
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4.二匹、知る

 老婆は二匹をアラチの町の社へ連れて行った。


 祭りは終わり、社は静かな闇の底に沈んでいた。

 宮司も禰宜もどうやらないようで、老いた巫女一人で普段は暮らしているようだ。


 それがこんな夜更けになぜ、馬を引いてあの窪地にいたか。

 昨夜ゆうべの祭りの締めのためであったのだと、二匹を社へ上げて巫女は語った。


「もともと百目とは、神に仕えるものであったのです」


 巫女は語りながら火鉢で湯を用意する。

 まだ宵の遠い縁側に太郎が座り、その腿の上にいち子が頭を乗せて聞いていた。


「天津原より降りし神が、地上の厄を祓う長き旅路の中で、お乗り遊ばしたご神馬でした。我が社は旅を終えたご神馬を、お預かりしておくところであったのです。ご先祖様はそれはもう、大事に大事に祀っておりました」


 土瓶の中で湯がふつふつしてくると、老婆はそこに種々の薬草を入れた布の包みを投げ込んだ。煮出して薬湯を作っている。


「ご神馬のお世話をまかされていたのが、キクリという巫女でした。かつてこの社にいた宮司の一人娘でありました」


「キクリ? その名を百目が言っておったぞ」


 太郎は抜け目なく覚えていた。


「・・・そうですか。いえ、そうでしょう。千年経てど、忘れられるものではないでしょう」


「そのキクリとやらと何があったのだ」


「子を成したと、聞いております」


 押し殺した声音で、巫女は言う。

 太郎もいち子も、わずかばかり眼を見開いた。


「馬と人がか」


「人よりも大事に扱われるうち、馬の分際を忘れたのやもしれませぬ。あるいはキクリのほうも、相手が馬であることを忘れたのやもしれませぬ。そのことに怒った宮司は、娘と馬の足の腱を切り、藪の中へ捨てました」


「神馬を捨てたのか」


「ご神馬は穢れ、すでに物の怪に堕ちておりました。それはキクリも同じこと。互いに穢れ、二度と元には戻れなかった。おぞましき腹の子が生まれる前に、ご先祖様は片を付けてしまいたかった」


 薬湯を椀に注ぎ、いち子に差し出した。

 いち子は太郎に支えてもらい、ゆっくり飲み干す。


「そのうち、馬捨て場に出る化け物の噂が広まりました。ご先祖様は、すぐご神馬の祟りと思われました。ゆえに毎年鎮めの儀を行い、祭りの最後に、巫女に引かせた馬を捧げるようになりました。そのおかげか、化け物は藪の外までは出て参りません。されどこの社の氏族も、とうとう私一人。この命尽きる前に、百目を黄泉路に送ってやりたく思っておりました」


「その役目を俺らに託す気か」


「できますれば」


「俺らは狐狸の半妖ぞ。人と妖の混血ぞ。百目とキクリの子と同じだ、ぬしらが心底から忌み、殺す者であろうが?」


「そうであればこそ。気兼ねなく頼めます」


「婆めっ」


 太郎は軽快に膝を打つ。

 いち子はじっと、椀の底を見つめていた。


「良かろう。ならば俺らが勝てるよう、すっかり語れ。百目はおかしなことを問うてきたぞ。今は何時いつかと、キクリが死んでどれだけ経ったかと。あれはどういう意味だ」


「さて。そのままの意味ではありませんか」


「十か、五十か、それともやっと百年かなどと問うてきたぞ。奴が物の怪に堕ちたは千年前の話であろう? キクリが死んだのもその頃であろう?」


「そのはずです」


「奴は己が千年を生きとる自覚がないのか」


「そうやもしれませぬ。もとは神使と言えども所詮は馬ですから」


「やっと百年とはどういう意味だ。百年経っていたらどうだと言うのだ」


「さようなことは百目にお聞きなされ」


 巫女は澄まして、さっさといち子から椀を回収する。

 太郎は膝に頬杖ついて、うぅ、と唸った。


「ぬし、役に立たんな」


「お答えできることはいたしましょう。知らぬものはお答えできませぬ」


「ならば、そうだな、キクリの姿絵などはあるか。それから」


 太郎は、つと壁に掛けられているものを指す。


「あの梓弓を貸せ。破魔矢もだ。あるだけよこせ」


 巫女は眉ひそめ、土瓶と椀を持って行ってしまった。

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