↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/27

第8話 日々の暮らしとハンター稼業の変化1

 それからの毎日はこんなふうに回りはじめた。


 夜眠っているあいだに、四時間分の知識が頭に入る。


 朝、目を覚ますと光る板が開いて、アカリとの勉強が始まる。夜のうちに入った知識を一つずつ確かめて頭に馴染ませていく。それが終わると、その日の分の新しい勉強に進む。


 それからクオタを使う。


 クオタは毎朝新しく配られる。最初に使うのは決まって弾だ。次に遺跡へ潜る日のために、ゲンの店で買った普通の小型弾頭と中型弾頭を改良しておく。シールドセルも減った分を作り足す。


 ここまでならクオタはほとんど減らない。アカリの言ったとおりだった。


 残ったクオタは身の回りの物に使った。


 一般の住民が普通に使っていた物。それなら一般市民の俺にも作れる。旧時代の人間が当たり前に囲まれて暮らしていた物を、一つずつ。


 ◇


 一週目に手を入れたのはパソコンだった。


<< これをですか? >>


<< うん。これを良くしてほしいんだ >>


 アカリは少し意外そうな顔をした。もっと仕事に役立つ物を作ると思っていたのだろう。


 だが休みの日のゲームは、俺にとって大事な時間だった。それに中古の部品で組んだこの機械には、前から不満があった。重い場面で画面が引っかかる。ときどき勝手に止まる。


 ゲンの店で買った金属と樹脂の素材をパソコンの横に積んで、右手をかざす。素材が銀の粒になって、パソコンの中に吸いこまれていった。


 見た目は何ひとつ変わらなかった。中古の部品を寄せ集めた、くたびれた箱のままだ。


 電源を入れる。


 画面が瞬きする間に立ち上がった。


 いつものゲームを起動する。重い場面でもまるで引っかからない。画面の中の動きが、水が流れるように滑らかだった。最適化された俺の目にもちゃんとついてくる。


<< 中身を旧時代の基準に入れ替えました。外の箱はそのままにしてあります >>


<< そのままにしておいて。目立たない方がいい >>


 できることが増えたわけじゃない。ゲームができて調べ物ができる。前と同じだ。ただその全部が、比べものにならないくらい速く滑らかになっている。


 その日の対戦も一度も負けなかった。


 ◇


 一週目の遺跡は、中に高い部品が詰まった装甲の球、サーベイヤーの狩りに明け暮れた。


 三日に一度姫路に潜る。見張りのスニッチを先に落とし、交信の隙に駆動軸を抜く。改良した弾と改造した銃なら一体に二発で足りる。


 一日に三体。次に潜った日は四体。


 少し前までは一体でも上出来だった。それが今は、遺跡を一回りするうちに片づいてしまう。


 弾はほとんど減らなかった。シールドセルも一本使うかどうかだ。その一本さえ元手はほとんどかかっていない。


 ゲンの店に中枢の容れ物を並べるたびに、ゲンは灯りにかざして長いこと確かめる。


 それでも何も聞いてこなかった。


 ◇


 一週目の終わりの日、遺跡の奥でワスプに見つかった。


 スニッチと同じくらいの大きさの、身軽な小型ドローンだ。スニッチと違うのは、腹の下に速射の機関銃を抱えていることだった。見つかれば雨のように弾をばらまいてくる。


 屋根の向こうから回りこんできたワスプがこちらに銃口を向けた。


 最初の数日は、この良くなった体に正直振り回されていた。跳べば思ったより高く跳んでしまうし、走れば思ったより先まで行ってしまう。力の加減を間違えて、開いていた扉を一枚蝶番ごと外してしまったこともある。


 それが少しずつ馴染んできていた。


 ワスプが撃つ。


 集中する。世界がゆっくりになる。弾の列が宙を泳ぐように近づいてくるのが見える。


 俺は半歩だけ横にずれた。


 弾の列が俺のいた場所を通り過ぎていく。もう半歩。次の列も外れる。シールドには一発も当たらなかった。


 世界の速さが戻る前に拳銃を抜いて推進器を撃つ。ワスプは傾いて家の庭に落ちた。


 俺は自分の足元を見下ろした。


 半歩。たった半歩で弾を避けた。前の俺なら、門柱の陰に転がりこんでシールドセルを叩きこんでいたところだ。


<< お上手になりましたね >>


<< 体がやっと言うことを聞くようになってきた感じかな >>


 そう答えながらふと思った。


<< ねえアカリ。この体、もっと強くできないの? 最適化の段階を上げるとか >>


<< 今の権限では、ここまでです >>


<< 権限が上がれば上げられる? >>


<< はい。ただ体には、入れられる量の上限があります。強化にはそれぞれ収まる場所が決まっていて、体全体にも受け止められる限りがあるんです。その限りを超えて入れると体の方が持ちません >>


<< それって、どうなるの? >>


<< 壊れます。体も、頭も >>


 アカリはいつもの明るい声のまま、さらりと言った。


<< ですから権限と一緒に、受け止められる限りも少しずつ広げていきます。順番を守れば大丈夫ですよ >>


 順番を守れば。


 俺は手甲の上から手首を押さえた。


 この体にはまだ先がある。ただその先へ行くには、決められた道を一段ずつ上るしかないらしい。


 ◇


 二週目は椅子から始めた。


 パソコンの前の、座面の破れかけた安物の椅子だ。長く座っていると腰が痛くなる。最適化された今の体ではもう痛くはならないが、座り心地の悪さは変わらない。


 素材を足して右手をかざす。


 見た目はやはりほとんど変わらなかった。破れかけていた座面がいつの間にか破れていないことに、あとで気づいたくらいだ。


 座ると椅子が体の形に合わせてわずかに沈んだ。背もたれが背骨の曲がり方に沿って、ぴたりと寄り添ってくる。座っていることを忘れそうになった。


 寝具は少し手こずった。


<< この毛布を良くするには断熱の素材が要ります。ゲンさんのお店の布だけでは足りません >>


<< 断熱の素材? どこにあるの? >>


<< 小さな警備機械の中にたいてい入っています。スニッチや空を飛ぶ小型の機械です >>


 次に遺跡へ潜った日、俺はスニッチやドローンを撃ち落とすたびに、中の断熱材を残らず剥がして持ち帰った。今までかさばるだけで値がつかないから捨ててきた物だ。


 それを使って、薄っぺらな毛布とくたびれた敷布を作り変えた。


 その夜、寝台に入って驚いた。


 暑くもなく寒くもない。体の下の敷布が俺の重さをちょうどいいところで受け止める。眠りに落ちるまでの時間が、いつもの半分もかからなかった。


<< いいね、これ >>


<< はい。よくお眠りになれるようになります >>


 アカリの返事を最後まで聞く前に俺は眠っていた。


 ◇


 断熱材が余ったので、ついでに服にも手を入れることにした。


 俺の服は数えるほどしかない。部屋で着る首回りの伸びた上着。寝るときの薄い寝間着。それから街へ出るときの、少しだけましな普段着が二、三着。どれも通りの古着屋で安く買った物だ。


<< 全部良くできますよ。断熱材と布の素材と、少しの金属があれば >>


 言われたとおりに素材を揃えて、服を一枚ずつ卓に広げ、右手をかざしていく。


 伸びていた首回りが元の形に戻った。色褪せていた生地がほんの少しだけ色を取り戻した。それ以外は何も変わらないように見える。


 着てみてわかった。


 軽い。肌に触れる感じが柔らかい。体を動かしてもどこも突っ張らない。汗をかいてもすぐに乾いてべたつかない。部屋が少し冷えても、服の中だけはちょうどいい温かさのままだった。


<< それから防御の方も上げておきました >>


<< この服に、守りなんてあるの? >>


<< はい。旧時代の普段着は、皆さんこのくらいの守りがありましたから。刃物や小さな弾くらいなら通しません >>


 俺は自分の着ている、首回りの伸びていたはずの上着を見下ろした。


<< 強化服並みってこと? >>


<< さすがに強化服ほどではありませんが、近いところまでは。それに強化服と違って、着ていることを忘れるくらい軽いですよ >>


 旧時代の人間は普段着でこれを着ていたのか。


 街を歩くのにこれほど心強い物はなかった。ユメサキの夜道は物騒なことも多い。遺跡帰りのハンターは懐が温かいぶん狙われやすい。


 次の日から、俺は街へ出るとき必ずこの普段着を着るようになった。見た目は通りの古着屋で買った、ただの安物のままだ。


 ◇


 二週目の遺跡ではシュレッダーとも戦った。


 前に奥の役所で戦った、浮かぶ重装甲の機械だ。あのときは初めてで、最後の一撃で中を焼いてしまい、売れる部品をほとんど取れなかった。


 今度は違った。


 推進器を削って溜めの隙に止める。そこまでは前と同じだ。止めたあとで、アカリに聞きながら装甲を一枚ずつ剥がしていった。


<< その右の奥です。破片を撃ち出すための回る部品が入っています >>


 装甲の奥に、手のひらほどの重たい円盤のような部品があった。回転して破片を撃ち出していた心臓部だ。焼けていない。傷もない。


<< これが高く売れると思います >>


 アカリの言ったとおりだった。ゲンの店に持ちこむと、サーベイヤーの中枢の容れ物とほとんど同じ値がついた。


 壊し方さえわかれば、あいつも立派な稼ぎになる。高く売れる部品はゲンの店に売り、残りの装甲や金属は素材として持ち帰る。


 背嚢はいつも素材でいっぱいだった。


 いっぱいになっても、まだ入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。