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第7話 三十二歳の勉強

 帰り道、装甲の球の機械、サーベイヤーをあと二体狩った。


 どちらも弾は二発ずつで済んだ。見張りのスニッチを先に落として、交信の隙に駆動軸を抜く。三日前まで、一日に一体仕留められれば上出来だった仕事だ。


 浮かぶ重装甲の機械、シュレッダーの装甲と、役所の金属の棚と、壊れた機械の外板と、サーベイヤーの中枢が三つ。それから途中で拾った細々とした部品。全部背嚢に入った。


 背負ってみてもほとんど重さを感じない。


 バイクにまたがってユメサキへの道を走りながら、俺は何度も背中の背嚢に手をやった。本当に入っているのか確かめたくなるのだ。


 ◇


「……おい」


 ゲンがカウンターに並んだ物を見て低い声を出した。


 サーベイヤーの中枢の容れ物が三つ。どれも傷ひとつない。その横に、見張りのスニッチのセンサーと、機銃の砲台タレットの銃身と、狙撃の砲台センチネルから外した部品。


「三つか」


 俺は頷いた。


「一日でか」


「奥まで足を伸ばしたんです」


 ゲンは中枢の容れ物を一つずつ手に取って灯りにかざした。三つとも長いこと確かめていた。


「センチネルは奥の方にしかいないはずだ」


「ええ。屋根の上にいました」


「お前がか」


「ええ。運じゃありませんよ」


 ゲンはしばらく黙って俺の顔を見ていた。


 この三日間、ゲンは何も聞いてこなかった。いつもと違う素材をごっそり買っていったときも。休みの日にまた素材を買いに来たときも。


 今も聞いてこない。


 ただ帳面に品物を書きつけて、計算機を弾いて、数字を見せてきた。


 俺はその数字を二度見た。


 いつもの稼ぎの何倍もある。弾は改良した物を撃ったから、ほとんど減っていない。シールドセルは二本使っただけだ。それも自分で作った物だ。差し引く物がほとんどない。


「腕を上げたな」


 代金を俺の端末に振りこみながら、ゲンがぽつりと言った。


「まあ、少しは」


「運に頼るなよ」


「頼ってませんよ」


 これは本当だった。運じゃない。


 ただ、何に頼っているのかをゲンに言うわけにはいかなかった。


 ゲンにだけじゃない。誰にもだ。


 旧時代の住人として登録された。旧時代の物を素材さえあれば作れる。体は人間の限界まで作り変えられた。そんな人間が一人いると知れたら、どうなるか。


 考えるまでもなかった。


 遺物で成り上がった連中が黙って放っておくはずがない。良くてどこかの大きな組織に飼い殺しにされる。悪ければ研究所送りだ。頭の中まで切り開かれて、何がどうなっているのか隅々まで調べ上げられる。


 背筋が冷えた。


 隠そうと決めた。


 派手なことはしない。稼ぎは欲しい。だから腕の上がったハンターとして、できる範囲で稼ぐ。たまにいい遺物を持ち帰る。そのくらいに見えるように振る舞う。


 少なくとも二枚目のカードが見つかるまでは。この手首の四角のことは誰にも言わずにおこう。


 ◇


 店を出ると、ユメサキの空はもう赤く染まりはじめていた。


 バイクを押して通りを歩く。


 この時間のユメサキは遺跡から戻ったハンターでごった返す。ゲンの店の並びには、同じようなよろず屋や弾の店や強化服の修理屋が軒を連ねている。どの店先でも、今日の稼ぎを売りに来た連中が値段のことで店の主人と揉めていた。


<< にぎやかですね >>


 アカリが俺の横を歩きながら、通りの端から端までを見回していた。


<< この時間はいつもこうだよ >>


<< 皆さんハンターの方ですか >>


<< だいたいはね。遺跡から戻って、拾ってきた物を売って、飯を食って、酒を飲む。それでまた次の日に潜る >>


 通りの角の酒場から大きな笑い声が聞こえた。誰かが、今日はサーベイヤーを一体仕留めたと仲間に自慢している。周りの連中が羨ましそうに杯を上げていた。


 一体であれだけ騒げる。


 今日の俺は三体だ。


 口に出したらどうなるだろう。少しだけそう思った。思って、すぐにやめた。


 通りを抜けてユメサキの中心の方を見上げる。


 坂の上に、高い塀に囲まれた一角がある。遺物で成り上がった連中が住んでいる場所だ。塀の向こうには、旧時代の建物を真似た白くて立派な屋敷が並んでいる。夜になるとあそこだけ灯りの色が違う。


 坂の下には、俺が育ったあたりの貧しい家々がごちゃごちゃと広がっている。その先は街を囲む壁で、壁の外にはスラムがある。


 俺が今住んでいるのは、そのちょうど間くらいだ。


<< アラタさんのお住まいはどのあたりですか >>


<< あの辺。上でも下でもない真ん中のあたり >>


<< どうしてそこなんですか? >>


<< ちょうどいいんだよ。上の連中に目をつけられるほど目立たないし、下の連中に狙われるほど持ってるようにも見えない >>


 言いながら自分で自分の言葉を噛みしめた。


 ちょうどいい。目立たない。


 これからはその「ちょうどいい」の中に、うまく隠れていかなきゃならない。


 通りの屋台で焼いた肉を挟んだパンを三つ買った。最適化されてからやけに腹が減る。前なら一つで足りたのに、今は三つでも足りるかどうか怪しい。


<< たくさん召し上がってくださいね。お体がまだ材料を欲しがっていますから >>


<< 材料って言い方どうにかならない? >>


<< では、栄養を欲しがっています >>


 大して変わってないと思いながら、俺はパンにかぶりついた。


 ◇


 部屋に戻って背嚢の中身を床に出した。


 出しても出してもまだ出てくる。シュレッダーの装甲板が何枚も、金属の棚の板が何枚も、壊れた機械の外板が何枚も。狭い部屋の床があっという間に金属の山で埋まった。


<< すごい量ですね >>


<< これどこに置けばいいんだろう >>


<< 背嚢に入れたままでいいと思いますよ。重くなりませんから >>


 それもそうだ。


 俺は金属の山を背嚢に戻しながら聞いた。


<< ねえアカリ。この前の話だけど。権限を上げるにはどうすればいい? >>


<< はい。一般市民の権限は勉強をすることで上がります >>


<< ……え >>


 思わず手が止まった。


 勉強と聞いて思い浮かぶのは、十五で辞めた学校の狭い教室だった。字を書いて、数を足して、先生の話を聞く。嫌いではなかったが、得意だと思ったこともない。


<< はい。最初の段階は基礎教育です。旧時代の住民が子供のうちに身につけていた知識を、まず頭に入れていただきます >>


<< 旧時代の子供が習ってたことか >>


<< はい。ただ、内容は今の時代の学校よりずっと多いと思います >>


 アカリは指を二本立てた。


<< 勉強の方法は二つあります。一つは起きているあいだの勉強です >>


 そう言うと、目の前に何かが浮かび上がった。


 板だった。薄く光る透き通った板が宙に浮いている。その表面に文字と線と色のついた図が並んでいた。手を伸ばしても触れない。この前の地図と同じで、俺の目の中にだけ映っている物だ。


<< こうしてアラタさんの視界に教材の画面を開きます。わたしがお隣で説明しながら進めていきます >>


<< もう一つは? >>


<< 睡眠学習です。眠っているあいだに頭の中に直接知識を入れていきます >>


<< そんなことできるの? >>


<< はい。効率はこちらの方がずっといいです。ただ、本当なら頭を休ませる時間に頭を使わせることになります。今のアラタさんの頭では、一日四時間までにしておく必要があります >>


<< じゃあ、そのうち延ばせるの? >>


<< 権限が上がれば頭の働きもさらに広げることができます。そうすればもっと長くできるようになります >>


 また権限だ。何をするにも権限がついて回る。


<< 一番いいのは二つを組み合わせることです。眠っているあいだに四時間分の知識を入れる。朝起きたら画面を使って、その日の分を勉強する。それと一緒に夜のうちに入った知識を復習して定着させる。これを毎日繰り返します >>


<< どのくらいかかるの? >>


<< 一か月ほどです。一か月で基礎教育を終えられると思います。そうすれば権限が一つ上がります >>


 長いのか短いのか、よくわからなかった。


<< その間、遺跡には行ける? >>


<< もちろんです。勉強は朝と夜ですから、お仕事の邪魔にはなりません >>


 なら迷う理由はなかった。


 稼ぎはもう十分に回りはじめている。素材もまだまだ欲しい。三日の巡りはそのまま続ける。その上に勉強を乗せる。


<< わかった。やってみる >>


<< はい。では今夜から始めましょう >>


 アカリは嬉しそうに笑った。


 ◇


 その夜、寝台に横になるとアカリが言った。


<< 目を閉じて楽にしていてください。眠ったら始めます >>


<< 痛かったりしないよね? >>


<< しません。気づいたら、朝です >>


 信じることにして目を閉じた。


 最適化された体は寝つきもいいらしい。すぐに眠りに落ちた。


 夢も見ずに眠って、目が覚めると朝だった。


 何も変わった気はしない。体はいつもどおり軽くて、頭はいつもどおりすっきりしている。本当に何かが入ったのだろうか。


<< おはようございます、アラタさん。昨夜の分の復習から始めましょう >>


 目の前に、光る板が開いた。


 表に式が一行浮かんでいる。見たことのない記号と聞いたこともない言葉でできた式だ。昨日までの俺なら、何が書いてあるのかすらわからなかったはずだ。


 わかった。


 俺は目を見開いた。


 その一行が何を言っているのか、その後に何が続くのか、頭の中にすでに答えがある。昨日までの俺が一度も見たことのない知識が、ずっと前から知っていたような顔をしてそこに座っていた。


<< なんだ、これ >>


<< 昨夜入れた分です。まだ浅いところにありますので、今から一緒にしっかり定着させていきましょう >>


 アカリが板の上の文字を指でなぞる。


 俺は生まれて初めて、勉強というものを面白いと思った。


 その朝は一時間ほど勉強をした。


 アカリが光る板を指でなぞるたびに、新しい図が開き、新しい言葉が出てくる。数の扱い方。言葉の決まり。物が動く仕組み。夜のうちに入った知識の上に、新しい知識が煉瓦を積むように重なっていく。


<< 今日はここまでにしましょう。続きはまた今夜です >>


<< もう終わり? >>


 思わずそう聞き返していた。


 アカリがくすりと笑った。


<< はい。頭にも休む時間が要りますから >>


 光る板がすっと消えた。


 窓の外ではユメサキの朝が始まっていた。今日は休みの日だ。いつもなら昼までゲームをして過ごす。


 俺はパソコンの電源に伸ばしかけた手を止めて、少しだけ考えた。


 今夜の四時間で、何が頭に入るんだろう。


 そんなことを考えながら朝を迎えるのは、いつ以来だろう。

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