第6話 再び姫路住宅街遺跡へ
姫路住宅街遺跡の外れ、屋根の落ちた車庫の陰にいつものようにバイクを入れた。
鍵をかけ、配線を一本抜いて背嚢にしまう。三日前と同じ手順だ。体が変わっても装備が変わっても、こういうことは変えない方がいい。
<< アラタさん。一つご相談があります >>
強化服の留め具を確かめていると、アカリが言った。
<< この地区の警備機械に、わたしからアクセスすることもできます。アラタさんを住民として扱うように設定すれば、機械はアラタさんを襲わなくなります >>
<< そんなことができるの? >>
<< この地区の簡単な機械でしたら。ただ、おすすめはしません >>
<< どうして? >>
<< ほかのハンターの方から見て不自然だからです。警備機械がアラタさんの横だけ素通りしていく。誰かに見られたらきっと噂になります >>
確かにそうだ。
ハンターは他人の稼ぎに目ざとい。妙な奴がいればすぐに掲示板に書かれる。掲示板に書かれれば面倒な連中が寄ってくる。
<< ですので、機械の設定はこのままにしておきます。アラタさんもほかのハンターの方と同じように襲われます >>
<< 普通のハンターのふりをしておけってことだね >>
<< はい。そういうことです >>
<< わかった。それでいこう >>
どうせここの機械なら今の俺の敵じゃない。
そう思えるくらいには、この三日間でいろいろなものが変わっていた。
◇
今日の目当てはいつもどおりサーベイヤーだ。中に高い部品が詰まった、装甲の球の機械。
ただ、それだけで帰るつもりはなかった。この装備があればもっと奥まで行ける。前から行ってみたいと思っていた場所があった。
入ってすぐのあたりで、また転がる自爆型の機械に出くわした。段差に上がってやり過ごす。今日はそれすら要らないくらいだった。機械が転がってくる速さも、どこで曲がろうとしているかも、全部見えていた。
浅いところを抜けていつもの稼ぎ場に入る。
四つ角の塀の陰から覗くと、サーベイヤーが道の真ん中で交信していた。上の装甲が花のように開いて空へ青い光を打ち上げている。その上を見張りのドローン、スニッチが一機ゆっくり回っていた。
三日前と同じ光景だった。
拳銃を抜く。スニッチの推進器に照準を合わせる。
三日前は二発で二つの推進器を落とし、その間に警報を一度鳴らされた。
今日は一発で足りた。
弾は推進器を一つ貫いて、その奥のもう一つまで抜ける。スニッチは鳴く暇もなく傾いて草むらに落ちた。
サーベイヤーは気づいてもいない。
ライフルに持ち替える。開いた装甲の奥、中枢の少し下を通る駆動軸に照準を重ねる。
一発。
青い光が空の途中でふっと途切れた。
近づいて中枢の容れ物を外す。傷ひとつない。三日前は見張りに鳴かれて、ドローンに撃たれて、シールドセルを一本使った。同じ仕事が今日は弾二発で終わった。
<< お見事です >>
<< 弾が良すぎるんだよ >>
そう答えながら、自分でもわかっていた。弾だけじゃない。目も手も頭も、三日前とは別物だった。
◇
サーベイヤーの部品を背嚢にしまってから、俺は空箱に向かった。
カードを拾った、あの建物だ。
表の窓口は三日前と同じように漁り尽くされていた。カウンターの奥の扉の前には、ずれた瓦礫がそのまま残っている。隙間をくぐって奥の廊下に入る。
<< もう一枚ないか探してみる >>
<< はい。お手伝いします >>
廊下に並んだ小部屋を一つずつ見ていく。引き出しを開け、棚の裏を覗き、壊れた機械の中まで手を突っこむ。突き当たりの部屋の、カードが半分顔を出していた箱型の機械も、もう一度隅々まで調べた。
何もなかった。
<< ……ないか >>
思っていたよりがっかりしている自分がいた。
カードがもう一枚欲しかった。
この先、一人では手に負えない場所に行くことになれば、誰かと組むことになる。そのとき組んだ相手も住民として登録できれば、どれだけ心強いか。アカリのような相棒が相手にもつく。体も装備も今の俺と同じになる。
そんな仲間がいれば神戸遺跡だって夢じゃない。
<< アカリ。カードがどこにあるかわからない? >>
<< 申し訳ありません。正確な場所はわたしにもわかりません >>
アカリは少しだけ困った顔をした。
<< この遺跡の中にはもう残っていないかもしれません。ですが残っている可能性もあります。探すならもっと奥の方がいいと思います。それから、カードはこういう窓口のある建物に置かれていることが多いです >>
<< 役所ってこと? >>
<< はい。この地区には、ここのほかにも窓口のある建物がいくつかあります。一番近いのはもっと奥の方です >>
そう言うと、視界の端に何かが浮かび上がった。
地図だった。
遺跡の家並みと道が上から見た形で、薄い線で描かれている。今いる空箱の場所に小さな印が光っていた。そこから奥へ、ずっと奥へ行ったところに、もう一つ印がある。
<< ここが次の窓口です >>
俺は地図の印を見つめた。
俺が今まで潜ったことのある一番奥の、さらに先だった。
<< 行ってみようか >>
<< 行きましょう >>
◇
奥に進むにつれて家並みが変わっていった。
家が大きくなり間隔が広くなる。道も広い。ところどころに、住宅とは違う平たい建物や、高い塀に囲まれた施設が混じりはじめる。旧時代にこの住宅街の暮らしを支えていた場所なのだろう。
大事な場所ほど守りは固い。それはどの遺跡でも同じだ。
足跡が完全に消えた。ここまで来るハンターはユメサキにはほとんどいない。
<< アラタさん。この先、警備機械の種類が変わります >>
アカリの声とほぼ同時だった。
前方の交差点の角に何かが据えつけてあった。
人の胸の高さほどの箱のような台座だ。その上に太い銃身が二本、横に並んでいる。台座のてっぺんでは細長い光の板がゆっくり首を振っていた。光が左から右へ、右から左へ、道をなめるように往復している。
タレットだ。掲示板で名前だけは知っていた。動かない代わりに、あの光に入ったものを休みなく撃ちまくる機銃。
光の届かない塀の陰を伝って近づく。
首を振る光がこちらから逸れた瞬間に身を乗り出した。台座の上の銃身の付け根を狙う。装甲はない。拳銃で二発。
タレットは火花を散らして首を振るのをやめた。
そのとき首筋が冷えた。
ほとんど勘だ。体が勝手に塀の陰へ跳んでいた。
さっきまで俺の頭があった場所を何かが通り過ぎ、後ろの塀に拳が入るほどの穴が開いた。
遠い。
通りのずっと先、二階建ての屋根の上に、もう一つ砲台があった。タレットよりずっと大きい。太い腕のような砲身がゆっくりとこちらに旋回してくる。
<< センチネルです。遠くから狙ってくる砲台です >>
狙撃の砲台。こんな物が屋根の上に陣取っていたら、この通りは丸ごとあいつの的だ。
塀の陰からそっと覗く。
また撃ってきた。顔を引っこめるのが一瞬遅れて、弾が肩をかすめた。強化服のシールドがごっそりと削れる。視界の端の残量表示が半分近くまで落ちていた。
五倍のシールドセルでこれだ。前のセルなら今の一発で丸裸だった。
塀の陰でシールドセルを一本、腰の差し込み口に叩きこむ。
<< 弱点は腕の後ろについている容器です。黄色い筒のような物が見えますか >>
見えた。砲身の腕の付け根の後ろに小さな黄色い筒が張りついている。あの腕が旋回するたびにちらりと覗く。
ただ、あいつがこちらを向いているあいだは、筒は腕の陰に隠れる。筒が見えるのは、あいつが別の方を向いたときだけだ。
俺は近くに転がっていた瓦礫の欠片を拾って、通りの反対側に放った。
からんと乾いた音がした。
センチネルの腕が音の方へ旋回する。
黄色い筒がこちらを向いた。
集中する。
世界がゆっくりになった。旋回する腕の動きが水の中のように鈍くなる。その後ろの黄色い筒に、ライフルの照準をゆっくりと正確に重ねる。
撃つ。
世界の速さが戻ったとき、屋根の上の砲台は黒い煙を噴いて動かなくなっていた。
俺は塀にもたれて大きく息を吐く。
簡単ではなかったが、危なくもなかった。
三日前の俺なら、あの最初の一発で終わっていた。
雨樋を伝って屋根に上がり、まだ熱の残る砲台から使えそうな部品を外して背嚢に入れる。
◇
地図の印の場所には、空箱とよく似た平たい二階建ての建物がある。
ただ、空箱よりも一回り大きい。正面のガラスは割れておらず、入口の扉も閉じたままだった。誰もここまで来ていないのだ。
鍵はかかっていなかった。押すとあっさり開く。
中は、表に長いカウンターと黒い画面と並んだ椅子。空箱と同じ造りだった。ただ、何ひとつ漁られていない。引き出しは閉じたまま、椅子は整然と並んだまま、埃だけが567年分、静かに積もっていた。
カウンターを越えて奥へ入る。
灯りをつけた瞬間、天井でかさかさと音がした。
一つじゃない。
灯りを向ける。天井の梁にティックが何匹もびっしりと張りついていた。手のひらほどの、脚の多い機械。空箱で一匹だけ相手にした、頭めがけて跳びかかってくるやつだ。
その何匹もが一斉に落ちてきた。
拳銃を抜いて撃つ。一匹、二匹、三匹。落ちてくる途中のを撃ち落としていく。撃ち漏らした一匹が肩に跳びついてきた。腕で払い落として床で踏みつぶす。強化服の足の下でぱきりと乾いた音がした。
残りを片づけるのに十秒もかからなかった。
息を整えて廊下の奥に灯りを向ける。
何かが浮いていた。
床から少しだけ離れたところに、大きな鉄の塊が静かに浮かんでいる。人の背丈ほどのずんぐりとした機械だ。全身を分厚い装甲が覆っていて、その下の方から青い炎のような光が噴き出していた。あれで浮いているのだ。
見たことのない機械だった。
<< シュレッダーです。近づいてきて周りじゅうに破片をばらまく機械です。狭い場所ほど危険です >>
狭い場所。ここは狭い廊下だ。
シュレッダーがこちらを向いた。
次の瞬間、青い光が強くなって、鉄の塊が滑るように突っこんできた。
ライフルで撃つ。装甲に当たって火花が散った。弾かれたわけじゃない。だが効いている手応えもない。
シュレッダーの体がぶるりと震えた。
嫌な予感がして横の小部屋に飛びこんだ。
廊下が破裂した。
そうとしか思えなかった。シュレッダーの体じゅうから細かい金属の破片が四方八方へ一斉に撃ち出される。壁が削れ、天井の板が落ち、扉が蜂の巣になる。開いた戸口から飛びこんできた破片が俺のシールドを叩いた。残量が一気に三割ほど落ちた。
小部屋の壁に背中をつけてシールドセルを一本差しこむ。
<< どこを撃てばいい? >>
<< 装甲が厚い機械です。弱いところは下から噴き出している推進器です。それから、ときどき大きく溜めて強い一撃を放ちます。溜めているあいだは動きが止まります >>
戸口からそっと廊下を覗く。
シュレッダーは廊下の真ん中で浮いたまま、ゆっくりと向きを変えていた。下の青い光がちらちらと揺れている。
頭を狙っても無駄だろう。装甲の薄いところ。下だ。
俺は戸口から身を乗り出して、シュレッダーの下で噴き出している青い光に向けてライフルを撃った。
一発。青い光が一瞬だけ乱れた。
シュレッダーがこちらに向き直る。また体が震える。俺は小部屋に引っこむ。廊下がまた破裂する。
それを何度か繰り返した。
撃って、隠れて、撃って、隠れる。そのたびに推進器の光が少しずつ弱くなっていく。シュレッダーの浮いている高さが少しずつ下がっていく。
やがてシュレッダーの動きが止まった。
体の正面がゆっくりと開いていく。中から低い唸りが聞こえてくる。
溜めている。
<< 今です >>
わかっている。
俺は廊下に出た。
集中する。世界がゆっくりになる。正面を開いて止まっている鉄の塊。その下で弱々しく瞬いている最後の青い光。
そこへライフルの弾を二発。
青い光が消えた。
シュレッダーは浮いていた力を失って床に落ちる。重い音が廊下じゅうに響いた。正面の開いたところから、溜めこんでいた何かがしゅうしゅうと抜けていく。
それきり動かなくなった。
俺はライフルを構えたまま、しばらくその場を動けなかった。
シールドの残量は、二本目のセルのおかげでまだ七割残っている。体には傷ひとつない。
初めて見る機械で、最初はどこを撃てばいいのかもわからなかった。それでも狩れた。強化服が俺の動きについてきて、改造した銃が狙ったところに弾を運んで、十七年の勘が隠れる場所と撃つ時を教えてくれたのだ。
これが姫路の一番奥の守りなのだろう。
そして今の俺はそれをどうにか安全に狩れる。
◇
役所の奥は空箱よりずっと広い。
小部屋の一つ一つ、引き出しの一つ一つまで、アカリと二人で調べていった。カウンターの奥の、空箱にあったのと同じ箱型の機械も見つけた。差し出し口を覗きこむ。
空だった。
建物じゅうを探して、カードはどこにもなかった。
<< ここにもないか >>
<< 残念です。ですが窓口のある建物はまだほかにもあります >>
<< また今度だね >>
がっかりはした。だが三日前に空箱の奥で見つけた一枚がどれだけの幸運だったのかも、よくわかった。
廊下に戻って、倒れたシュレッダーの前にしゃがむ。
問題はこいつだった。
初めて見る機械だ。どこに高く売れる部品があるのかまるでわからない。装甲を剥がしてみると、中は破片を撃ち出すための仕掛けでいっぱいだった。最後の一撃のときに肝心な所が焼けてしまったのかもしれない。売り物になりそうな部品はほとんど見当たらなかった。
<< これは売っても大した金にはならないな >>
<< でしたら、持って帰りませんか >>
<< こんな装甲の板を? >>
<< 装甲の金属はとても質が良いです。旧時代の素材ですから。クラフトの素材にすれば、きっと役に立ちます >>
なるほどと思う。
今までは背嚢に入る量が限られていたから、高く売れる部品だけを選んで持ち帰ってきた。装甲板やありふれた金属の部品は、重いだけで割に合わないから置いてきた。
だが今は五十倍の背嚢がある。
剥がした装甲板を背嚢に入れる。もう一枚。もう一枚。シュレッダーの外殻をまるごと解体して、片っ端から詰めこんでいく。
背嚢はちっとも重くならなかった。
ついでに建物の中の金属の棚や壊れた機械の外板も、外せる物は外して詰めた。まだ入る。まだ入る。どこまで入るのか俺にも見当がつかなかった。
<< アカリ。これあとどのくらい入るの? >>
<< まだまだ入りますよ >>
アカリは楽しそうに言った。
サーベイヤーの部品はゲンの店に売る。それで今日の稼ぎは十分だ。シュレッダーの素材は売らずに持って帰る。家でアカリと何かに作り変える。
旧時代の警備機械は壊せば金になる。だが、それだけじゃない。壊して持ち帰れば、それがそのまま次の何かの材料になる。
稼いで、作って、強くなって、もっと奥へ行く。
そういう回り方が、俺の中でようやく形になりはじめていた。




