第5話 アラタの休日2
三日目は体を鍛える日だ。それと、情報を集める日。
朝、パソコンを立ち上げて、まずハンター向けの情報が集まる掲示板を開く。遺跡ごとに板が分かれていて、潜ったハンターたちが見たことや気づいたことを好き勝手に書きこんでいく場所だ。
嘘も多い。自慢話も多い。それでも読み方さえわかっていれば役に立つ。
まずは姫路住宅街遺跡の板。
警備機械の顔ぶれに変わった様子はない。浅いところで駆け出しが、転がってくる自爆型のポップに追い回されたという笑い話。逃げ足の速い装甲の球、サーベイヤーに逃げられたという愚痴。いつもどおりだ。
空箱の奥の扉の話はどこにも出ていなかった。
次にほかの地域の板を見ていく。
神戸遺跡の板は相変わらず景気の悪い話ばかりだった。奥まで行ったという書きこみは一つもない。腕利きの組がまた一つ、中ほどで引き返したらしい。
東へ行くほど遺跡は難しくなる。書きこんでいる連中の名前も知らない名前ばかりになる。どこかの遺跡が少し奥まで攻略されたという話が、遠い国の出来事のように並んでいた。
<< アラタさん。この掲示板の情報はどのくらい正しいのですか >>
<< 半分くらいかな。残りの半分はどれが嘘か考えるのが面白いんだ >>
<< なるほど >>
アカリは画面の文字を俺よりずっと速く目で追っていた。
情報集めを終えてゲームをする。昨日と同じで一度も負けなかった。
◇
昼過ぎにジムへ行った。
ユメサキの中心に近い通りにあるハンター向けのジムだ。体が資本の仕事だから、基礎の体力は自分で作るしかない。
親父とお袋がいなくなってすぐの頃はジムに払う金なんてなく、今よりずっと安い部屋に住んで、床の上で腕立てや腹筋をして自分の体の重さだけで鍛えていた。中堅になって金に少し余裕ができて、ようやくここに通えるようになった。器具を使えば、自分の体だけでやるよりずっと効率よく鍛えられる。
いつものように脚を鍛える器具に座る。重りをいつもの重さに合わせる。
押す。
軽かった。
重りを一段上げる。押す。まだ軽い。二段上げる。三段上げる。
とうとう一番重い設定になった。この器具でこの設定を使っている奴を、俺は見たことがない。
押す。
少しだけ負荷がかかった。少しだけ、だ。そのまま十回、二十回と押し続けた。息も上がらない。
腕の器具でも背中の器具でも同じだった。どの器具も一番重い設定でようやく負荷らしい負荷がかかる。そしていくら続けてもばてない。前ならとっくに腕が上がらなくなっている回数を、もう倍は超えている。
隣で鍛えていた若いハンターが、俺の器具の設定を見て目を丸くしていた。
俺は設定を何段か軽く戻した。
<< ねえアカリ >>
汗ひとつかいていない額を手の甲でぬぐうふりをしながら聞いた。
<< これやる意味あるのかな。こんなに力も持久力も上がってるなら、もう鍛えなくても同じじゃない? >>
<< 意味はあります >>
アカリは器具の横に立って言った。
<< 体に負荷をかけること自体が大切なんです。体を動かすことは健康を保つことにも繋がります >>
<< まあ体は資本だからね >>
<< それに、アラタさんのお体はまだ上限に達していません。最適化は整えるところまでです。ここから鍛えれば、さらに伸ばすことができます >>
<< 今でこれなのに? >>
<< はい。ただ、ここの器具では負荷が足りません。今のお体を伸ばすには軽すぎます >>
アカリはジムの中を見回した。
<< ご自分でトレーニングの器具を用意されてもいいかもしれませんね >>
自分でと言われて、この二日間のことを思い出した。素材があれば作れる。銃も強化服も背嚢も作り変えた。なら器具だって作れるのだろう。
ようやく通えるようになったジムを俺は見回した。
古びた器具。汗の匂い。顔なじみの連中。
ここに来る意味はもうなくなりかけていた。
◇
夜、部屋に戻って明日の支度をした。
三日目の夜はいつもこうだ。弾を数え、シールドセルを確かめ、強化服の留め具を一つずつ締め直す。明日はまた遺跡に潜る日だ。
改良した小型弾頭。五倍のシールドセル。作り変えた強化服と五十倍の背嚢。三日前の俺が見たら腰を抜かすような支度だった。
支度を終えて寝台に腰を下ろす。
<< アカリ >>
<< はい >>
アカリは卓の端に腰かけていた。腰かけているように見えるだけで、卓の上の物は何ひとつ動いていない。
<< 明日また姫路の遺跡に行くよ。アカリのところだ >>
<< はい。姫路はわたしの担当の地区です >>
<< それでいいの? 俺はあそこの警備機械を壊して、中の部品を抜いて、売って暮らしてる。今までもこれからもだ >>
ずっと引っかかっていたことだった。
俺は今、あの遺跡の住人ということになっている。住人が住んでいる街の警備機械を壊して回る。普通に考えればただの悪党だ。
<< 本来でしたら、問題になります >>
アカリはあっさりと言った。
<< 住民の方が地区の警備設備を壊すことは、規則で禁じられています。見つかれば罰を受けます >>
<< だよね >>
<< ですが、今の警備機械の多くは、皆さんがいなくなった後にわたしたちが作った物です >>
アカリは得意そうな顔をした。
<< 規則が守っているのは、住民の皆さんがいらした頃に登録された地区の設備です。後から作られた機械はその中に入っていません。それに、住民の方が持ち主のいなくなった物を回収することは、規則の上で認められています >>
<< つまり >>
<< アラタさんが警備機械を壊して部品を持ち帰っても規則には触れない。わたしたちはそう解釈しています >>
<< それ屁理屈って言わない? >>
<< 五百年以上、誰にも咎められずに考えた解釈です。わりと自信があります >>
俺は思わず笑った。
<< それに、わたしの担当の地区でハンターの皆さんがいらっしゃるのは、わたしたちも慣れていますから >>
慣れている、か。
その言い方が少し気になったが、聞くのはやめておいた。今はそれより聞きたいことがあった。
<< ねえアカリ。俺はこれからどうしたらいいと思う? >>
<< 何のお話でしょう? >>
<< このままハンターを続けるかどうか、かな >>
この三日でいろいろなことが変わった。
体は人間の限界まで引き上げられた。目も頭も力も持久力も。正直に言えば、もう遺跡に潜らなくても食っていける気がする。力仕事でも運び屋でも用心棒でも、どこへ行っても重宝されるだろう。危ない橋を渡らなくても普通に暮らしていける。
結婚して家族を持って。そういう暮らしも手の届くところに来たのかもしれない。
それなのに。
<< まだ入口なんだよね >>
<< はい? >>
<< これだけのことができて、まだ一番下の権限なんでしょ。最低限の最適化でこれだ。その上がまだある >>
口に出してみて、自分の気持ちがはっきりした。
気になってしかたがないのだ。
超文明。何百年も昔に消えたとんでもない文明。その入口に俺は今、片足だけ突っこんでいる。この先に何があるのか。どこまで行けるのか。それを知らないまま普通の暮らしに戻れる気がしなかった。
こんなふうに胸が騒ぐのは、いつ以来だろう。
<< その上に行ってみたいんだ。どうすればいい? >>
アカリは卓の端から下りて俺の正面に立った。
<< 権限を上げていきましょう >>
<< 上げるとどうなるの? >>
<< アラタさんは今、登録したばかりの一般市民です。市民の権限にはこの上にまだ段階があります。上がるほど、作れる物も最適化の段階もわたしがお話しできることも、増えていきます >>
アカリは指を一本立てた。
<< それから、市民の権限とは別に専門の権限もあります >>
<< 市民の権限と何が違うの? >>
<< たとえば技術者の権限。機械や設備を扱う人のための権限です。それから軍人の権限。戦うことを仕事にしていた人たちのための戦闘技能の権限です >>
一般市民の権限では戦いの手伝いはできないと言われた。攻撃のための物はほとんど作れないとも。それが、その権限があればできるようになるということか。
<< どちらの権限も、伸ばせば伸ばすほどアラタさんにできることが増えていきます >>
<< なるほどね >>
俺は頭の中で整理した。
<< じゃあ、まずは市民の権限を上げる。それと技術者と戦いの方の権限も上げていく。そういうことだね >>
<< はい。まずはそこからです。その先は―― >>
アカリはにっこりと笑った。
<< 上げられるところまで上げていきましょう >>
上げられるところまで。
それがどこなのか今の俺には見当もつかない。神戸遺跡よりも先か。旧梅田よりももっと先か。
ただ、一つだけわかっていることがあった。
権限を上げれば俺は強くなる。強くなればもっと奥まで潜れる。もっと奥まで潜れればもっと稼げる。ユメサキの中堅で頭打ちだったハンターがその上へ行ける。
<< 権限ってどうやったら上がるの? >>
<< 権限ごとに条件が違います。一つずつご案内しますね >>
アカリは楽しそうに言った。
俺は寝台に仰向けに転がった。
天井の染みが細かな線までくっきりと見える。
明日は遺跡だ。
三日前と同じ遺跡に、三日前とはまるで違う俺で行く。
眠れそうになかった。




