第3話 クラフト
今日の稼ぎをほとんど丸ごと注ぎこんだ素材の山が、狭い部屋の床を占領していた。
これが何に化けるのか。俺にはまだ見当もつかない。
アカリはその山の前にしゃがみこんだ。
<< まずお伝えしておきます >>
<< アラタさんは一般市民の権限ですので、作れる物には限りがあります。強い弾やエネルギー兵器のような物は、まだお作りできません >>
<< まあ、そうだろうね >>
<< ですが作れる物は結構ありますよ。今日配分されたクオタの範囲で順番に作っていきましょう >>
クオタ。配分。またわからない言葉が並ぶ。だがいちいち聞いていたらきりがない。とにかく見てみることにした。
<< 素材を卓の上に並べてください。最初は化学薬品の瓶を二本と樹脂の板を一枚 >>
言われたとおりに並べる。
<< 右手を素材の上にかざしてください >>
右手をかざすと手首の内側のマークが青く光った。
次の瞬間、卓の上の素材が崩れた。
瓶も板も輪郭がほどけるように細かな銀色の粒になって、さらさらと渦を巻く。粒は宙で集まり、寄り集まって形を作っていく。
気づけば卓の上には小さなガラスの瓶が一本だけ立っていた。中で銀色の液体がゆっくり揺れている。
<< ナノマシン製剤です。体の最適化に使います >>
<< これをどうするの? >>
<< 飲んでください。今夜アラタさんが眠っている間に、お体を最適な状態に整えます >>
俺は瓶を手に取った。
ひんやりと冷たい。光にかざすと、銀色の液体の中でさらに細かな粒が動いているのが見えた。
これを飲む。
<< これ大丈夫なんだよね? >>
<< はい。旧時代の住民の方は皆さん普通に使われていました >>
普通に。旧時代の普通が今の俺にとって普通かどうかは、わからない。
それでも右手首にはもう得体の知れない物が入りこんでいる。今さら一本くらい増えたところで何が変わるわけでもない。
俺は瓶の中身を一息に飲み干した。
味はほとんどせず、少しだけ金属のような後味が舌に残った。
<< では次に行きましょう。アラタさんのお仕事のお役に立つ物です >>
◇
<< 今朝お買いになった弾を出していただけますか >>
背嚢から小型弾頭の箱を出す。今日の分を撃った残りだ。
<< 弾を一から作るのは一般市民の権限ではできません。ですが今ある弾に手を加えることはできます >>
アカリの指示で、弾の箱の横に金属部品と化学薬品を並べる。右手をかざす。マークが光り、金属部品と化学薬品が銀の粒になって弾の箱の中に流れこんでいった。
しばらくして光が消えた。
箱を開ける。見た目はほとんど変わらない。ただ、弾頭の先が前より少し鈍く光っていた。
<< 弾頭と発射薬を改良しました。貫通力と威力は大型弾頭と同じくらいになっています >>
<< 小型弾頭で? >>
<< はい。元の弾は十二両のままですよ >>
俺は改良された弾を一発つまみ上げてじっと見た。
大型弾頭は一発三十六両だ。高すぎて補充する気にもならない腰のお守り。それと同じ働きを一発十二両の小型弾頭がする。元になる弾は買わなきゃならないにしても、だ。
頭の中の勘定が音を立てて組み変わっていく。
<< 次はシールドセルです。産業用バッテリーを使います >>
床に転がしてあった、両手で抱えるほどのバッテリーを卓に載せる。右手をかざす。バッテリーが銀の粒にほどけ、いくつもの小さな塊に分かれて、それぞれが細長い筒の形にまとまっていく。
卓の上にシールドセルが何本も並んだ。形はいつも使っているものとほとんど同じだ。
<< 今お使いのシールドセルのおよそ五倍の耐久力があります >>
<< そんなに? >>
<< はい。身を守るための物は一般市民の権限でもかなり幅広く作れるんです。攻撃のための物はまだほとんど作れませんけれど >>
一本八百両のセルを使っても、ドローンの数発で赤く点滅していたシールドだ。それが五倍になる。
俺は何も言えなかった。
<< 次は強化服です >>
壁に掛けてあった強化服を下ろして卓の横に広げる。もう何年も使っている型落ちの品だ。あちこちの継ぎ目が擦り切れて、関節の駆動部からはときどき嫌な音がする。
アカリの指示で、高性能スチールの棒と軟質ゴムの束と樹脂の板を強化服の上に並べた。右手をかざすと、素材が銀の粒になって強化服の継ぎ目や関節に吸いこまれていく。擦り切れていた所が内側から埋まっていくのが見えた。
<< 次は中身の方です。背中の制御中枢に右手首をかざしてください >>
強化服を裏返す。背中の真ん中に手のひらほどの硬い板が埋めこまれている。強化服の動きを制御している部分だ。そこに右手首を当てる。
マークがまた光った。
<< 制御の仕組みを書き換えます。少しお待ちください >>
アカリは目を閉じていた。何をしているのかはわからない。ただ、強化服の背中の板がときどき小さく明滅していた。
<< できました。着てみてください >>
強化服に袖を通して留め具を締める。
その瞬間、違和感がなくなった。
いや、違う。今までずっとあった違和感がなくなったのだ。強化服はどれだけ慣れても体の外に着ている物だった。腕を上げれば一拍遅れて強化服がついてくる。それが当たり前だと思っていた。
今はその一拍がない。
腕を上げる。強化服が腕と一緒に上がる。指を握る。強化服の指が俺の指と同じ速さで握られる。まるでもう一枚の皮膚のようだった。
試しに卓の脚を片手でつかんで軽く持ち上げてみる。
卓が紙でできているみたいに浮いた。
<< なんだ、これ >>
<< 旧時代の基準でほどほどの性能まで上げました。一般市民の権限で作れるのはこのくらいまでです >>
ほどほど。
今の俺の感覚で言えば、ユメサキの中堅ハンターが着るには上等すぎる代物だ。東の遺跡で最前線を張る連中の装備にはさすがに届かないだろう。それでも今朝までの型落ちとは比べものにならなかった。
<< 最後に背嚢です >>
俺の背嚢には空間拡張の技術が使われている。見た目の大きさの二倍ほどの物が入る品だ。中堅のハンターならだいたいこのくらいの物を使っている。五倍、十倍と入る品もあるらしいが、そういうのは値段も桁が違う。
残りの素材を全部背嚢の横に積む。右手をかざす。素材が銀の粒になって背嚢の中に吸いこまれていった。
<< できました。中に入る量は見た目のおよそ五十倍です。重さもかなり軽くなります >>
<< 嘘でしょ >>
声に出していないのに声が裏返った気がした。
<< ただ、空間を広げておくのと重さを打ち消しておくのにエネルギーを使います。動かすにはエネルギーパックが必要です >>
<< 今のパックじゃ足りないってこと? >>
<< 今の物では一日も持ちません >>
アカリは満足そうに背嚢を眺めた。
<< それから、今ので今日のクオタを使い切りました >>
<< え、もう? >>
<< はい。今日はここまでです。クオタは毎日配分されます >>
アカリの説明によると、クオタというのは俺に毎日配られる、物を作るための持ち分のようなものらしい。弾の改造やシールドセルくらいの簡単な物なら、ほとんど気にせずいくらでも作れる。今日のように強化服や背嚢のような手のこんだ物をいくつも作ると、その分だけ多く使う。
つまり仕事で使う消耗品は毎日十分に補える。その上で何か一つ二つ、手のこんだ物を作る余裕もある。
俺は卓の上を見回した。
大型弾頭並みの小型弾頭。五倍のシールドセル。生まれ変わった強化服。五十倍の背嚢。
今日の稼ぎを吹き飛ばして買った素材が、これになった。
割に合わないどころの話じゃなかった。
◇
<< ではアラタさん。最後にご飯をたくさん食べてください >>
<< 今から? 何のために >>
<< 今夜お体を整えるための材料になります。今のままでは少し足りません >>
アカリは部屋の隅の食料棚を指さした。
<< その乾パンと干し肉と豆の缶詰を全部。それから卵があればありったけ。あと、その棚の奥の―― >>
次から次へと指示が飛んでくる。いつもは栄養バーを一本かじって済ませる夕飯が、卓に乗りきらないほどの量になった。
<< これ全部? >>
<< 全部です。いつもの三倍くらいを目安にしてください >>
覚悟を決めて食いはじめた。
乾パンをかじり、干し肉を噛み、豆を流しこみ、卵を焼いて食う。半分を過ぎたあたりでもう何の味もしなくなった。それでもアカリは容赦しなかった。
<< あと少しです。がんばってください >>
最後の一口を飲みこんだときには腹がはち切れそうになっていた。
寝台に仰向けに倒れこむ。動けない。息をするのも苦しい。
<< お疲れさまでした。あとはゆっくり眠ってください >>
<< 明日起きたらどうなってるの? >>
<< 起きてからのお楽しみです >>
またそれか。
文句を言ってやろうと思ったが、腹が苦しくて考えがまとまらなかった。
天井の染みがいつもの場所にある。
今朝あれを見上げて目を覚ましたのが、ずいぶん昔のことのように思えた。
まぶたが重くなっていく。
俺はそのまま眠りに落ちた。




