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第23話 駆け出し技術者

<< 技術者になって何ができるようになったの? >>


 試験室の椅子に深く腰掛けたまま、俺は尋ねた。


<< 大きく二つです >>


 視界の中のアカリが、すっと指を二本立ててみせる。


<< 一つは、警備の網に手を入れられるようになりました。近くの機械の目をしばらく潰すことができます >>


<< どういうこと? >>


<< 見張りや狙いをつけるための目です。目を潰された機械は、少しのあいだ何も見えなくなります。何も見えなければ撃ってきませんし、仲間にも知らせられません。その場で止まっているしかなくなります >>


 撃つこともなく、機械を黙らせておけるということだ。


<< どんな機械でも? >>


<< いいえ。基本技術者の権限で手が届くのは小さな機械だけです。見張りのドローンや装甲のドローンくらいまでです。大きな機械は網の守りが固くて、今のアラタさんでは入りこめません >>


<< あの脚の付いた要塞、バスティオンは無理ってことだね >>


<< はい。あの方には届きません >>


 そう言って、アカリは二本目の指を折った。


<< もう一つは、作れる物が増えました。素材から新しい物を組み上げられます。たとえば、これです >>


 目の前に光る板が開き、手のひらに収まるほどの丸い筒の図面が浮かび上がった。


<< 妨害の手投げ弾です。投げると、まわりに煙を広げます。煙の中では機械の目も網の知らせも、うまく働かなくなります >>


<< バスティオンにも効く? >>


<< はい。網に入るのではなく、煙で目を覆うだけですから。大きな機械にも効きます。ただ、煙が晴れるまでの短いあいだだけです >>


 短いあいだ。だが、抜ける隙を作るにはそれで十分だった。


<< 作れる? ここで >>


<< 素材はあります >>


 背嚢の中身を思い浮かべる。ここまで潜ってくるあいだに外してきた部品がいくつかあった。二体目の跳ぶ獣、リーパーの光る部品と駆動の部品。目印役のドローンの部品。それから、屋上の砲台から取った部品。


<< 目印役のドローンの目の部品と、屋上の砲台の狙いをつける部品。それを使えば四つ作れます >>


<< 売り物が減るけど、帰れないよりはいいね >>


 背嚢から指定された部品を取り出し、試験室の床に並べて右手をかざした。


 手甲の下で手首がじわりと温かくなる。右上の角の細い線のあたりにまで熱が走った。


 床の部品が銀色の粒へとほどけ、渦を巻いて四つの塊にまとまっていく。光が収まったときには、転がりのいい丸い筒が四つ、床の上に並んでいた。


 これまでは、今ある物を手入れして作り変えることしかできなかった。だが、今のは違う。ばらばらの部品を分解し、まったく別の道具を組み上げたのだ。


 技術者になったというのは、こういうことなのだろう。


 ◇


『お帰りですか』


 一階の広間に下りると、建物を預かる男が入口の前で静かに待っていた。


「ええ。外はまだいますか」


『はい。広場の真ん中に。それから、ドローンがこちらの入口のまわりに集まっております』


 男は眉を寄せ、憂わしげに扉の外へ視線を向けた。


『建物の中でしたら、わたしがお守りできます。ですが、扉の外までは手が届きません。お気をつけて』


「ありがとうございます」


『またのお越しを。次は上の段の試験でお会いできることを楽しみにしております』


 男は丁寧な所作で、深々と頭を下げた。


 ◇


 閉ざされた扉の内側に立ち、最後の手順を確かめる。


<< まず、扉を開けたらすぐに入口のまわりのドローンの目を潰します。全部は無理です。近い物から三機か四機 >>


<< うん >>


<< 次に、手投げ弾をバスティオンの前に二つ。煙が広がったら走ってください。広場の左の端の、塔の陰の道までです。来たときよりずっと近いです >>


 広場の真ん中を突っ切った行きは二百歩あった。帰りは斜めに左へ抜ければいい。それでも百歩の距離はある。


<< 残りの二つは? >>


<< 途中で煙が晴れそうになったら、追加で投げてください >>


<< わかった >>


 腰の拳銃のバーレッタと、ハンドキャノンのアンヴィルに手を触れる。左手首の盾の腕輪は、試験を受けているあいだに少しエネルギーが回復していたが、それでも半分ほどだ。


 短く息を吸い、扉の横の黒い板に手首をかざした。


 ◇


 扉が開いた瞬間、けたたましい羽音が押し寄せてきた。


 正面に装甲のドローン、ホーネットが四機。機関銃を抱えた小型のドローン、ワスプが二機、旋回しながら銃口をこちらへ向けようとしている。


<< 目を潰します! >>


 アカリの声と同時に、頭の奥で何かがかちりと噛み合った。


 頭の中に、光る点と無数の線で結ばれた網の図が一瞬だけ浮かび上がる。その光の結節点へ、アカリが手を伸ばしていく感触があった。俺の権限を通り道にして、アカリが警備の網へ直接入りこんでいる。


 一番近いホーネットの、装甲の奥で光っていた目がふっと掻き消えた。


 機体が空中でぴたりと静止する。向きを変えることも、引き金を引くこともなく、ただその場に浮いたまま微かに揺れるだけだ。


 二機目、三機目のホーネット、続いてワスプが一機。


 四機が次々に機能を奪われ、空中で動きを止めた。


 目を潰し損ねた残りのホーネット一機とワスプ一機が、突風を巻き起こして突っ込んでくる。身を屈めながらバーレッタを抜き、ワスプの推進器を正確に撃ち抜いた。火花を散らして落ちていく。間髪を入れず、ホーネットから放たれた電気の弾を左手の盾で弾き、相手が体勢を立て直す隙に推進器を撃ち抜いて叩き落とした。


<< 目を潰した機械は、あと十数えるくらいで戻ります! >>


 広場の真ん中から、耳をつんざく金属の軋み音が響いてきた。


 バスティオンの巨大な胴体がこちらに向き直り、何本も束ねられた砲身が高速で回転を始めている。


 手投げ弾を二つ、迷わず放り投げた。


 手投げ弾は巨体の足元手前で破裂し、濃密な灰色の煙を一気に噴き上げた。煙は瞬く間に広がり、四本の太い脚を、分厚い胴体を、回転する砲身の群れをすっぽりと呑み込んでいく。


 直後、煙の奥で砲が火を噴いた。


 だが、弾の雨は俺の方へは飛んでこなかった。


 視界を奪われた要塞から放たれた弾丸が、見当違いの方向へと撒き散らされていく。激しい着弾音とともに、広場の敷石が遠く離れた場所で次々と砕け散った。


 最後に捉えた俺の位置を撃っているつもりで、狙いが完全に狂っているのだ。


<< 走ってください! >>


 石の地面を強く蹴り、駆け出した。


 ◇


 広場の左端を目指し、斜めに突き進む。


 十歩。二十歩。


 背後の煙の中で砲声が途切れ、あの独特な金切り音が響き渡った。すぐに再び砲撃が始まるが、弾はさっきよりさらにあさっての方向へ飛んでいく。


 四十歩。


 頭上で硬い羽音が蘇った。目を潰されていたホーネットが復帰し、一機がこちらへ機首を向けてくる。


 走りながら左腕を突き出し、青い膜の盾で電気の弾を受け止めた。衝撃を逃がしながらバーレッタを跳ね上げ、推進器を一発で撃ち落とす。


 六十歩。


<< 煙が晴れます! >>


 肩越しに視線を走らせる。


 広場の中央を覆っていた煙が薄れ、その中から巨体がゆっくりと旋回してくるのが見えた。束ねられた銃身の奥で、再び冷たい光が俺の姿を捉えようとしている。


 三つ目の手投げ弾を投げる。


 だが、弾が届くより一瞬早く、バスティオンが地響きを立てて一歩前へと踏み出した。


 足元で煙が弾けたものの、高く持ち上がった胴体上の砲は煙の外へ抜け出てしまっていた。


 甲高い金切り音が大気を震わせる。


 盾を構え、歯を食いしばった。


 一つ。


 荒れ狂う弾丸が青い膜へ叩きつけられる。


 二つ。


 限界に達した盾の膜が、ふっと消えた。


 残った三発目が強化服のシールドを激しく揺るがし、視界の隅で残量の警告が赤く点滅する。


 塔の陰まで、まだ四十歩はある。


 この速度のまま狙い撃たれ続ければ、塔の陰に辿り着く前に削り殺される。


 走りながら、腰のアンヴィルを引き抜いた。


<< アラタさん! >>


 右の前脚。太く強固な装甲の継ぎ目に、黄色い膝の関節が露出していた。アカリが教えてくれた弱点だ。


 息を止め、全神経を指先に集める。思考が研ぎ澄まされ、世界の流れが引き延ばされたようにゆっくりになった。


 照準を合わせ、引き金を引く。


 轟音とともに放たれた大型弾頭が、狙い違わず黄色い膝へと吸い込まれた。


 時間の流れが一気に元へ戻ると同時に、バスティオンの巨体が凄まじい地響きを立てて右に傾いた。関節を砕かれた前脚が崩れ落ち、前のめりに沈み込んだ胴体の砲身が天を仰ぐ。


 短い気絶だ。膝を壊せば少しのあいだ動けなくなると、アカリが言っていた。


 残っていた四つ目の手投げ弾を、倒れ込んだ要塞の顔の前へ投げつけた。


 立ち止まることなく、全速力で足を前に運ぶ。


 八十歩。九十歩。


 滑り込むようにして、塔が落とす深い影の中へと飛び込んだ。


 背後で、ようやく体勢を立て直した要塞の砲撃が、何もない空を虚しく引き裂く音が轟いていた。


 ◇


 塔の陰の道を縫うように走り、三つ目の輪を脱出した。


 二つ目の輪で執拗に追ってきたホーネットを二機撃ち落とし、一つ目の輪でもう一機を片付ける。外周の手前まで辿り着いたところで、追ってくる物はようやくいなくなった。


 外周の端に停めておいた車に乗り込み、扉を閉めた頃には、空が茜色に染まり始めていた。


<< 来たときよりましだったね >>


<< はい。シールドセルは一本も使いませんでした >>


 言われて初めて、自分の手元に視線を落とす。


 行きは盾が尽き、強化服のシールドも尽きかけてセルを一本消費した。だが帰りは、盾を失いはしたものの、強化服のシールドだけで持ちこたえられた。目を潰し、煙で視界を塞ぎ、弱点を撃って足を止める。力任せの撃ち合いを避け、必要な手だけを打って逃げ切ることができたのだ。


 基本技術者として迎えた、最初の一日だった。


 ◇


「……二体目か」


 ゲンの店のカウンターにリーパーの光る部品を置くと、ゲンは小さく息を漏らした。


「前の一体から、十日も経ってないだろう」


「ええ。今日、試験の――いえ、駅の奥の方まで行ってきたので」


 危うく口を滑らせそうになり、慌てて言葉を取り繕う。


 ゲンは聞こえなかったふりをしてくれたのか、あるいは本当に聞こえなかったのか、何も言わずに手元の相場の書きつけをめくった。


 提示されたのは前と同じ額だった。光る部品一つで、サーベイヤーの中枢三つ分に相当する。目印役の目や砲台の部品は手投げ弾の材料にしてしまったため持ち込めなかったが、それでも一度の稼ぎとしては破格の数字だ。


 中央の大きな買取所へ出せとゲンは言っていた。出せば実績にはなるが、それは目立つことを意味する。今の俺には、まだ早すぎる話だった。


「腕が上がったどころの話じゃないな」


 端末を操作して代金を振り込みながら、ゲンがぽつりと言った。


「お前、何かいいことでもあったか」


「ええ。少しだけ」


「そうか」


 ゲンはそれ以上、何も詮索してこなかった。


 ただ、端末をこちらへ押し戻すとき、その口の端がかすかに上がっていた。


 ◇


 その夜、家の居間で、アカリが視界いっぱいに光る板を広げた。


<< 技術者になって作れるようになった物の一覧です >>


 板の上に、文字と立体的な図面が整然と並んでいる。


 これまでに見てきた一覧とは明らかに異質だった。手元にある既製品を調整するためのものではない。素材を集め、一から新しい道具を組み上げるための設計図だ。


 今日使った妨害の手投げ弾。家や車を整えるための、床下のジェネレーターと水の循環の仕組みを繋ぐ部品。強化服や盾を一段上の水準に引き上げる手順。銃の性能をさらに底上げする改造法。


 その中には、旧時代の回復薬の項目もあった。アカリの話によれば、今の時代に出回っている薬とは比較にならない治癒力を持つという。売れば目の玉が飛び出るような値がつく品だ。


 そして、その並びのさらに下に、これまで目にしたことのない項目が記されていた。


<< これは? >>


<< 体に入れる物です >>


 アカリが板の上の項目を、指先で一つずつなぞっていく。


<< 目に入れて、遠くをはっきり見たり暗い所を見えるようにしたりする物。手に入れて、銃の狙いを助ける物。皮膚の下に入れて、体そのものを硬くする物。脚に入れて、跳ぶ力を足す物。それから、頭に入れて、警備の網に手を入れるときの負担を軽くする物 >>


<< 体に機械を入れるってこと? >>


<< はい。旧時代の住民の方は、皆さん何かしら入れていました。暮らしを便利にするためです。基本技術者になれば、ご自分の体に入れる物をご自分で作れるようになるんです >>


 図面をじっと見つめた。


 目。手。皮膚。脚。頭。


 以前、アカリが教えてくれたことを思い出す。人の体には、強化を受け止められる容量の限界がある。強化ごとに収まる場所が決まっていて、許容量を超えて組み込めば、体も頭も壊れてしまうのだと。


 その「収まる場所」に組み込むための実物が、いま目の前に並んでいる。


<< 今すぐ入れなきゃいけないわけじゃないよね >>


<< はい。入れるかどうかはアラタさんが決めることです。入れなくても、強化服や盾で同じようなことができる物もあります >>


<< ……少し、考えさせて >>


<< はい。ゆっくり考えてください >>


 広げられた一覧を、改めて上から下まで見渡す。


 ここに表示されているのは、技術者という枠組みの中では、まだ最も初歩的な一段にすぎないのだろう。それでも、今の時代の常識から見れば、到底信じてもらえないようなものばかりだった。


 そして、この先にはまだ、さらなる上の段が存在している。


 右手首を返すと、マークが見えた。一番外側の四角の、その右上の角から、新しくごく細い線が外側へと伸びている。


 技術者として歩き始めたことを示す、最初の一本だった。

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