第24話 クラフトの日々
技術者になって、最初に決めたことがあった。しばらく遺跡に潜る回数を減らすことだ。
<< 三日に一度じゃなくて、一週間に二度くらいにしようと思う >>
<< お仕事を減らすんですか? >>
<< うん。今は作る方に時間を使いたい >>
技術者の一覧に並んだ物は、どれも作るのに手間がかかる。素材を集めて組み上げ方を考え、クオタを使って一つずつ組み上げていく。遺跡に潜る日にそんな時間は取れない。
それにクオタにも限りがあった。毎日配られる分で作れる物は決まっており、手のこんだ物を作ればその日はそれで終わりだ。中等教育の勉強もまだ終わっていない。
だからこの一か月は、腰を据えて作ることに決めた。稼ぎは減るが、この二か月で貯めた分がある。一か月くらいならどうということはない。
<< それと、毎日のクオタは作る分を引いた残りを、全部あの店の分に取っておく >>
<< はい。技術者になって、配られる量が前の倍近くになりました。作る分を引いても前より多く残せます >>
アカリは嬉しそうに言った。
◇
最初に手をつけたのは装備だった。遺跡に潜る回数を減らすとはいえ、潜る日は来る。潜るならまず命を預ける物からだ。技術者の一覧にある、一段上の作り方に取りかかる。
強化服から始めた。芯の部分を、姫路駅の機械の装甲で一段上に組み直す。体の動きに前よりも滑らかについてくるようになり、シールドが受け止められる量も増えた。
盾の腕輪も、広げられる膜の大きさが増え、受け止めたときのエネルギーの減りがさらに少なくなっている。
四挺の銃も全部一段上に改造した。レバー式のライフルのレネゲード、狙撃銃のオスプレイ、ハンドキャノンのアンヴィル、小型弾頭の拳銃のバーレッタ。銃身の中の仕組みを、技術者の権限でしか扱えない部品に入れ替えていく。弾も小型から大型まで、どれも一段上の弾頭にした。
<< 大型弾頭なら、脚の付いた要塞のバスティオンの膝を一発で砕けると思います >>
<< 前は気絶させるのがやっとだったね >>
<< はい。今ならもう少し先まで行けます >>
妨害の手投げ弾も、作り置きを十個作った。
旧時代の回復薬も三本作った。強化服の胸の物入れに、今の時代の回復薬の隣へ差しておく。人前で使えば大騒ぎになる代物だから、使うのは本当に危ないときだけだ。
◇
一段上げた強化服を着て、裏庭に出た。
杭のまわりを駆け、踏みこんで跳ぶ。服は前よりずっと素直についてきた。もう一度、今度は思いきり踏み切る。
体が塀の高さを越えかけ、着地した足が杭をへし折った。
服はついてきている。それでも踏み切ってから服が動きだすまでのわずかな間が、前よりはっきりわかる。
<< 体の方が先に行っちゃうね >>
<< はい。服の方を、いつか一から作り直す時が来ると思います >>
折れた杭を拾い上げる。体の方が、まだ先へ行きたがっている。
◇
二週目は家だった。住宅街の奥の家から持ち帰ったまま、背嚢の中でずっと眠らせていた物を、ようやく出す時が来た。床下に据える発電の機械のジェネレーターと、台所の壁の奥に組みこむ水を循環させる仕組みだ。
居間の床板を外して床下の土台にジェネレーターを据え、それから家じゅうの壁の中に、エネルギーを回すための繋ぎの部品を這わせていく。技術者の一覧に載っていた部品で、素材は姫路駅遺跡で集めた機械の装甲と配線を使う。
右手をかざすと、素材が銀の粒になり、細い流れになって壁の中へ床の下へと染みこんでいく。
一日では終わらなかった。壁の中の古い配線を一本ずつ外して繋ぎの部品に置き換えていく。部屋を一つ終えるごとにその日のクオタが尽き、四日目の夜にようやく最後の部屋を繋ぎ終えた。
<< では、ジェネレーターを動かします >>
床下で低い音がした。音はすぐに消え、代わりに家じゅうの灯りが一度だけ瞬いてまた点いた。
前より明るい。白すぎず黄色すぎない、目に優しい灯りだ。部屋の隅の暗くなりがちだったところまで、柔らかく照らしている。
<< これでこのお家は街からの電気を使わなくても動きます >>
<< 電気代要らなくなるってこと? >>
<< はい。ほとんど要りません >>
水の仕組みはもっと手間がかかった。台所と洗面所と風呂、家じゅうの水の管を旧時代の基準に作り直していく。使った水を濾してきれいにし、また使えるようにする仕組みだ。
最後に風呂に手を入れた。狭くて湯の出が悪く、冬場は湯船の湯がすぐに冷めた風呂だ。湯船を広げて壁と床を作り直し、旧時代の湯を沸かす仕組みを組みこむ。
七日目の夜、初めてその風呂に浸かった。
湯がいつまでも冷めない。肩まで沈めると体の芯からじわりと温まっていく。湯の中で指先までほどけていくようだった。湯船の縁に頭を預けて天井を見上げる。
<< 旧時代のお風呂のお湯は、体にもいいんですよ >>
<< どうりで、疲れが抜けるわけだ >>
<< ねえ、アカリ >>
<< はい >>
<< これ、今まで作った物の中で一番いいかもしれない >>
<< 前にもそうおっしゃっていましたよ。自動調理器のときに >>
<< あれも一番。これも一番 >>
アカリがくすりと笑った。
◇
三週目は車だった。
家と同じようにジェネレーターと水の仕組みを車にも組みこむ。住宅街の家を何軒か回ったおかげで、どちらもまだいくつか背嚢の中にあった。
<< 車の中をもっと広くできる? >>
<< はい。技術者の権限があれば、背嚢よりも大きく空間を広げられます >>
車の後ろの荷台の扉を開けると、その向こうに部屋があった。外から見ればただの四輪駆動の荷台だが、扉の内側は俺の前の部屋くらいの広さがある。
そこに少しずつ物を入れていった。壁際に作りつけの寝台を一つ、小さな卓と椅子。台所の一角には家の自動調理器と同じ物をもう一つ据え、水の仕組みを繋いだ小さな洗い場と、素材や装備をしまっておくための広い棚を設ける。最後にジェネレーターを床下に据えた。
<< これでこの車だけで何日でも暮らせます >>
<< 本当にここに住めちゃうね >>
<< はい。ジェネレーターが動いているあいだは、灯りも水もご飯も困りません >>
荷台の部屋の寝台に腰を下ろして、ぐるりと見回す。家を出てどこか遠くの遺跡へ行くことになっても、この車があればそこで暮らせる。宿を探さなくていいし、野宿もしなくていい。素材は棚にいくらでも積める。
車の外側にも手を入れた。姫路駅遺跡で集めた装甲のドローンのホーネットや、火を噴くドローンのファイアフライの装甲、それに跳ぶ獣のリーパーの脚の装甲を使って、車体とシールドを作り直す。見た目はくたびれた中古の四輪駆動のままだが、中身はもう別物だった。
<< バスティオンの砲を少しのあいだなら受け止められると思います >>
<< 頼りにしすぎない方がいいね >>
<< はい。過信は禁物です >>
◇
そして四週目。俺は居間の卓の前で、アカリの光る板と向き合っていた。
技術者の一覧の一番下の方にある、体に入れる物の項目だ。体の一部を旧時代の部品に置き換えたり、体の中に機械を組みこんだりすることで、生身では届かない力をその分だけ出せるようになるのだという。
目に入れて遠くと暗い所を見る物。皮膚の下に入れて体を硬くする物。脚に入れて跳ぶ力を足す物。どれも今の俺の素材とクオタで作れないことはなかった。
しばらく眺めてから、俺は告げた。
<< ……やめておく >>
<< 今は入れない >>
<< はい。理由を伺ってもいいですか? >>
<< うん。まだわからないことが多すぎるから >>
どこまでなら大丈夫なのか。一度入れたら外せるのか。入れた物は俺の体の中でどうなっていくのか。それを俺はまだ自分の頭で理解できていない。アカリの言うことは信じている。それでも体の中に何かを入れるなら、何を入れたのか自分でわかっていたい。
<< それに今の装備でまだ足りてる。強化服も盾も銃も一段上がった。体に入れなくてもまだ伸びしろがある >>
<< はい。わたしもそれでいいと思います >>
アカリは少しだけほっとしたような顔をした。
<< 入れるかどうかは急がなくていいんです。アラタさんがご自分で決めた時が、その時です >>
◇
一か月が過ぎようとしている。
家は旧時代の暮らしに一歩近づいた。灯りも水も風呂も旧時代の基準になり、車は走る家になった。装備は全部一段上がっている。それでも一覧の中には、まだ作れない物がたくさん残っていた。
<< 冷蔵箱、まだ作れないんだよね >>
台所の古い冷蔵箱を見ながら、俺は言った。一か月前どころか、もっと前からずっと作れないままの物だ。冷やすための部品に使う素材が、姫路の機械からはほとんど取れない。
<< はい。冷やすための素材は姫路の機械にはほとんど入っていません >>
<< ほかにもあるよね。素材が足りなくて作れない物 >>
<< はい。たくさんあります >>
アカリは一覧の中の灰色に沈んだ項目を、いくつも指でなぞった。強化服のもっと上の作り方、盾のもっと上の作り方、車のもっと上の作り方。どれも素材が足りない。姫路の機械から取れる素材では届かない物ばかりだった。
<< もっといい素材を取るには東へ行くしかないね >>
言葉にしてみると、それはずっと前から決まっていたことのように思えた。
姫路住宅街遺跡、姫路駅遺跡。この数か月で俺は姫路の遺跡を端から端まで歩き、住宅街の一番奥にも駅の試験の建物にも行った。姫路で手に入る物はだいたい手に入れたのだ。その先にある物は、姫路にはない。
<< はい。東の遺跡には姫路にはいない機械がいます。姫路では取れない素材もきっとあります >>
<< 神戸、か >>
<< 神戸の手前にも遺跡はありますよ。いきなり神戸でなくても >>
<< うん。でもどっちにしても東だ >>
居間の窓から外を見た。夕日が庭の向こうのユメサキの壁を赤く染めている。壁の向こうのずっと東に、まだ見たことのない遺跡がある。
<< 中等教育が終わったら、行こう。東へ >>
<< はい。その前にやることが二つ残っていますね >>
<< 何だっけ >>
<< 役所で中等教育の修了の手続きをすること。それから―― >>
アカリは少しだけ微笑んだ。
<< あのお店に借りを返しに行くことです >>
<< ねえ、あの店の分のクオタ、今どのくらい貯まってる? >>
アカリが告げた数を、頭の中で首飾りの額と償いの分に並べてみる。
あと少しだった。




