第21話 全力疾走
「……何だ、これは」
ゲンの店のカウンターにリーパーの部品を並べると、ゲンが低く唸るような声を出した。
手のひらほどの大きさの、脈打つように淡く光る部品が一つ。跳躍の力を溜めて一気に放っていた、あの獣のような機械の心臓部だ。それから太い駆動の部品が四つに、切り離した脚の装甲が何枚もある。素材として使う分は家に残してきたが、それでもカウンターの上は異様な部品で埋まっていた。
ゲンは光る部品を両手で持ち上げ、灯りにかざした。金属の奥で、光がゆっくりと呼吸するように明滅している。
「リーパーです。跳びかかってくる四本脚の大きな機械で。姫路駅遺跡の、三つ目の輪の入口にいました」
ゲンはしばらく口を噤んだまま、掌の中の部品を見つめていた。
「この辺じゃ見たことのない部品だ」
「そうなんですか」
「話には聞く。東の連中がたまに持って帰ってくることがあると。だが、実物をこの店で見るのは初めてだ」
ゲンは光る部品を慎重にカウンターへ置いた。それからいつもの帳面をめくるのではなく、店の奥の埃をかぶった棚から分厚い紙の束を引っ張り出してきた。指を舐めて一枚ずつ繰っていく。どこかの相場を書き留めた綴りのようだった。
「相場はわかる。買い取れはする」
ゲンは計算機を弾き始めた。いつもとは違い、指先が慎重に盤面を叩く。いつもよりずっと長い沈黙のあと、差し出された数字を見て息を呑んだ。
住宅街の稼ぎ頭だったサーベイヤーの中枢、三つ分。この光る心臓部一つだけで、それだけの値がついていた。
あの駅の店に並んでいた、新品の服一着と同じだ。あの店の棚にはそんな値の品がずらりと並んでいたのかと、今さら恐ろしくなった。
駆動の部品は一つで中枢一つ分。それが四つ。脚の装甲まで合わせると、全部で中枢十個分をゆうに超えていた。一体の機械を解体して得られた額としては、ハンターを始めて以来、間違いなく過去最高だった。
「ただな、アラタ」
ゲンは代金を端末に打ちこみながら、顔を上げずに言った。
「こういう物は、そろそろうちじゃなくて中央に出しに行った方がいい」
「あそこは敷居が高いですよ」
「わかってる。うちは相場の書きつけを見て値をつけるだけだ。中央なら、ちゃんと調べてちゃんとした値をつける。それに」
ゲンは指を止め、そこで言葉を切った。
「お前の持ってくる物は、もう姫路のハンターが持ってくる物じゃない」
返す言葉が見つからなかった。
ゲンは代金の振込を済ませた情報端末を差し出してきた。その無骨な指先が、いつもよりほんの少しだけ長く俺の手の上に留まる。
「腕が上がったな」
「ゲンさんのおかげですよ」
「馬鹿を言え。儂は弾の選び方を教えただけだ」
ゲンはふんと短く鼻を鳴らし、分厚い紙の束を棚へと押し戻した。
◇
技術者の勉強が終わったのは、それから四日後のことだった。
<< お疲れさまでした。技術者の課程、すべて修了です。これで試験を受けられます >>
朝の勉強の区切りに、アカリが視界に広げていた光る板をパチンと閉じ、丁寧に頭を下げた。
中等教育科目はまだ一か月ほど残っているが、技術者の試験を受ける資格は今の権限でも十分に満たしている。基礎教育を終えた住民であれば、本来は誰でも挑戦できる試験なのだという。
<< 試験の会場には、もう連絡を入れてあります >>
<< 誰に? >>
<< 試験の建物を預かっている方に、アラタさんが試験を受けに伺います、と。日にちもお伝えしてあります >>
<< いつの間にそんなことを >>
<< 技術者の勉強が終わりそうだとわかった日にです >>
視界の中で、アカリが得意げに胸を張る。
<< 試験の建物の方は、駅の警備の方とは別の方です。とても丁寧な方でしたよ。お待ちしています、とのことでした >>
なるほど、と合点がいった。試験の建物の中に足を踏み入れてしまえば、そこから先は試験を受けに来た正式な住民として扱われる。
つまり、あの建物の扉にたどり着くまでが本当の関門なのだ。
◇
次に遺跡へ潜る日、俺はまだ夜が明ける前にユメサキの街を出た。
車を外周の端、崩れた建物の物陰に停める。ここから先は徒歩だ。三つ目の輪の奥は高層の塔が密集しすぎていて、車で入り込めるような道幅は残されていない。
見慣れた外周を抜け、一つ目の輪を抜ける。二つ目の輪に入ったところで、頭上を旋回していた目印役のスポッター二機を、警備の網へ知らせを送られる前に撃ち落とす。建物の屋上に陣取っていた狙撃の砲台、センチネルも、狙撃銃の一撃で確実に黙らせた。走りながら回収できる部品だけを背嚢へ放りこみ、足を止めずに前へ進む。どれも、もう体に染みついた作業だった。
三つ目の輪の入口にたどり着いた頃には、日はもう昇りきっていた。
見上げる塔はいっそう高くそびえ立ち、空中の細い通路が二重、三重に頭上を覆っている。機械の気配は嘘のように薄く、ただ冷たい風の音だけが隙間を吹き抜けていた。
<< ここから先は、まだ誰も歩いていません >>
<< うん >>
視界の地図の上に、試験の建物までの道が光る線で描かれる。アカリと二人で何日もかけて練り上げた道筋だ。広い通りを徹底して避け、塔と塔の狭い路地を縫うように進む。リーパーが上空から飛びかかれない地形をできる限り選んでいた。
息を整え、俺は踏み出した。
◇
二体目のリーパーに遭遇したのは、三つ目の輪を半分ほど進んだあたりだった。
塔の壁面を何かが蹴りつける重い衝撃。足元から伝わる振動。
見上げる頭上を、巨大な影が遮った。
前の個体と寸分違わぬ姿だ。車ほどもある分厚い装甲の胴体、鋭利な鉤爪を備えた四本の脚。胴の正面にはめ込まれた硝子のような一つ目の奥で、赤い光がぎらりと揺れている。
だが、前回と決定的に違っていたのは俺の反応だった。
動揺は欠片もなかった。
頭上の壁を蹴り、リーパーが巨体を弾丸のように撃ち出してくる。
盾は展開しない。意識を極限まで研ぎ澄ます。視界の中の動きがすべて遅くなり、降ってくる巨体の軌道がはっきりと見えた。強く地を蹴り、落ちてくる鉄塊の真下へと身を滑りこませる。
背後で地面を砕く凄まじい着地音が響いた。
振り返りもせず、前を向いて駆ける。
地図に引かれた線のすぐ先に、崩れかけた塔の狭い入口が見えていた。そこまでおよそ二十歩。
背後で、巨大な質量が向きを変える気配がした。壁を蹴りつける金属音。
身をかがめ、狭い入口の中へ滑り込む。
反転して銃を構えるのと、リーパーの巨体が入口の枠に激突するのは同時だった。入れない。大きく広げた四本脚の幅では、この狭い開口部を通り抜けることはできないのだ。
獲物を逃した機械は、鉤爪の生えた太い脚を一本、槍のように力任せに突き入れてきた。
左腕の腕輪を意識し、青い光の盾で衝撃を正面から受け止める。腕に伝わる重い圧力を押し返し、隙間からナイフの光の刃を伸ばして剥き出しの関節を一刀両断にした。
脚を失って体勢を崩し、開口部へ落ちてきた胴体の硝子のような目に、間髪を入れずナイフを突き立てる。
前回は生き残るためだけに無我夢中だったが、二度目の今回は、自分でも驚くほど落ち着いて次の動きを選べていた。硝子の奥の赤い光が、静かに消えていく。
<< 前よりずっと早かったですね >>
<< 二回目だからね >>
脈打つ心臓部と、太い駆動の部品だけをナイフで手早く切り離し、背嚢に押し込む。嵩張る装甲板はすべてその場に残した。目的地まではまだ距離がある。
◇
三つ目の輪を抜け出た瞬間、視界を遮っていた高い影が一気に消え去った。
広場だった。
天を衝く塔の群れが、そこだけ大きく円を描いて退いている。旧時代の駅前広場だったのだろう。足元には継ぎ目の整った磨かれた石が広がり、ところどころに枯れた街路樹の跡が点在していた。
そして広場の向こう側に、目的の駅があった。
駅の建物そのものは周囲の塔ほど高くはない。しかし、横幅が途方もなく長かった。白い外壁と硝子の屋根が、視界の端から端までどこまでも連なっている。その巨大な駅の足元に、ぽつんと小さな、四角い平たい建物が建っていた。
<< あれが試験の建物です >>
アカリが光の輪郭で示した。あそこまで、遮るもののない広場を横切っておよそ二百歩。
だが、その広場の真ん中に、立ちはだかるものがいた。
◇
要塞に脚が生えている。そう表現するほかにない姿だった。
リーパーよりもさらに一回り巨大な胴体。全身が何重もの分厚い重装甲に覆われ、並大抵の銃弾を弾き返す威容を誇っている。その巨体を支えているのは、太く短い頑強な四本の脚だ。胴の上面には、幾重にも束ねられた巨大な多連装の砲身が威圧的に鎮座していた。
それが、磨かれた石の地面をゆっくりと踏みしめながら巡回している。
周囲の空には、装甲板をまとったホーネットと、機関銃を備えた小型のドローン、ワスプが何機も群れをなして旋回していた。
<< バスティオンです >>
アカリの念話が、いつになく低く緊張を帯びていた。
<< 脚の付いた要塞と呼ばれています。この試験の建物の門番です。弱点は、脚の関節にある黄色い膝と、背中の容器の黄色い筒です。そこを壊せば少しのあいだ動けなくなります >>
<< 倒せる? >>
<< 倒せなくはありません。でも―― >>
アカリはそこで一拍置いた。
<< とても時間がかかると思います。装甲はリーパーの何倍も厚いです。それにあの砲は、大きな音を立ててから、最後に人を見た所へ続けざまに撃ちこんできます。まわりのドローンも一緒に相手をすることになります >>
広場を見渡す。身を隠せる遮蔽物はほとんどない。ところどころに転がる石の台の残骸と、枯れ木の根元くらいだ。あそこで、あの動く要塞と護衛のドローンたちを相手に正面から撃ち合えば、手持ちのシールドセルがどれだけあっても足りない。
<< わたしは、戦わずに建物まで走りきることをおすすめします >>
<< あれを無視して? >>
<< はい。建物の中に入ってしまえば、試験を受けに来られた住民の方として迎えていただけます。建物の中までは警備の方も追ってきません。あの方を倒す必要はないんです >>
広場の向こうに佇む平たい建物を見据える。距離は二百歩。
<< わかった。走ろう >>
<< はい。あの方は動きは遅いです。でも砲を回すのは速いです。大きな音が聞こえたら、すぐに盾を構えてください。三つ数えるあいだ撃ちこんできます >>
<< わかった。覚えとく >>
◇
崩れかけた石の台の陰に身を潜め、広場の動きを窺う。
バスティオンは広場の右手、こちらに背を向けた状態で鈍重に進んでいた。護衛のドローンたちもその周囲を回っている。
今だ。
俺は遮蔽物を蹴って飛び出した。
十歩。二十歩。磨かれた石の地面を、最適化された脚が力強く捉えて加速していく。
三十歩を越えたところで、上空の羽音が鋭く向きを変えた。
ワスプが二機、急降下しながら突っ込んでくる。走りながら腰のバーレッタを抜き、照準を合わせる間もなく撃つ。一機が火花を散らして地面に激突する。もう一機の放った機銃弾が強化服のシールドを激しく叩いたが、足は緩めない。
五十歩。
その瞬間、大気を切り裂くような金属の金切り音が響き渡った。
広場の右側で、バスティオンの巨体が驚くべき速さで旋回していた。胴体の上の束ねられた銃身が、ゆっくりと回り出している。
左腕を突き出し、強く念じる。盾。
青い光の膜が前に開いたのと、砲口から火炎が吹き荒れたのは同時だった。
一つ。
無数の弾丸が膜に叩きつけられる。青い膜が激しく波打ち、腕ごと身体が後方へ吹き飛ばされそうになるのを、歯を食いしばって踏みとどまった。
二つ。
盾のエネルギー残量が目に見えて消し飛んでいく。火花の飛沫で視界が真っ白に染まった。
三つ。
砲撃が止んだ。
盾を即座に解除し、前へ身体を投げ出すように走る。
七十歩。八十歩。
頭上からホーネットが三機、回り込んできた。背中に叩きつけられた電気の弾がシールドを削り、全身の筋肉が一瞬麻痺する。もつれかけた足を無理やり前へ踏み出し、速度を維持する。
百歩。
再び、あの不吉な金切り音が鳴り響いた。
左腕を掲げる。青い膜が開く。
一つ。二つ。
その瞬間、目の前の膜がふっと消えた。
腕輪のエネルギーが底をついたのだ。
三つと数えるあいだも弾丸は降り注ぎ、剥き出しになった強化服のシールドを直接叩いた。視界の隅で警告の赤い表示が激しく明滅する。走りながら予備のシールドセルを掴み、腰の差し込み口へと力任せに叩きこんだ。瞬時にシールドが再展開され、致命傷を免れる。
主砲が沈黙した。
走る。ただ前だけを見て足を回す。
百五十歩。
建物の外壁が急速に迫ってくる。四角い平たい建物の、分厚い硝子の扉。
背後で、三度目の回転音が空気を震わせ始めた。
<< アラタさん、扉に手首を! >>
足を止めることなく、右手を前へと突き出す。
扉の脇に備え付けられた黒い板へ、勢いそのままに右手首を押し当てた。手首の輪の下で、印が熱い拍動を返す。
カチリと重い音がして、硝子の扉が左右に開いた。
頭から滑り込むように床へと転がり込む。
飛び込んだ背後で、扉が瞬時に閉ざされた。
直後、扉のすぐ外で、弾丸が立て続けに壁を叩く鈍い音が響いた。一つ。二つ。三つ。
やがて、それきりすべての音が途絶えた。
◇
建物の冷たい床に大の字に倒れ込んだまま、俺は荒い呼吸を繰り返していた。
見上げる天井には、柔らかい光を放つ照明が静かに灯っている。外の狂乱が嘘のように、羽音も、砲撃の音も、何も届かない。
<< 着いた? >>
<< はい。扉の内側です。もう撃たれることはありません >>
アカリの声が、安堵からかかすかに震えていた。
<< お疲れさまでした、アラタさん。ここから先は、試験を受けに来られた住民の方の時間です >>
深く息を吸い、肺の空気をすべて吐き出した。
シールドセルを一本消費し、腕輪の盾は完全に空になった。強化服のシールド残量も三割を切っている。たった二百歩の広場を突っ切っただけだ。あの巨大な機械に向かって、こちらからは引き金ひとつ引いていないというのに、この有様だった。
<< あれ、もし正面から倒そうとしてたら、どうなってたと思う? >>
<< あまり、考えたくありませんね >>
同感だった。俺も二度と考えたくない。
床に両手をつき、軋む身体をゆっくりと起こす。
静まり返った広間の奥から、こちらへと近づいてくる気配があった。




