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第18話 盗人

 前にあの店で買い物をしてから、一週間がたっていた。


 その日もいつものように、姫路駅遺跡に稼ぎに来ていた。外周で装甲のドローンであるホーネットを三機、一つ目の輪で火を噴くドローンのファイアフライを一機、屋上の狙撃の砲台センチネルを二台仕留め、部品をナイフで外して背嚢に詰める。


 それから塔の陰の狭い道を縫って、二つ目の輪の端へ向かった。


 目指すのはあの店だ。だが、前に来たときよりも道のりは楽ではなかった。前回通った道に新しい砲台が一台増えていたのだ。壊した機械の穴は、いつの間にか埋められている。駅のAIは相変わらず真面目だった。


 砲台を狙撃銃のオスプレイで落とし、目印役のスポッターを一機先に撃ち落として、ようやく店の前にたどり着いた。


 手首をかざすと扉が開き、灯りがともる。


『いらっしゃいませ。またのお越しありがとうございます』


 店のAIが、広間の真ん中で深々と頭を下げた。


 ◇


 この一週間で貯まったクオタで、服を一着だけ選んだ。選びながらも、俺の目は何度も広間の奥へ向いていた。


 奥にある硝子の箱だ。前に来たとき見なかったことにした首飾りが、まだそこにあった。


 近づいて覗きこむ。細い鎖の先に小さな石が一つ留められていた。石は光の加減で、青にも緑にも紫にも見えた。鎖もただの鎖ではない。髪の毛ほどの細い金属の糸が何百本も編みこまれて、花の蔓のような模様を描いている。その蔓の一本一本に、目を凝らさないと見えないくらいの小さな葉が刻まれていた。


 物の値打ちなんて俺にはよくわからない。それでも、これがただの飾りではないことくらいはわかった。誰かがひどく手間をかけて作った物だ。


 値札に書かれたクオタの数は、前と変わっていなかった。この一週間で貯まった分の十何倍もある。


 十七年もハンターをやっていれば遺物の相場くらいはわかる。今の時代に一番高く売れるのは旧時代の機械だ。動く物、使える物。端末でも部品でもそうだ。飾り物はそれほどでもなく、坂の上の連中が見せびらかすために買うくらいのものだ。


 それは知っていた。ただ、この前の服は思っていたよりずっと高く売れた。一着で中枢三つ分だ。その服の十何倍ものクオタが、この首飾りにはついている。旧時代の人間がこれだけの値をつけた物なら、今の時代でもそれなりの値がつくんじゃないか。


 石がまた色を変えた。光の加減だけでは説明がつかないほど滑らかだった。旧時代の機械仕掛けかもしれない。機械なら端末並みの値がつく。


 そう自分に言い聞かせた。半分は賭けで、残りの半分はたぶん、そうであってほしいという願いだった。


<< アカリ >>


<< はい >>


<< 俺の仕事ってハンターだよね >>


<< はい。住民登録のときにそう読み取りました >>


<< ハンターって、遺跡から物を持って帰る仕事だよね >>


<< はい >>


<< じゃあ、これ持って帰ってもいいよね >>


 アカリは少しだけ間を置いた。


<< はい。わたしは、別にいいと解釈しています >>


 あっさりとしたものだった。


<< ただ >>


 そこでアカリは言いよどんだ。


<< お店の方はそうは解釈しないと思います。それから、駅の警備の方も >>


 わかっていた。


 一度だけ店のAIの方を見る。すぐに目をそらした。


 わかっていて、俺は硝子の箱に手を伸ばした。箱には鍵もかかっていない。蓋を開けて首飾りを取り出すと、ひんやりと冷たく、軽かった。


 店のAIは、広間の真ん中に立ったままこちらを見ていた。何も言わない。お客様が品物を手に取って見ているだけだと思っているのだろう。


 服の会計だけを済ませた。首飾りは強化服の胸の物入れにしまったままだ。


『ありがとうございました。またのお越しを――』


 店のAIの声が途中で止まった。俺の足が、扉の外へ一歩出た瞬間だった。


『――お客様』


 背中で声の温度が変わった。


『お会計のお済みでない品物がございます』


 俺は振り返らなかった。


 ◇


 建物じゅうに警報が鳴り響いた。店の中からではない。外だ。この通りのあらゆる建物から、一斉に上がっていた。


<< アラタさん、走ってください! >>


 言われるまでもなく走った。


 塔の陰の道に飛びこんだ瞬間、横の建物の窓が内側から割れた。ホーネットが五機、六機と窓から飛び出してくる。前に来たとき何もいなかったはずの建物だ。中に詰めこまれていたのだ。


 左腕の盾を広げる。青い膜に電気の弾が立て続けにぶつかって、稲妻が膜じゅうを這い回った。盾のエネルギーが見る見る減っていく。


 前方の路地の先で、ファイアフライが二機向きを変えた。筒の先がこちらを向き、炎で道が塞がれる。横の細い隙間に体をねじこむと、背中の向こうを炎が駆け抜けていった。強化服のシールドが見る間に削れていく。


 隙間を抜けた先の通りに出た瞬間、息が止まりそうになった。屋上という屋上で、狙撃の砲台が一斉にこちらを向いていたのだ。空を見上げれば、目印役のスポッターが三機、細い光を俺の足元に三本重ねていた。


 空が鳴った。


<< アカリ、車! >>


<< もう向かっています! >>


 走るそばから、背中で地面が次々に吹き飛んでいく。瓦礫が雨のように降る中、屋上の砲台の重い一発を盾で受けた。膜が大きくたわみ、エネルギーが尽きて盾が消える。


 すぐにシールドセルを一本叩きこむ。


 路地の角から装甲のドローンが飛び出してきた。銃を構える暇もない。腰のナイフを抜いて刃を伸ばし、すれ違いざまに機体を斜めに断った。


 また空が鳴る。もう一本セルを叩きこんだ。


 塔と塔のあいだの広い通りに出たときだった。通りの向こうからエンジンの唸りが近づいてくる。


 俺の車だった。誰も乗っていない車が、瓦礫を踏み越え、炎の中を突っ切って、まっすぐこちらへ走ってくる。


<< 乗ってください! >>


 車が俺の目の前で横滑りしながら止まり、扉がひとりでに開いた。転がりこむように飛びこむ。


<< 出して! >>


 念じるより先に、車は急発進していた。


 ◇


 外周を抜けて追ってくる物がいなくなるまで、俺はずっと窓の外を振り返っていた。外周の端まで追ってきたホーネットを窓から身を乗り出して拳銃で撃ち落とし、外周の手前まで落ちてきた砲撃に車のシールドを一度大きく削られながら、ユメサキへ続く道に出てようやく何もいなくなった。


 俺は座席に深く体を沈める。


 強化服のシールドはほとんど残っていない。逃げるあいだに何度もセルを叩きこんでいたが、数えてみれば四本も使っていた。盾の腕輪のエネルギーは空だ。


<< ……アカリ >>


<< はい >>


<< 死ぬかと思った >>


<< はい。わたしも少しだけそう思いました >>


 アカリの声がいつもより小さかった。


 天井を見上げて大きく息を吐き出す。これが泥棒の代償か。


 盗んだのは首飾り一つだ。それだけで通りじゅうの建物から機械が湧き、屋上の砲台が一斉に狙いを定め、目印役が三機ついて砲撃が雨のように降った。


 盾がなければ最初のホーネットの群れで身動きが取れなくなっていたし、ナイフがなければ路地の角で捕まっていた。強化服のシールドと五倍のセルがなければ砲撃で吹き飛ばされていたし、車が迎えに来なければ広い通りで逃げ場を失っていただろう。どれか一つでも欠けていたら、生きて帰ってこられなかった。


 普通のハンターが普通の装備で同じことをしたらどうなるか、考えるまでもなかった。東の二級や三級の連中ならあの群れを正面から片づけられるのかもしれないが、そういう連中はこんな所には来ず、神戸へ行く。


 割に合わない、と言われるわけだ。


 ◇


「首飾りか」


 ゲンの店のカウンターに首飾りを置くと、ゲンは灯りにかざしてしばらく黙りこくった。鎖の模様を指でなぞり、石を光に透かす。


「いい物だな」


「でしょう」


「旧時代の細工物だ。これだけの物はなかなか出てこん」


 俺は少しだけ身を乗り出した。


 ゲンは帳面を開き、計算機を弾く。だが、示された数字に俺は目を瞬かせた。


 装甲の球、サーベイヤーの中枢三十個分。


「それだけ、ですか」


「不満そうな顔だな。いい値だぞ」


 ゲンは首飾りを布に包みながら言った。


「細工物を欲しがるのは坂の上の連中だけだ。それも見せびらかすためにな。服は着られるから欲しがる奴が多いが、首飾りは着けて歩く場所がない。欲しがる奴が少なけりゃ値もそこそこだ」


「でも、旧時代の細工物ですよ。もう少しつくかと思ったんですけど」


「芸術じゃ腹は膨れん」


 ゲンはあっさりと言い放った。


「旧時代にどれだけの値打ちがあった物かなんて、今は関係ない。今の連中が欲しがる物が高いんだ。今の時代、一番高く売れるのは旧時代の機械だ。動く物、使える物。お前も十七年やってりゃ知ってるだろう。お前が中央に持っていった端末、ずいぶんな値がついたそうだな」


 あの記録端末は、中央の買取所でサーベイヤーの中枢百個分になった。


「あれと比べりゃこんな首飾り、飾りだ」


 知っていた。飾りなのは最初からわかっていたのだ。わかっていて、旧時代の値札の数字に目がくらんで賭けたのだ。


 カウンターに突っ伏しそうになるのを、どうにかこらえた。シールドセル四本と盾のエネルギーと強化服のシールド、それに寿命が縮むかと思うほどの砲撃の雨。それらと引き換えにして、三十個分。


 服の代金と合わせれば黒字ではある。黒字ではあるのだが、どう考えても割に合わなかった。


「どうした。不満か」


「……いえ。勉強になりました」


「ならいい」


 ゲンは首飾りの代金を俺の端末に振りこんだ。


 ◇


 その夜、新しい家の居間で俺はアカリに言った。


<< 次にもし盗むなら、機械にする >>


<< ……アラタさん >>


<< うん。どうせ追いかけ回されるなら、背嚢いっぱいに旧時代の機械を詰めて盗む。端末でも部品でも何でも。首飾り一つで追い回されるより、ずっといい >>


 盾の腕輪のエネルギーをもっと持つようにし、シールドセルも多く持っていく。逃げ道を先に決めておき、車を最初から近くに待たせておく。どうせ同じ目に遭うのなら、それくらいの準備はいる。


<< アラタさん、少し欲張りになりましたね >>


<< そうかも >>


 否定はできなかった。


<< でも、もっとまともな手もあるよね。盗まなくて済む手 >>


<< と言いますと? >>


<< クオタだよ。クオタがもっとあれば全部ちゃんと買える。服も首飾りも。ねえ、クオタって、配られる分のほかに増やす方法はないの? >>


<< ありますよ >>


 アカリはあっさりと答えた。


<< 旧時代の住民の方は、配られる分だけで暮らしている方もたくさんいました。でもそれ以上が欲しい方は、ほかの方にクオタを送ってもらっていました >>


<< どうやって? >>


<< はい。便利な物を考え出したり、面白い物を作ったり、何かで素晴らしい腕を見せたりすると、それを良いと思った方がクオタを送ってくださるんです。旧時代の住民の方は働く必要がありませんでしたから。皆さんそういうことをして過ごしていました >>


 働かなくていい世界。好きなことをして、それを良いと思った誰かからクオタが届く世界。俺には想像もつかなかった。


<< でもそれって、送ってくれる誰かがいないと無理だよね >>


<< はい >>


<< 今、住民は俺しかいないんでしょ >>


<< はい。地上にはアラタさんお一人です >>


 だったら、送ってくれる誰かなんてどこにもいない。


 俺は天井を見上げた。この家の天井には、前の安アパートのような染みがない。


<< まあ、今はいいや。俺はハンターだし >>


<< はい。今はそれでいいと思います >>


 アカリはどこか含みのある声で言った。何か知っていそうな言い方だったが、問い詰める気力は湧かなかった。


 今日はもう、くたくただ。

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