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第15話 これは道具です

 偵察の翌日は、三日の巡りでいえばちょうど休みの日にあたっていた。


 昨日の疲れは、体よりも頭の方に重く残っている。


 目を覚まして、新しい家の寝室の天井を見上げた。前の部屋より高い天井には、染み一つない。


<< おはようございます、アラタさん。昨夜の分の復習から始めましょう >>


 目の前に光る板が開いた。


 中等教育の勉強を始めて二週間になる。


 基礎教育とは中身の重さが違っていた。言葉や数の決まりごとを覚えるだけでなく、その決まりがなぜそうなっているのかまで踏みこんでいく。物が動く仕組みは物が動く理由になり、機械の基礎は設計の考え方へと変わっていった。


 それでも頭には入った。睡眠学習で入った知識が、朝の勉強でしっかりと根を張っていく。その手応え自体は基礎教育のときと変わらない。


 ただ、とにかく量が多かった。三か月という見立ては、おそらく正しい。


<< 今日はここまでにしましょう >>


<< うん。アカリ、少し昨日のことを整理したいんだけど >>


<< はい。わたしもそのつもりでした >>


 ◇


 居間の卓に、光る板をもう一枚開いてもらった。


 姫路駅遺跡の地図だ。昨日歩いた道が細い線で描かれている。外周から一つ目の輪、そして二つ目の輪へ。線の途切れたあたりには、赤い印がいくつも散らばっていた。


<< この赤い印が、昨日砲撃が落ちた場所です >>


<< 多いね >>


<< はい。二つ目の輪の、この広い通りのあたりに集まっています >>


 アカリが地図の上をなぞった。


<< 砲撃は、目印役のスポッターが目印をつけた所に落ちてきます。スポッターは空の開けた場所を飛びますので、塔と塔のあいだの狭い所には入ってきません >>


<< じゃあ狭い所を通っていけば >>


<< 目印をつけられにくくなります。それにスポッター自身は攻撃してきません。見つけたら先に落としてしまえばいいんです。狙撃銃なら、届く前に落とせます >>


 地図に描かれた、塔と塔のあいだの細い道を目で追った。


 広い通りを避けて狭い道を縫っていく。空を見張りながら、目印役が近づく前に遠くから撃ち落とす。


<< それから、跳ぶ獣のリーパーですが >>


 アカリが地図の別の場所を指した。塔の壁を跳び渡っていた、あの四本脚の機械を見かけた場所だ。


<< あの機械は広い場所で、高い所から跳びかかってきます。狭い所に誘いこめば跳べなくなります >>


<< それができれば苦労しないけどね >>


<< はい。そこが難しいところです >>


 アカリは少しだけ困ったように笑った。


 どれも理屈はわかる。だが昨日の砲撃の雨の中で、それをすべてやりきれたかと言われれば怪しかった。


<< 正直、守りが足りないと思う >>


<< はい。わたしもそう思います >>


<< 昨日シールドセルを三本使った。住宅街なら一か月かかっても使わない数だよ。強化服のシールドで受けるのには限りがある >>


<< でしたら、作りましょう >>


 アカリは楽しそうに言った。


<< 身を守るための物は、一般市民の権限でも幅広く作れますから >>


 ◇


 作業部屋の卓に素材を並べた。


 昨日、姫路駅遺跡から持ち帰った装甲のドローン、ホーネットの装甲の殻。火を噴くドローン、ファイアフライの厚い外板。それから、住宅街の家から持ち帰った旧時代の家具の骨組みだ。


<< 何を作るの? >>


<< 手首に付ける盾です >>


<< でも、盾を持ってたら銃が撃ちにくいよ >>


<< 持つ盾ではありません。必要なときだけエネルギーで広げる盾です >>


 アカリに言われ、左の手首を卓の上に置いた。右の手首にはマークがある。盾を付けるなら左の方が都合がいい。


 右手を素材の上にかざす。


 マークがかすかに光り、素材が銀の粒にほどけていく。粒は左手首のまわりに集まり、ぐるりと巻きついた。冷たい感触が手首を一周する。


 光が引いたあとには、薄い腕輪がはまっていた。黒っぽい、艶のない金属の輪だ。幅は指二本ぶんほどで、重さはほとんど感じない。


<< 広げてみてください。盾を出す、と思うだけで大丈夫です >>


 左腕を前に出し、心の中で念じた。盾。


 腕輪から光が広がった。


 薄い青い膜が左腕の前に丸く開き、大人の上半身がすっぽり隠れるほどの大きさになる。向こう側が透けて見えるのに、確かにそこに何かがあるという手応えが腕に伝わってきた。


<< エネルギーで作る盾です。弾も爆風も熱も受け止めます >>


<< 強化服のシールドと何が違うの? >>


<< 強化服のシールドは、体のまわりを全部薄く包みます。どこから撃たれても守れますが、そのぶんエネルギーをたくさん使います。この盾は前だけを厚く守ります >>


<< 後ろはがら空きってこと? >>


<< はい。そのかわり同じ一発を受けるのに、強化服のシールドよりずっと少ないエネルギーで済みます。砲撃や正面からの撃ち合いでは、こちらで受けた方がずっと長く持ちますよ >>


 前から来るとわかっている物は盾で受け、どこから来るかわからない物は強化服のシールドに任せる。


 盾を消し、もう一度出してみる。出す、消す、出す。思った瞬間に膜が開き、思った瞬間に消える。銃を持ったままでも、左腕を少し上げるだけで自然に構えられた。


<< それと、もう一ついいことがありますよ >>


<< 何? >>


<< 右の手首にも同じ物を付けておけば、マークが隠れます。飾りの腕輪に見えますから >>


 右手首の内側を見た。四つの四角がかすかに青く光っている。確かに、それはありがたかった。


<< 右には、盾の働きのないただの輪を付けておきましょう。左右で揃っていた方が自然です >>


<< アカリ、気が利くね >>


<< ありがとうございます >>


<< 今度は本当に褒めてるよ >>


<< はい。わかっています >>


 ◇


 盾は裏庭で試すことにした。


 壁際まで続く広い庭の真ん中に、廃材で杭を一本立てる。腕輪の盾は腕から離しても、短いあいだならその場に張っておけるらしい。杭の前に盾を広げて固定し、十歩ほど下がった。


 中型弾頭のライフル、レネゲードを構え、引き金を引く。


 放たれた弾を、青い膜が正面から受け止めた。表面に波紋のような光が広がって消え、弾は膜の手前で潰れて、ぽとりと地面に落ちた。膜は揺らぎもしない。


 最後に、大型弾頭のハンドキャノンであるアンヴィルを抜いた。


 狙いを定めて三発続けて撃ちこむ。


 さすがに膜が大きくたわみ、波紋が膜じゅうに走った。それでも、弾が向こう側へ抜けることはなかった。


<< エネルギーの減りはどう? >>


<< 今の三発で、強化服のシールドなら一発分くらいです。使わずにいれば、強化服のエネルギーからゆっくり戻ります >>


 あの大型弾頭を三発受けて、たったそれだけですむ。昨日の砲撃の雨をこれで受けていたら、シールドセルは一本も使わずに済んだかもしれない。


 ◇


 作業部屋に戻り、一息ついてから切り出した。


<< もう一つ、作りたい物があるんだ >>


<< 昨日のリーパー。あれ、銃だけだと厳しいと思う。大きいし硬いし跳ぶし。弾を当てても、倒れる前にこっちが潰される気がする >>


<< はい。わたしもそう思います >>


<< 何かない? あいつを一撃で止められるような物 >>


 アカリは少し考えるような顔をした。


<< ナイフは、いかがですか >>


<< ……え? >>


 思わず聞き返してしまった。


 ナイフなら持っている。だがそれは遺跡で配線を切ったり、部品の留め具をこじ開けたりするための、ただの刃物だ。警備機械に向けて使うことなど考えたこともない。今の時代のハンターは誰もが銃で戦う。刃物を持って機械に向かっていく者など、まず見かけない。


<< 旧時代の住民の方は、皆さんナイフを持っていました。一般の住民の方が普通に手にできたナイフです。刃をエネルギーで作ります >>


<< 光の刃みたいな? >>


<< はい。旧時代の基準ではごく普通の道具です。でも今の時代の物と比べたら、ずっとよく切れると思います >>


 首をかしげ、少し考えた。


<< でもそれって武器じゃないの? 一般市民の権限じゃ、攻撃のための物は作れないんでしょ >>


<< 武器ではありません >>


 アカリはきっぱりと言い切った。


<< これは、旧時代の一般の住民の方が普通に使っていた道具です。暮らしの道具でしたら一般市民の権限でお作りできます >>


<< でも警備機械を切るんでしょ >>


<< 警備機械を切るのも、物を切ることには変わりありませんから >>


 思わず笑ってしまった。


<< それ、また解釈ってやつ? >>


<< はい。解釈です >>


 アカリは少しも悪びれずに笑い返した。


 ◇


 ナイフの作成は、腕輪のときよりも少し手こずった。


 素材として卓に並べたのは、昨日持ち帰ったホーネットの装甲の殻と、住宅街の家から回収した旧時代の台所の刃物だ。右手をかざすと、銀の粒が集まって形を作っていく。


 組み上がったのは、柄だけのナイフだった。手のひらに収まる黒い柄で、刃はどこにもついていない。柄の尻から細い線が一本伸びていた。


<< その線を強化服の腰の差し込み口に繋いでください。強化服のエネルギーから刃を作ります >>


 強化服を着こみ、柄の尻から伸びる線をセルとは別の腰の差し込み口に繋いだ。


<< 刃を出す、と思ってください >>


 出す、と念じる。


 柄の先から光がすっと伸びた。


 青白い細身の刃だ。前に持っていたナイフの倍は長く、肘から指先ほどまである。光でできているはずなのに輪郭がぼやけることもなく、研ぎ澄まされた鋼のように縁がくっきりと鋭い。


<< 長さは思うだけで変えられます。短くすれば細かい作業にも使えますよ >>


 念じると、刃が指一本ぶんの長さにまで縮んだ。もう一度念じれば、肘までの長さにすっと戻る。


<< 何か切ってみてください >>


 作業部屋の隅に、ホーネットの装甲の殻の残りが転がっていた。小型弾頭の拳銃では正面から撃っても弾かれた、あの頑丈な殻だ。


 拾い上げて作業台の上に立て、光の刃をそっと当ててみる。


 手応えがまるでない。


 刃は殻の縁にすっと沈みこみ、何一つ抵抗を感じさせないまま反対側へ抜けた。殻が二つに分かれて作業台の上に転がる。その切り口は、まるで鏡のように滑らかだった。


 しばらく言葉が出なかった。


<< ……これ、普通の道具なんだよね >>


<< はい。旧時代の住民の方が、ごく普通に手にしていたナイフです >>


 鏡のような断面を、もう一度見下ろす。


<< 旧時代の人って、どんな暮らしをしてたんだろうね >>


<< とても便利な暮らしだったと思います >>


 アカリは少しだけ懐かしそうな顔をした。


 ◇


 夕方になり、裏庭に出てナイフを振ってみた。


 光の刃には重さがない。いくら振っても腕が持っていかれることはないが、そのぶん、どこまで刃が届いているのかを体で正確に覚えておかなければ、自分の足さえ切りかねない。


 トレーニングの部屋から旧時代の器具の残りの金属の棒を何本か持ってきて、杭に立てかけた。踏みこんで一閃する。金属の棒が音もなく二つに分かれた。もう一本、さらに一本と斬っていく。


 何度か繰り返すうちに、刃の長さと踏みこみの深さが体の中で噛み合ってきた。


 銃で撃つのとは勝手が違う。近づかなければ当たらないし、近づけば相手の攻撃も届く。だが、ひとたび届きさえすれば、どれほど硬い相手であっても一瞬で終わらせられるはずだ。


 左腕の盾を広げて前から来る攻撃を受け止め、右手で刃を振るう。


 悪くない、と思った。


<< リーパーとの戦い方が少し見えてきましたか? >>


<< うん。少しね >>


 跳びかかってくる一撃を盾で受け、受け止めた瞬間に懐へ踏みこむ。そして脚の関節を刃で断ち切る。


 口で言うのは簡単だ。だが、昨日塔から塔へ跳び渡っていたあの巨体を思い返しても、もう手も足も出ない相手だとは思わなくなっていた。


 日が沈んでいく。庭の向こうに見えるユメサキの壁が赤く染まっていた。


 次に姫路駅遺跡へ潜るのは二日後だ。


 もちろん、いきなりリーパーに挑むつもりはなかった。まずは外周と一つ目の輪で、稼ぎになるかどうかを確かめるのが先決だ。ホーネットの殻やファイアフライの外板、屋上の砲台であるセンチネルの部品。どれがどれほどの値で売れ、どれが良い素材になるのか。


 姫路駅遺跡で、ハンターとして食っていけるかどうか。


 それを確かめるのが、何よりも先だった。

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