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第14話 威力偵察

 ユメサキの壁沿いの道を回りこみ、車を東へと走らせた。


 ハンドルには触れていない。


<< この先、道が崩れています。左へ寄せますね >>


 アカリの声が頭に響くと同時に、車輪が滑らかに向きを変え、車体がひとりでに左へと寄った。崩れ落ちた路面の縁を、太いタイヤが器用に避けて抜けていく。


 車の制御はすべてアカリが引き受けていた。前の持ち主が使っていたという既存の自動運転とは、もはや比べものにならない。転がる瓦礫の大きさや路面に走るひびの一本一本まで見極め、もっとも揺れが少ない道を選んで走っていく。


<< アラタさん。少しご自分で動かしてみますか >>


<< ハンドルで? >>


<< いいえ。頭の中でです >>


 言われるままに前方の道を見据え、右へ曲がりたいと意識を向けた。


 それだけで、車輪がすっと右へ切れ、車体が傾く。


 思わず膝の上で両手を握りしめた。ハンドルにも足元の踏み板にも触れていない。それなのに、車は俺の思い描いたとおりの角度で曲がり、思い描いたとおりに速度を落とした。


<< 念話と同じです。車の方を向いて話しかけるつもりで思えば、伝わりますよ >>


<< これ、撃ちながらでも動かせるってこと? >>


<< はい。両手が塞がっていても、車は走ります >>


 ハンドルから手を離したまま、窓から銃を出して撃てる。追ってくる機械から逃げ回りながらでも、正確に撃ち返せる。便利という一言では到底片づけられない代物だった。


 ◇


 姫路住宅街遺跡を右手に見ながら、さらに東へと車を進める。やがて見慣れた平屋や二階建ての家並みが途切れ、窓の外の景色が一変した。


 行く手に現れたのは、見上げるような建物の群れだった。住宅街の家など足元にも及ばない。空に向かって何十階もの高さまで伸びた無数の塔が立ち並び、その塔と塔のあいだを、蜘蛛の糸のように細い渡り通路が何本も繋ぎ止めている。


 姫路駅遺跡だった。


 遠くからその輪郭を眺めたことは何度もある。だがここまで間近に迫ったのは初めてだった。


<< でかいね >>


<< はい。この地区の中心です。駅を真ん中にして、まわりに街が広がっていました >>


 アカリの言葉とともに、視界の端に立体的な地図が展開された。


 住宅街遺跡の地図とは規模の桁が違う。中央の駅を起点にして、建物と道が網の目のように幾重もの円を描いて広がっている。俺たちが今いるのは、そのもっとも外側の端だった。地図のずっと奥、駅の足元あたりに、二つの小さな光が明滅している。


<< あそこが試験の建物です。もう一つが姫路支部の役所ですね >>


 遠い、と思った。ここから塔の群れを何重にも潜り抜けた先だ。今の場所からは建物の影すら見通せない。


<< ねえアカリ。ここを守ってるAIって、どんなやつなの? >>


 アカリは困ったように眉を下げて笑った。


<< わたしの同僚のような方です。この駅のまわりの担当をしています。とても真面目な方なんですよ >>


<< 真面目ってどのくらい >>


<< 規則を一文字も曲げない方です >>


 アカリは視界の中で、立ち並ぶ塔の群れへと視線を向けた。


<< 実は、アラタさんのことを先ほど少しだけお話ししてみました。住民の方がお仕事でそちらへ伺います、と >>


<< それで? >>


<< お断りされました。住民の方が地区の警備設備を壊すのは規則違反です、と。わたしの解釈は聞いていただけませんでした >>


 つまりここでは住民登録など何の意味も持たないということだ。姫路じゅうの警備機械を壊して部品を持ち帰ってきた俺は、あの真面目な管理AIの目には、単なる規則破りとして映っている。


<< 襲ってくるってことだね >>


<< はい。全力で >>


 ◇


 外周の崩れかけた建物の陰に車を滑りこませ、エンジンを止めた。


 いきなり奥へ突っ込むつもりはない。今日の目的は偵察だ。それに本格的に踏み込む前にもう一つ、済ませておかなければならないことがあった。新しい銃を、この体に完全に馴染ませることだ。


 試し撃ちの場で何度か引き金を引いてはみた。だが遺跡の現場で動き回る相手に放つのとは勝手が違う。十年近く使ってきた古い銃の感触が、まだ掌に染みついている。その癖を、すべて新しい得物の感触へと上書きしなければならない。


 外周の端には警備機械の姿がまばらに見え隠れしていた。このあたりまでは、駅のAIも本腰を入れて守ってはいないらしい。


 最初に手にしたのはレネゲードだった。


 中型弾頭を用いる、レバー式のライフルだ。一発撃つたびに、引き金の下にある用心金ごとレバーを前後に押し引きし、次の弾を薬室へ送りこまなければならない。前のライフルは指先一つで次々に弾を放てたため、この一手間が最初は酷くもどかしく感じられた。


 崩れた壁の向こうで、機銃の砲台であるタレットが一台、首を巡らせている。


 引き金を絞る。レバーを弾き、再び引く。


 二発目の発射が一拍遅れた。レバーを操作する拍子に、照準がわずかに目標から逸れてしまったからだ。


 すぐ隣の壁際にもう一台。撃ち、レバーを引き戻す。今度は指先を動かしながら同時に照準を元の位置へ引き戻す流れを意識した。最適化された神経は、一度頭で理解した動作を恐ろしい速さで肉体に叩きこんでいく。三台目を視界に捉える頃には、レバーをさばく手応えと照準の復元が、滑らかな一連の動作として繋がっていた。


 連射の手間と引き換えに得られる一発の重みは格別だった。前のライフルの倍は重い一発が、分厚い装甲の上からでも確かに効いているのがわかる。


 次にオスプレイを構えた。


 遠距離の敵を捉えるための、細く長い銃身を持つ狙撃銃だ。瓦礫の隙間に腹ばいになり、遠くそびえる塔の屋上へスコープの十字を合わせる。


 レンズの奥に、見覚えのある歪な輪郭が拡大された。センチネルだ。住宅街の奥で手を焼いた狙撃砲台が、塔の縁にしっかりと据えつけられている。向こうはこちらの気配にまだ気づいていない。


 ゆっくりと息を吐き出し、砲身の腕の付け根の後ろ、黄色い細い筒に十字を重ねた。風の抜け方と距離を測り、狙いをわずかにずらす。最適化された視覚が、遠く離れた屋上の細部を手にとるように鮮明に捉えていた。


 引き金を引く。


 乾いた発射音から一呼吸置いて、遥か高みの屋上で砲台が黒煙を吹き上げた。


 最後に、アンヴィルを引き抜く。


 大型弾頭を装填する大口径の拳銃だ。片手で扱うにはあまりに重く、無骨な塊のような銃身をしている。腰に下げていたかつてのお守りなど足元にも及ばない。


 崩れた開口部から、機関銃を抱え込んだ小型のドローン、ワスプが一機、鋭い金属音を響かせて飛び出してきた。


 正面から太い銃口を突きつけ、引き金を絞る。


 凄まじい衝撃が腕を駆け抜け、肩の奥まで突き抜けた。強化服がその反動の大部分を殺してくれたものの、それでも銃口が大きく跳ね上がる。


 標的のあった空間には、もはや何も残っていなかった。推進器だけを撃ち抜くつもりだったが、着弾の威力そのものが機体を木っ端微塵に破砕していた。


<< これは売る部品が残らないね >>


<< 小さな機械には強すぎますね >>


 大型弾頭はもっと硬い装甲を持つ相手のためのものだ。小型の相手なら、同じ拳銃でも小型弾頭を使うバーレッタで十分に事足りる。


 どの銃も、一刻も経たないうちに肌の一部のように馴染んでいった。どの機械に、どの銃を撃ちこむべきか。考えるよりも早く、指先が勝手に動き出すところまで仕上がっていた。


<< そろそろ奥へ行ってみますか >>


<< うん。行こう >>


 ◇


 外周の境界を越え、最初の塔の群れへと足を踏み入れた瞬間、肌を撫でる空気が明らかに変わった。


 頭上から、低く濁った羽音が降ってくる。


 見上げると、塔と塔のあいだの薄暗い空を、小さなドローンが何機も旋回していた。ワスプに似た形をしているが、胴回りが一回り太い。何より機体の前半分が、分厚い装甲の殻にすっぽりと覆われていた。


<< ホーネットです。前は硬い装甲で弾が通りにくいです。弱いところは後ろの推進器ですね。それから電気の弾を撃ってきます。当たると少しのあいだ体が痺れますよ >>


 そのうちの一機がこちらを感知し、空中で機首を反転させた。装甲の殻が正面を向き、その真下から青白い光の球が撃ち出される。


 即座に横へと身を投げた。光の球は俺が立っていた背後の壁に当たり、激しい火花とともに弾け散る。細い稲妻のような光が、壁面をばちばちと這い回った。


 身を起こしながら、小型弾頭のバーレッタを正面の殻に向けて二発撃ちこむ。硬い音とともに弾丸が跳ね返された。威力を引き上げた弾頭であっても、正面の重装甲を抜くことはできない。


 狙うべきは後ろだ。


 ホーネットが二発目の光球を放とうと、射角をつけるために機体をわずかに前傾させた。その一瞬、装甲の陰から背面の推進器が覗く。


 引き金を引いた。


 推進器の一つが火を噴き、機体がバランスを崩してよろめく。慌てて体勢を立て直そうと旋回した拍子に、残りの推進器が完全にこちらを向いた。そこへ間髪入れずに二発を叩きこむ。


 甲高い駆動音を途切れさせ、ホーネットが路面へと叩きつけられた。


 だが、その落下音を引き金にしたように、隣の塔の陰から別の重い影が滑り出てきた。


 さっきのドローンよりもさらに一回り大きく、ずんぐりとした胴体をしている。全身を隙間なく分厚い装甲板で固め、腹の下から垂れ下がった長い首のような筒が、不気味に左右へと揺れていた。


<< ファイアフライです。あの筒から火を噴きます >>


 垂れ下がっていた筒先が、滑らかにこちらを捉えた。


 次の瞬間、轟音とともに路地が灼熱の橙色に染まった。


 視界を埋め尽くすほどの火炎が押し寄せてくる。強化服の装甲越しにでも皮膚を炙るような熱気が伝わり、俺は転がるようにして近くの建物の戸口へ身を滑りこませた。強化服のシールドの残りが、じりじりと減っていく。


<< 火を噴いているあいだ、筒の付け根の燃料の容れ物が見えます。黄色い丸い物です >>


 炎の勢いがふっと途切れた。


 壁の縁から素早く身を乗り出す。ファイアフライは次の放射に備え、筒の付け根を蛇腹のように膨らませていた。その隙間に、鮮やかな黄色に塗られた球状の容器が覗いている。


 炎が再び噴き出す前に、肩に当てていたレネゲードの引き金を引いた。


 中型弾頭が球体を正確に粉砕する。漏れ出した高熱の燃料に自らの火が引火し、機体は内側から激しく火を噴いた。黒煙を吹き上げながら、鉄の塊がゆっくりと路面へと沈んでいく。


 路地には焼け焦げた嫌な臭いが立ち込めていた。火が収まるのを待って、ホーネットの装甲の殻と、焼け残ったファイアフライの厚い外板を背嚢に収める。


<< 一体ずつなら、なんとかなるね >>


<< はい。ただ、ここから先は一体ずつでは来ないと思います >>


 ◇


 アカリの予測は寸分違わず当たっていた。


 二つ目の塔の群れへと足を踏み入れた途端、周囲の屋上という屋上に、あの狙撃砲台センチネルが据えつけられているのが見えた。一台や二台ではない。確認できるだけでも五台。それぞれが異なる塔の頂から、眼下に広がる大通りを監視している。


 通りに一歩足を踏み出せば、瞬時に五方向からの十字砲火に晒される配置だった。


 俺はオスプレイを構え、物陰から物陰へと移動しながら、一台ずつ順番に処理していった。瓦礫の陰から半身を出して一発撃ち、着弾を確認する間もなく別の柱の裏へと滑りこむ。残された砲台が射線を求めて一斉に首を回し始めるが、その照準が定まるよりも早く、次の射撃位置へと身を移す。


 そうして三台目を撃ち落とした直後、背後を鋭い衝撃が掠めた。


 四台目の砲台に、こちらが引き金を引くよりも先に位置を捉えられていた。背中に衝撃が走り、シールドの値が一気に削り取られる。


 舌打ちしながら、腰の差し込み口にシールドセルを一本、迷わず叩きこんだ。住宅街を縄張りにしていた頃には、もう何週間も手を伸ばすことのなかった消耗品だ。


 体のまわりに薄い膜が張り直される。すぐさま身を捻って四台目の弱点を撃ち抜き、最後に残った五台目を仕留めて、ようやく通りに静寂が戻った。


 喉の奥が乾き、呼吸がわずかに荒くなっていた。


<< まだ入口だよね >>


<< はい。地図で言うと、外から二つ目の輪のあたりです >>


 視界の地図を見やるが、光る目的地の印は遥か奥底に沈んだままだ。


 だがここまで入り込むことはできた。屋上に群がる砲台も、装甲をまとったドローンも、火を噴く機械も、一つずつ確実に潰していけば対処は可能だ。このまま慎重に歩みを進めていけば、いずれは最奥へも手が届く。その手応えは確かにあった。


 そう確信した、まさにその瞬間だった。


 頭上を、細い風切り音が横切る。


 見上げると、極端に細身のドローンが一機、頭上を通過していくところだった。武器も装甲らしきものも見当たらない。ただ、その腹の下から一本の細い光が垂れ下がり、それが俺の足元をすっと撫でていった。


<< スポッターです! アラタさん、その場から―― >>


 アカリの切迫した叫びが終わるより先に、遥か上空の大気が軋むような音がした。


 ひゅう、と何かが高いところから落ちてくる、耳障りな甲高い音。


 考える間もなく、足が勝手に地を蹴っていた。


 直後、つい先ほどまで立っていた場所に何かが着弾した。


 轟音とともに、地面が激しく爆ぜる。


 猛烈な爆風に背中を薙ぎ払われ、前のめりに転がった。破砕された瓦礫が雨のように降り注ぎ、背中のシールドをごっそりと削り取っていく。


<< 砲撃です! スポッターが目印をつけて、遠くのボンバルディアが撃ってきています! >>


 起き上がりざまに空を仰ぐ。あの細身のドローンはまだ頭上に留まり、その腹から伸びる光の線で、再び俺の足元を捉えようとしていた。


 またしても空が鳴る。


 走る。すぐ背後で地面が吹き飛ぶ。遮蔽物の陰へ飛び込み、さらに走る。着弾の衝撃に煽られながら、走りざまに二本目のセルを腰へと叩きこんだ。


 どこから撃ちこまれているのかがわからない。弾道は塔の群れの遥か彼方から、巨大な放物線を描いて頭上へと降ってきている。撃ち返そうにも、相手の位置すら掴めない。


<< 先にあの細いドローンを! あれが目印をつけています! >>


 言われなくてもわかっている。


 走りながら腰からバーレッタを引き抜いた。頭上を悠々と旋回するスポッターの、針のように細い推進器へと銃口を向ける。


 意識を一点に絞る。視界の端が狭まり、周囲の時間の流れが緩やかに引き延ばされていく。


 引き金を引いた。


 放たれた弾丸が推進器を捉え、目印役のドローンは錐揉み状態になりながら瓦礫の中へと墜落していった。


 空を切り裂く落下音が止み、一時の静けさが戻る。


 近くの建物の瓦礫の陰へ飛び込み、崩れた壁に背中を預けた。息を整えながらシールドの残量計を確認する。二本目のセルを使ったばかりだというのに、数値はすでに半分を割り込んでいた。


<< 今のがここのやり方か >>


<< はい。目印をつける機械と遠くから撃つ機械が、組んで動いています。目印役を落とせば砲撃は止まります。でも目印役は一機だけではありません >>


 息を殺して見上げると、塔と塔の隙間の空にあの細い影が新たに二つ、こちらへ向けて高度を下げてくるのが見えた。


 それだけではない。


 そのさらに奥深くで、巨大な何かが塔の壁面を蹴り砕く鈍い音が響いた。


 巨大だった。獣を思わせる四本の長い脚を持った異形の機械が、塔の外壁から外壁へと、信じがたい跳躍を繰り返して渡っていく。着地するたびに、遠く離れたこの足元まで微かな地響きが伝わってきた。


<< リーパーです。跳びかかってきます。今のアラタさんの装備では、目印役と砲撃と一緒に相手をするのは―― >>


<< わかってる >>


 引き際だった。


 十七年のあいだ、この危険な世界で生き延びてこられたのは、腕っぷしが飛び抜けていたからではない。引くべき瞬間を正しく見極めてきたからだ。


<< 帰ろう、アカリ。今日はここまでだ >>


<< はい。車まで一番安全な道をご案内します >>


 ◇


 車へ戻る道中でもう一本のセルを消費し、運転席へ滑り込んだときには、都合三本のシールドセルを使っていた。


 意識を向けて車を発進させ、アカリが選んだ退路を走らせる。俺は窓から身を乗り出し、執拗に追ってきたホーネットの一機をレネゲードで撃ち落とした。


 外周の境界線を越えると、機械たちの追撃は潮が引くように止んだ。


 ユメサキへと戻る平穏な道に出て、俺はようやく深い息を吐き出した。


<< お疲れさまでした >>


<< 完全に追い返されたね >>


<< はい。でも外から二つ目の輪までは、行けましたよ >>


 アカリの声に応じるように、視界の隅に地図が灯る。


 今日歩いた軌跡が、一本の細い光の線となって記録されていた。外周から一つ目の輪を抜け、二つ目の輪の途中で途切れている。その先は、依然として暗い空白のままだ。試験の建物と役所を示す二つの印は、その空白の遥か奥深くに沈んでいる。


 遠い。けれど、決して届かない場所だとは感じなかった。


 どこにどんな機械が配置され、それらがどう連携して動くのか。今日の威力偵察でその一端が掴めた。仕組みがわかれば、必ず対策は立てられる。目印役を真っ先に叩き落とす手順。砲撃の死角となる通路の選定。あの跳躍する獣と正面からぶつからずに済む道筋。


 一つずつ、確実に崩していけばいい。


<< 次はもっと奥まで行こう >>


<< はい。わたしも作戦を考えておきますね >>


 背後の窓の向こうで、姫路駅遺跡の塔の群れが傾く夕日の中に小さく霞んでいった。

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