↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/27

第12話 鑑定

 その夜、部屋の卓の上に布に包んだ記録端末を置いた。


 黒い鏡のような薄い板だ。手首のマークの光が、艶やかな表にぼんやりと映りこんでいる。


<< ねえアカリ。これ、中身を見ることはできないんだよね >>


<< 今の時代の方には、まず開けられないと思います、と申し上げましたね >>


 アカリはいたずらっぽく笑った。


<< わたしは今の時代の者ではありませんので >>


<< 開けられるの? >>


<< 開けることはしません。持ち主の方の鍵ですから。ただ中に入っている記録の写しを取っておくことはできます >>


<< そんなことできるの? >>


<< はい。端末そのものには何の跡も残りません。写しはわたしの中に置いておきます。アラタさんは、いつでも好きなときに読めますよ >>


 俺は少し考えた。


 明日これを中央の買取所に持っていく。鑑定に出せば中身も調べられるだろう。何が入っているかで値が何倍にも変わる、とゲンは言っていた。


 売ってしまえば二度と読めない。567年前に消えた誰かの記録だ。


<< 取っておいて。写し >>


<< かしこまりました >>


 アカリが記録端末の上に手をかざした。触れてはいない。触れられるはずもない。それでも黒い板の表を、細い光の線が一度だけ走った。


<< 終わりました >>


<< もう? >>


<< はい。読まれますか? >>


 読みたいと思った。


 何が書いてあるのか。誰が書いたのか。


 それでも俺は首を横に振った。


<< あとにする。明日、鑑定に出すときに、中身を知ってる顔をしたくない >>


 知らないことは顔に出ない。知っていることは出るかもしれない。


<< では、しまっておきますね >>


 記録端末をもう一度布で包み直した。


 ◇


 中央の買取所は、ユメサキの中心の坂を半分ほど上ったところにあった。


 ゲンの店の何十倍もある建物だ。正面には大きな扉があって、その上にハンター組合の印が掲げてある。扉の前には、銃を提げた警備の人間が二人立っていた。


 中に入ると広い。天井が高く、床は磨かれていて、ゲンの店の油の匂いの代わりに、どこか乾いた紙の匂いがした。壁際には買い取りの窓口がいくつも並び、その前にハンターたちが列を作っている。


 並んでいる連中の装備が、ユメサキの通りで見るのとは違った。強化服も銃も、一目でわかるほど上等だ。東の遺跡から、西へ帰る途中に寄った連中かもしれない。


 俺は居心地の悪さを感じながら、列の最後に並んだ。


 見た目はいつもの型落ちの強化服と、使い込んだ銃だ。中身が旧時代の物になっていることは誰にもわからない。この中ではむしろ見劣りする方だろう。


 それでいい。


 順番が来た。


「お売りになる物は」


 窓口の向こうにいたのは、俺より少し若いくらいの、きちんとした身なりの男だった。


「これを鑑定していただきたくて」


 布をほどいて記録端末をカウンターに置く。


 男の手が止まった。


「……少々、お待ちください」


 男は記録端末に触れずに奥へ引っこむと、すぐに年配の女を連れて戻ってきた。女は白い手袋をはめて、記録端末を両手でそっと持ち上げた。灯りにかざし、裏返し、角を一つずつ確かめる。ゲンと同じ確かめ方だった。ただずっと長かった。


「旧時代の個人用の記録端末ですね」


 女が言った。


「この状態で出てくるのはめったにありません。どちらで見つけられました?」


「姫路住宅街遺跡です」


「姫路のどのあたりで?」


「奥の方の、開かずの扉の向こうです」


「どうやって開けられたのか、伺っても?」


 来た、と思った。


「すみません。それはちょっと」


 俺は愛想よく笑ってみせた。


「ハンターの飯の種なので」


 女はしばらく俺の顔を見ていた。それから小さく息をついて笑った。


「そうですよね。失礼しました」


 ハンターは稼ぎ場所も稼ぎ方も人には言わない。この窓口で働いている人間なら、それはよく知っているはずだった。


 すぐ後ろに並んだ上等な装備のハンターが、黙ってこちらに耳を向けている。


 ◇


 簡単な鑑定はその場で済んだ。


「傷も欠けもなく、作りも旧時代の上等な物です。この場でお出しできるのは、少なくともこの額からになります」


 女が見せた数字は、サーベイヤーの中枢三十個分だった。姫路で一番の稼ぎになる装甲の球の、あの中枢を三十個だ。


 少なくとも。


「ただ、こういう端末は中に何が残っているかで、値が大きく変わります。中身まで調べるには、うちが契約している鑑定の会社に送らなければなりません。お時間をいただくことになりますが」


「どのくらいですか」


「一週間ほどです。中身によっては、今の額よりずっと高くなることもあります」


 俺は考えるふりをした。


 中身はもうアカリの中にある。俺はまだ読んでいない。何が書いてあるのか本当に知らない。だから顔にも出ない。


「お願いします。鑑定に出してください」


「かしこまりました」


 預かり証を受け取って買取所を出た。


 扉の外に出ると、坂の下から乾いた風が吹き上げてきた。


<< 上手に知らないふりができましたね >>


<< 本当に知らないからね >>


<< はい。そうでした >>


 ◇


 鑑定の結果を待つ一週間は、いつもどおりに過ぎた。


 夜は睡眠学習。朝は勉強とクオタ。三日に一度姫路に潜る。


 ただ遺跡の様子が少しずつ変わりはじめた。


 最初に潜った日、浅いところを抜けたあたりで見慣れない顔のハンターたちとすれ違った。三人組で装備がいい。ユメサキの連中ではなかった。


 奥の稼ぎ場まで行くと、さらに何組かハンターの姿がある。狙撃の砲台センチネルのいる通りの手前で、地図を広げて何か話しこんでいる組もいた。


 次に潜った日には、それがもっと増えていた。


<< 人が増えましたね >>


<< うん。噂が回ったんだと思う >>


 姫路住宅街遺跡の奥から、旧時代の記録端末が出た。それもほとんど傷のない物が。


 掲示板を覗くと、もう書きこみがあった。誰が見つけたのかは書かれていない。ただ中央の買取所で旧時代の端末が鑑定に出されたらしい、という話だけがあちこちの板に転がっていた。


 割に合わないと言われていた姫路の奥に、割に合う物が眠っているかもしれない。そう思った連中が一斉に潜りはじめたのだ。


 開かずの扉を無理やり開けようとして、警備機械に追い回されている組も見かけた。


 俺はなるべくそういう連中から離れて、静かに稼いだ。


<< アラタさんのせいで遺跡がにぎやかになりましたね >>


<< 俺のせいって言わないで >>


 ただ名前が出ていないことには、少しほっとしていた。


 ◇


 一週間後、買取所から端末に知らせが来た。


 坂を上ってあの窓口に行く。今度は最初から奥の部屋に通された。


 あの年配の女が、書類を一枚卓の上に置いた。


「鑑定の結果が出ました」


 女は書類の一番下の数字を、指でとんとんと叩いた。


 俺はその数字を三度見た。


 サーベイヤーの中枢百個分。


「中に残っていた記録が、旧時代の暮らしを知る資料としてたいへん価値の高い物だったそうです。研究のために、ぜひ欲しいという買い手がついています」


「……そう、ですか」


 声が少しだけかすれた。


 一か月かけて貯めた金の三倍以上だった。


 いや、それだけじゃない。これまで十七年ハンターとして稼いできた中で、一度に手にしたことのあるどんな額よりも大きかった。


「お売りになりますか?」


「はい。お願いします」


 書類に名前を書きこむ手が少しだけ震えた。


 ◇


 代金の手続きが終わると、年配の女がもう一枚書類を出してきた。


「それとアラタさん。ライセンスの方も更新されますか」


「お願いします」


「はい。端末をお預かりしてもよろしいですか」


 情報端末を渡す。女はそれを窓口の機械にかざして、画面に何かを呼び出した。指で画面を送りながら、ときどき小さく眉を上げる。


「この一か月の記録を拝見しました。サーベイヤーの撃破がかなりの数ですね。浮かぶ重装甲のシュレッダーと、屋上の狙撃の砲台センチネルも。買い取りの記録も、ユメサキのお店の分まで含めてずいぶん伸びています」


 端末には仕事の履歴も買い取りの記録も、全部入っている。ゲンの店で売った分もだ。


「それに今回の記録端末です」


 女は画面から顔を上げた。


「実績は五級に上がる基準を十分に超えています。今回の更新で、六級から五級に上げさせていただきます」


 五級。


 女が端末を機械から外して俺に返してきた。画面の隅の級を示す欄が、六から五に変わっていた。


「おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「ただ、一つだけお伝えしておきますね」


 女は声を落とした。


「姫路住宅街遺跡の実績で上がれるのはここまでです。四級に上がるには、もっと難しい遺跡での実績が要ります」


「わかっています」


 わかっていた。


 ユメサキのハンターは五級で頭打ちだ。姫路住宅街遺跡は駆け出しから中堅までが世話になる遺跡で、五級より上の連中はとっくに東へ移っている。ユメサキに残っている五級は、片手で数えるほどしかいない。


 俺は今その片手の中に入った。


 姫路住宅街遺跡に潜るハンターとしては一番上だ。


 買取所を出て坂の途中で足を止めた。


 坂の上には成り上がった連中の塀。坂の下には俺の育った街。そしてずっと遠く、東の空の下に、まだ見たことのない遺跡がある。


<< 五級、おめでとうございます >>


<< ありがとう。でもここで頭打ちなんだよね >>


<< はい。この先へ行くなら、別の遺跡です >>


 姫路で稼ぎ続けることはできる。今の俺なら、姫路の奥で毎日でも稼げる。危ない目にももうほとんど遭わない。


 それとも東へ行くか。


 まだカードは見つかっていない。技術者や軍人の権限も、まだ一つも取れていない。567年前に何があったのかも、まだわからない。


 その答えはたぶん姫路にはない。


 手甲の下で、手首が温かくなった気がした。


 狩り場を変える時が来たのかもしれなかった。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

続きが気になった方、面白いと感じたら評価をしていただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。