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第11話 新しい権限と開かずの扉

 姫路住宅街遺跡の外れ、いつもの車庫の陰にバイクを入れて、俺は遺跡の奥を見渡した。


 手甲の下で四つになった手首の四角がかすかに温かい。


 基礎教育修了者になって初めての遺跡だ。


 この一か月は潜るたびに窓口のある建物を一つずつ回ってきた。差し出し口はどこも空で、カードはまだ一枚も出てこない。


<< 今日は奥まで行こうと思う。行けるところまで全部 >>


<< はい。わたしもそのつもりでいました >>


 アカリは楽しそうに言った。


 ◇


 姫路住宅街遺跡の奥には開かずの扉がいくつもある。


 鍵のかかった家。鍵のかかった倉庫。鍵のかかった施設の奥の部屋。どれも旧時代のまま、ぴたりと閉じている。


 開けようと思えば開けられないことはない。銃で鍵を撃ち抜くか、工具でこじ開けるか、壁ごと壊すか。ハンターなら誰でも一度は考える。


 ただ無理やり開けようとすると、警備機械が飛んでくる。


 鍵を撃った音を聞きつけて、近くの機械が一斉に集まってくるのだ。見張りのスニッチが鳴き、機関銃を抱えた小型ドローンのワスプが飛んできて、通りの向こうから浮かぶ重装甲のシュレッダーまで滑ってくる。そこからは大立ち回りになる。勝てたとしても、弾もシールドセルもごっそり持っていかれる。


 それで扉の向こうに何があるか。


 大したものはない。


 これはユメサキのハンターなら誰でも知っている。先人たちが身をもって確かめてきたからだ。命がけで大戦闘をして扉を開けて、中にあったのは古い家具と、使い道のわからない機械だけだった。そういう話が掲示板にいくつも残っている。


 ここは住宅街だ。旧時代の人間が暮らしていた家に、とんでもない遺物が眠っていることはまずない。開かずの扉を開ける手間と危険に、中身が見合わないのだ。


 だから姫路の奥には誰も開けていない扉が何百年も手つかずのまま残っている。


 割に合わないから。


 ただそれは、扉を無理やり開けようとすれば、の話だった。


 ◇


 奥へ向かう途中、いつもの稼ぎ場で装甲の球の機械、サーベイヤーを二体狩った。


 見張りのスニッチを先に落とす。交信の隙に駆動軸を抜く。もう体が勝手に動く仕事だ。ワスプが一機飛んできたが、弾の列を半歩でかわして推進器を撃ち落とした。


 シールドは減らなかった。


 足跡の消えたあたりを過ぎて、さらに奥へ入る。家が大きくなり、間隔が広くなる。前に来た奥の役所を通り過ぎて、その先へ。


 そこに見たことのない家並みがあった。


 一軒一軒が塀に囲まれた広い庭を持っている。建物も手前の住宅街の家よりずっと大きい。壁は白く、窓のガラスは一枚も割れていなかった。


<< この辺りは、旧時代でも少し暮らしに余裕のある方々が住んでいた区画です >>


<< お金持ちの家ってこと? >>


<< 今の時代のお金とは少し違いますけれど。暮らしに要る分のクオタが皆さんに配られていましたから。広い家と広い庭を選んだ方々の区画、という意味です >>


 一番手前の家の門に近づく。


 門は閉じていた。取っ手を引いても動かない。その横の壁に、手のひらほどの黒い板が埋めこまれていた。


<< 右手首をその板にかざしてください >>


 言われたとおりにする。


 手甲の下で手首が一度だけ温かくなる。


 門が音もなく横に滑って開いた。


 俺はしばらく動けなかった。


 警報は鳴らない。スニッチも飛んでこない。通りはさっきまでと同じように静まり返っている。


<< 基礎教育を終えた住民の方は、ご近所の家を訪ねることができました。住んでいた方が訪問を受け入れる設定にしていれば、ですけれど >>


 俺は開いた門に向かって小さく頭を下げた。


 567年前に消えた誰かが、今も俺を家に入れてくれる。


 妙な気分だった。


 ◇


 家の中は時が止まっていた。


 玄関の床には埃が薄く積もっているだけだ。空箱や奥の役所よりも、ずっと少ない。扉が閉じていたおかげで、外の砂も風もほとんど入ってこなかったのだろう。


 広い居間に、大きな椅子と低い卓と壁一面の棚。台所には、俺が作ったのとよく似た旧時代の自動調理器が据えつけてある。奥の部屋には大きな寝台。どれも昨日まで誰かが使っていたかのような顔で、そこにあった。


 ただ人だけがいない。


<< アカリ。この家の物、持って帰ってもいいのかな >>


<< 持ち主のいなくなった物の回収は、住民に認められています。前にお話ししたあの解釈のとおりです >>


 そうだった。


 俺は家の中を一部屋ずつ見て回った。


 金になりそうな物は、思っていたとおりほとんどない。家具は家具だ。大きくて重くて買い手がつかない。旧時代の機械は使い道のわからない物がほとんどで、ゲンの店に持ちこんでも二束三文で買い叩かれるだろう。


 先人たちの言っていたことは正しかった。


 ただ俺にはアカリがいた。


<< この家具の中身は、とても良い素材でできています >>


<< ただの古い家具に見えるけど >>


<< 見た目はそうですね。椅子の骨組みも卓の板も、旧時代の素材です。ばらして素材にすれば、色々な物に作り直せます >>


 台所の調理器は置いていく。売れば目立つし、俺の部屋にはもうある。


 使える物は家具だけじゃなかった。


 台所の壁の奥には、水を循環させる仕組みがあった。使った水を濾してきれいにして、また使えるようにする仕組みだ。床下には、家じゅうにエネルギーを回すためのジェネレーターがあった。


<< これ、電気を作る機械? >>


<< いいえ。旧時代の家は電気では動いていません。もっと別の、今の時代にはないエネルギーで動いていました。このジェネレーターは、そのエネルギーを生み出して家じゅうに送るための物です >>


 今の時代にはないエネルギー。


 俺は床下に収まった、黒くて四角い箱を見下ろした。


 こういう物があることは、ハンターの間でも知られていないわけではない。綺麗な家の床や壁の奥には、ときどきこういう得体の知れない機械が埋まっている。ただ取り出すには壁や床を壊さなきゃならない。壊せば警報が鳴って警備機械が飛んでくる。命がけで取り出しても、何に使うのかわからない物にゲンの店は大した値をつけない。


 だから誰も手を出さなかった。


 俺は違った。住民で、ハンターで、この家の持ち主はもういない。床の留め具は手首をかざすだけで外れた。警報は鳴らなかった。


<< どちらも外して持ち運べます。別の家に移しても、すぐに使えますよ。ジェネレーターのエネルギーは、今の家の電気の代わりにもなります。電気も水もほとんどお金がかからなくなります >>


 水が尽きない。エネルギーが尽きない。そんな暮らしを俺はまだ想像したこともなかった。


<< 今の部屋に付けられる? >>


<< 付けることはできます。ただ旧時代の仕組みに合わせるには、お風呂やシャワーや壁の中の管まで作り直すことになります。今のお部屋は借りているお部屋ですよね >>


<< 大家さんに何て言えばいいかわからないね >>


 それにそこまで作り直すには、今の権限では足りないらしい。


 今は持って帰っておくだけにしよう。いつかこれを使える場所ができたときのために。


 大きな椅子を背嚢の口に押しこむ。椅子はするりと吸いこまれて消えた。卓も棚も寝台も。水の仕組みもジェネレーターも、アカリに教わりながら外して背嚢に入れた。


 背嚢は少しも重くならなかった。


 ◇


<< アラタさん。この部屋の壁、少しおかしいです >>


 奥の寝室でアカリが壁の前に立った。


<< どこが? >>


<< 壁の向こうに空間があります。部屋の広さと、家の外から見た大きさが合いません >>


 言われて俺も壁を見た。ただの白い壁だ。継ぎ目も取っ手も何もない。


<< ここです >>


 アカリが壁の一点を指さした。


 指で押してみる。何も起きない。叩いてみる。音が少しだけ軽かった。


<< 隠し扉か >>


<< はい。その奥に、金庫のような物があるようです >>


<< ちょっと待って。それ、教えちゃっていいの? 他人の家の金庫の場所でしょ >>


<< 本来でしたら、お教えしません >>


 アカリはあっさりと認めた。


<< サポートAIは、住民の方の暮らしをお手伝いするものです。よそのお宅の金庫を探すお手伝いは、ふつうはしません >>


<< じゃあ、なんで >>


<< アラタさんのご職業がハンターだからです >>


 アカリはどこか得意げだった。


<< 住民登録のとき、端末からご職業を読み取りましたよね。ハンター。持ち主のいなくなった物を探して回収するお仕事です。住民の方のお仕事をお手伝いするのは、サポートAIの務めですから >>


<< つまり、俺の仕事の手伝いってことにしてる、と >>


<< はい。そう解釈しています >>


 また解釈だ。


 警備機械を壊してもいい理屈と同じだった。567年分の暇を持て余したAIたちは、どうやら決まりの穴を見つけるのがずいぶん得意らしい。


<< それで、開けられる? >>


<< 申し訳ありません。ここから先は、この家の方の個人の鍵です。基礎教育修了者の権限では開けられません >>


 アカリは残念そうに言った。


<< 場所がわかるところまでが、わたしのお手伝いの限界です >>


 つまりここから先は、昔ながらのハンターのやり方で行くしかないということだ。


 俺は壁の継ぎ目を探して工具を差しこんだ。ゆっくりと力をかける。最適化された腕の力と強化服の力が重なって、壁の板がみしりと音を立てて外れた。


 隠し扉の板は、はめこんであるだけだった。壊したわけじゃないからか、警報は鳴らない。


 奥に、腰の高さほどの黒い箱があった。


 表に小さな光る板がついている。電子の鍵だ。


<< この鍵を壊すと、警報が鳴ると思います >>


<< だよね >>


 無理やり開ければ警備機械が飛んでくる。この遺跡の決まりごとだ。


 俺は背中のライフルを下ろして部屋の入口の方を確かめた。窓。廊下。玄関までの道。どこから来て、どこで迎え撃つか。


 それから拳銃を抜いた。金庫の光る板だけを、中まで抜けない角度で撃ち抜く。


 ◇


 警報が鳴った。


 家の外で何かが一斉に動き出す気配。


 まずスニッチの鳴き声が通りの向こうから聞こえた。続いて羽音。窓の外にワスプが二機、三機と回りこんでくる。


 俺は寝室の窓の脇に体を寄せた。


 一機目のワスプが窓の正面に来た瞬間、拳銃で推進器を撃つ。落ちる。二機目が撃ってくる。半歩下がる。弾の列が窓枠を削っていく。撃ち返す。落ちる。


 三機目は屋根の上に回りこもうとした。その動きが手に取るようにわかった。屋根の端に出てくるその一点に、照準を置いて待つ。


 出てきた。撃つ。落ちる。


 廊下の奥で低い唸りがした。


 玄関からシュレッダーが滑りこんできたのだ。浮かぶ重装甲の機械が、狭い廊下をこちらへ向かってくる。


 寝室の戸口の陰に身を引く。


 シュレッダーの体が震えた。


 廊下が破裂した。四方八方に撃ち出された破片が、壁を削り天井を落とす。俺は戸口の陰で、それが過ぎるのを待った。


 過ぎた。


 一歩出て、ライフルで下の青い光を撃つ。一発、二発。また戸口に引っこむ。


 二度目の破裂は思ったより早く来た。引っこみきる前に破片の雨が肩を叩く。視界の端でシールドの残量が半分近くまで落ちた。


 戸口の陰でシールドセルを一本叩きこむ。待つ。また出て撃つ。


 三度目でシュレッダーが溜めに入った。正面が開いて低い唸りが大きくなる。


 その瞬間に最後の青い光を撃ち抜いた。


 鉄の塊が床に落ちて、重い音が家じゅうに響いた。


 外を確かめる。スニッチが一機、まだ通りの上を回っていた。窓から身を乗り出して拳銃で撃ち落とす。


 それで静かになった。


 使ったセルは一本だけだった。


<< お疲れさまでした >>


<< 一発、もらっちゃったね >>


 一か月前なら、今ごろ床に転がっていたのは俺の方だ。


 ◇


 金庫の扉は鍵を撃ち抜いたせいでもう閉まる力を失っていた。


 手をかけて引く。


 中には布に包まれた物が一つだけ入っていた。


 包みをほどく。


 手のひらに収まるくらいの薄い板だった。俺のハンター用の端末と似ている。ただこちらの方がずっと薄く、ずっと軽い。表は黒い鏡のように艶やかで、傷ひとつない。


<< 旧時代の記録端末です >>


<< 何の? >>


<< 個人の記録を残しておくための物です。中身は持ち主の方の鍵で守られています。今の時代の方には、まず開けられないと思います >>


<< これ、売れる? >>


<< 売れると思います。旧時代の端末がこの状態で残っていることは、とても珍しいはずです >>


 俺は手の中の薄い板を見つめた。


 567年前に消えた誰かが、壁の奥の金庫にしまっていた物。何が記録されているのかはわからない。その誰かにとっては、きっと大事な物だったのだろう。


 迷ってから、布で包み直して背嚢にしまった。


 ◇


 その日のうちに、近くの綺麗な家をあと三軒回った。


 どの家の門も手首をかざすと開く。どの家にも家具と水の仕組みとジェネレーターがあった。隠し扉は一軒にだけ。その奥の金庫を開けるとまた警報が鳴り、同じ顔ぶれを片づける羽目になる。中には古い装身具がいくつか入っていた。


 背嚢は家具と素材で、とんでもないことになっていた。


 ユメサキに戻って、ゲンの店に記録端末と装身具を出す。


 装身具の方は旧時代の飾りの品で、すぐにいい値がつく。


 記録端末は違った。


 ゲンは記録端末を手に取ったまま、しばらく黙っていた。


「……どこで見つけた」


「姫路の一番奥の方です」


「開かずの家か」


「ええ。たまたま開いてたんですよ」


 嘘だった。


 ゲンは何も言わなかった。端末をひっくり返し、光にかざし、角の傷まで一つずつ確かめる。それから帳面を開きかけてやめた。


「これはうちじゃ買えん」


「え」


「値のつけ方がわからん。旧時代の端末がここまで綺麗に残ってるのは見たことがない。中に何が入ってるかで、値が何倍にも変わる物だ。うちみたいな小さな店じゃ、まともに鑑定もできん」


 ゲンは記録端末を布で包み直して俺の方に押し返した。


「中央の買取所に持っていけ。あそこならちゃんと鑑定できる」


 ユメサキの中心の近くにある、ハンターを束ねるハンター組合の大きな買取所だ。俺はほとんど行ったことがない。中堅のハンターが持ちこむような品は、ゲンの店で十分に捌けたからだ。


「わかりました。ありがとうございます、ゲンさん」


「礼を言われるようなことはしていない」


 ゲンは装身具の代金を俺の端末に振りこみながら、ぽつりと言った。


「腕だけじゃないな、お前」


「運もいいんですよ、たまには」


「……そうか」


 ゲンはそれ以上は聞かなかった。


 ただ端末を返すとき、ほんの少しだけ俺の手首の方に目をやった気がしたが、気のせいだと思うことにした。

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