味方
ぶぶぶ。ぶぶぶ。
マナーモードに設定しているスマホが、不意に震え出す。
ベッドの上で丸く縮こまっていた美紀は、びくりと体を跳ねさせた。
電気も付けず窓もカーテンも閉め切ったどんより暗い室内を、小さな液晶画面がぼんやりと照らす。
サイドテーブルの上でぶるぶると振動を続けるスマホの画面には、お揃いで買ったキャラクターキーホルダーのアイコンと共に『久美』の名前が表示されている。
美紀はかぶっていたヘッドホンを脱いで、しっかり耳孔を塞いでいた耳栓を片側だけ取り出した。
数秒間の躊躇いの後、受話器アイコンをスワイプする。
「……もしもし」
『美紀ぃ!? やっと繋がったぁ、どーしたのよぉ』
何日ぶりかに聞いたその声が友人のものであることを、美紀は一瞬忘れていた。
テンションがぶち上がった時の金切り声に感じた懐かしさから、かろうじて思い出せたといってもいい。
『全然ガッコー来ないし、家行っても会ってくれないわ電話にも出ないわで。面会謝絶る程具合悪いん?』
「ん~、具合が悪い、ってわけじゃないんだけどさぁ……」
どう返そうか思考を巡らせながら、美紀はカレンダーへ目を向けた。
学校はいつから休み始めたっけ。
お母さんが精神科の受診を進めてきたのはいつ。担任が家庭訪問に来たのは。成績とか受験の話をする両親を部屋から追い出したのって。
考えに耽るその間もずっと、室内には何の音も響かない。
静寂に満ちたこの狭い空間にいる限り、不吉なあの声は聞こえない。
偶然気付いたその法則に縋る判断を下した時点で既に、美紀の心は限界を迎えていた。
『もしかして前に話してた幻聴、まだ聞こえてるとか?』
「……まあ、うん」
遠慮がちな肯定の語が美紀の口から零れ落ちる。
隣で耳を澄ましても拾えるかどうかレベルの小さな声は、気にしなきゃいいじゃんンなもんさぁあ、と即座に返された呆れ声によって吹き飛ばされた。
「だってっ、現に声聞いた後すぐに嫌なこと起こってるし」
『偶々運が悪いことが続いただけだって。気にしすぎ』
まるで取り合おうとしない久美に、美紀は特に失望はしなかった。
まあ、だって。そりゃそうだよね、としか思えない。
立場が逆だったら、私も同じ言葉を久美に返しちゃってる気がする。
「でも外に出たらまた聞こえるかもしれないし……」
『あーしができる限り一緒にいてあげるから、出てきなよ』
「一緒にいたって嫌なことが起こるのは避けられないの。鳥のフンの時もそうだったじゃん」
理解されない孤独感から、つい声に棘が混じる。
『でも、二人一緒だったら笑い話にできるかもしれんしょ』
言い返した後で後悔から口を噤んだ美紀の耳に、あっけらかんとした返しが届いた。
鳥のフンだって、一緒に浴びちゃえばいいよ。
くっさぁ、とかきたねぇ、つって笑い飛ばしてやるわ、ンなもん。
受話口から絶えず飛んでくる強気な言葉に、美紀はつい吹き出した。
久し振りに零れた笑い声だった。




