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【悲報】吾輩、九州産のポンコツ栗毛に転生するも、心臓がバケモノすぎてバテるという概念が存在しない  作者: 猫の造形美
九州産馬キリシマノカゼ

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8/12

第6話 阪神大賞典

3月を迎えた。


向井要が登録を出したのは、3月17日に阪神競馬場で行われる阪神大賞典。


勝てば天皇賞・春への優先出走権が得られる。


2着以下でも重賞のため収得賞金は加算されるが、優先出走権そのものは勝たなければ手に入らない。


しかし、G2ともなれば、賞金を持つ古馬の強豪たちがこぞって春の始動戦に選ぶため、2勝クラスのキリシマノカゼは、通常であれば非当選除外の対象だった。


だが、近年の阪神大賞典は、実のところ登録頭数そのものが伸び悩む傾向にあった。


大手生産グループの有力馬は、3000mという長丁場そのものを敬遠し、2000mの大阪杯(G1)や海外のドバイミーティングへ分散する。


さらに、その年の登録馬のうち2頭が、直前の調教で軽いハ行を起こして回避を発表した。


木曜日の午後、JRAから発表された出走確定馬の名簿。


全17頭。フルゲート18頭に満たない。


キリシマノカゼの名前が、最下段に滑り込んでいた。


「ゲートが開くぞ、拓也」


向井は事務所のファックスから出てきた名簿を見つめ、低く言った。


天候は晴れ。


阪神の芝は絶好の良馬場。


陣営が望む雨の助けはない。


装鞍所で、竹豊は前走の万葉Sを振り返っていた。


3000メートルをほぼ独りで引っ張り、最後の最後に交わされた。


あの僅差なら、あと少しペースの配分を工夫すれば、逃げ切れる目算が立つ。


「豊さん、馬場は軽いです」


拓也がそう告げると、竹は静かに頷いた。


「分かってます。だから今日も、逃げます。ただ、前回より果敢にハナを奪ってペースを握る形にします」


3月17日、阪神競馬場第11レース。


単勝オッズは、前年の菊花賞4着馬が1.6倍の1番人気。


キリシマノカゼは45.8倍の11番人気。


他陣営の調教師たちは、なぜ2勝クラスの九州産馬がここにいるんだ、と一瞥する程度。


午後15時35分。


ファンファーレが鳴り響き、17頭がゲートを飛び出した。


竹はキリシマノカゼを迷わず先頭に立たせ、果敢にハナを切った。


阪神の3000mは、内回りのコースを2周する。


1周目のホームストレッチを通過する時点でのラップは、1ハロン12秒6〜12秒8。


「これなら後ろも簡単には来られない……」


スタンドの拓也が拳を握る。


竹はキリシマノカゼの息遣いを確かめながら、無理に飛ばさず、しかし後続を寄せ付けない程度のペースを維持した。


2周目の向こう正面。


残り1000メートルの標識を過ぎたところで、後方に控えていた1番人気馬がしびれを切らして外から進出を開始した。


全体のラップが一気に11秒5へと跳ね上がる。


ロングスパート合戦の始まりだった。


竹は動じなかった。


先頭を守りながら、キリシマノカゼの息づかいを確かめる。


まだ、余力は十分残っている。


最後の直線、残り350メートル。


良馬場の高速決着。


外から良血馬たちが上がり34秒台の脚で抜け出そうとする。


しかし、逃げながらも脚を溜めていたキリシマノカゼは、他馬がすでに消費し尽くしたスタミナを、そのまま先頭で受け止める形になった。


11秒9のラップを刻んだまま、粘りに粘る。


残り150メートル。


外から菊花賞4着馬が最後の脚を振り絞り、じりじりと迫ってきた。


「……いける、いけるぞ!」


スタンドで拓也が声を張り上げる。


ゴール寸前、菊花賞4着馬の鼻面が並びかけてくる。


竹の叱咤に応えたキリシマノカゼは、最後の一完歩で鼻先を伸ばした。


電光掲示板に着順が表示される。


【 1着:キリシマノカゼ 2着:菊花賞4着馬 】


頭差。


わずかにキリシマノカゼが凌ぎ切った。


「……やった……やったぞ!!」


拓也が両拳を握り締め、叫んだ。


重賞初勝利。


しかも積極的な逃げでの逃げ切り勝利。


これにより、キリシマノカゼには優先出走権が刻まれた。


3勝クラスを飛び越え、オープン馬の仲間入りである。


誰にも譲らずに掴んだ、天皇賞・春への切符だった。


検量室に戻った竹は、泥を拭いながら向井と固い握手を交わした。


「向井先生、やりましたね。果敢に逃げて、粘って、首差で凌ぎ切った。この馬は本当にどこまでもバテない。最後の瞬発力だけが足りないだけで……裏を返せば、瞬発力を封じられる条件さえ整えば、勝ち負けが変わります」


向井はしばらく黙っていた。


「封じられる条件、か」


「雨、ですかね。京都の3200メートル、雨さえ降れば……」


竹の言葉に、向井は静かに頷いた。


「分からんな。天皇賞まで、あと1か月ちょっとある。晴れるか降るか、それこそ神様に聞かんと分からん。ただ——」


向井は一度言葉を切り、それでも続けた。


「もし降ったら、それは本気で勝負できる話だ」


確信ではなかった。


しかし、先ほどまでは細い一本の望みだったものが、今は確かに太い道筋へと変わっていた。


誰もが場違いと笑った九州産馬が、自力で平地最高峰のG1天皇賞・春のゲートをこじ開けた瞬間だった。


あとは、天に任せるしかなかった。

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