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【悲報】吾輩、九州産のポンコツ栗毛に転生するも、心臓がバケモノすぎてバテるという概念が存在しない  作者: 猫の造形美
九州産馬キリシマノカゼ

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第5話 万葉S

明けて4歳となったキリシマノカゼの収得賞金は、依然として1200万円のままだった。


4歳以上の古馬クラスにおいて、この賞金は2勝クラスに該当する。


通常であれば、3勝クラスの特別戦にすら出走できず、ましてやG1である天皇賞・春など登録すら叶わない状況だった。


しかし、向井要は、JRAの番組表にある唯一の抜け道を見つけていた。


1月、京都競馬場。


芝3000メートルのオープン特別、万葉ステークス。


このレースはオープンクラスの別定戦だが、長距離という特殊な条件ゆえに登録頭数が少なく、フルゲートを割ることが多かった。


JRAの規定では、オープン戦に空きがある場合、下位クラスの馬でも格上挑戦として出走が認められる。


「ここで1着を獲る。それしか、春の盾へ進む道はないぞ」


向井の計算は、勝つことだけを求められる一本道だった。


前日、竹豊は栗東の宿舎で、明日のレースを頭の中で何度も組み立て直していた。


3000メートル、11頭立て。


長距離戦では、後方に構えて脚を溜める馬が大半だ。


ならば、逆にこちらが早々にハナを取り、道中のペースを自分の手で握ってしまえばいい。


幾度となく逃げ馬に乗ってきた。


前半を抑えすぎれば、後方の瞬発力に呑まれる。


かといって突っ張りすぎれば、直線で自分から潰れる。


その塩梅を見極めるのが、逃げという脚質の難しさだった。


だが、この馬には、その塩梅そのものが要らないかもしれない。


抑える必要も、突っ張る心配もない。


ただ、いつも通りのペースで、いつも通り走らせればいい。


それだけで、後続の馬たちが勝手に脚を使い果たしていく。


向井にはその晩、結論だけを短く伝えた。


「明日はハナを切ります」


「……そうか」


細かい説明を求めることもしなかった。


竹の判断に委ねる、という以上の言葉は不要だった。


1月5日、京都競馬場。


冷たい冬晴れのなか、万葉Sのゲートが開いた。


出走頭数は11頭。


キリシマノカゼは格下ということもあり、52キロの軽量での出走となった。


ゲートが開くと、竹はキリシマノカゼを迷わず先頭へ押し出した。


長距離戦らしく、他の馬たちは無理に競らず、ハナを譲る形で後方につけていく。


1周目のホームストレッチを通過する時点でのラップは、1ハロン12秒8〜13秒0の落ち着いたペース。


竹の狙い通り、レース全体が緩やかな流れで進んでいった。


芝は冬枯れのタフなコンディションで、長距離適性のないスピード馬にとっては1歩ごとにスタミナが削られる馬場だった。


しかし先頭を行くキリシマノカゼには、その消耗が全くと言っていいほど見られなかった。


2周目の3コーナー、京都名物の坂のアップダウンを迎える。


ここで、後方に控えていた実績馬たちがじわりとスパートを開始し、全体のラップが11秒8へと跳ね上がった。


竹はキリシマノカゼの手綱を握り直し、逃げるペースをわずかに上げた。


最後の直線、残り400メートル。


逃げ続けるキリシマノカゼの後ろに、後方から脚を溜めていたオープン馬たちが、瞬発力を発揮して迫ってくる。


他馬のラップが13秒台に落ちていく泥仕合のなかで、キリシマノカゼだけが12秒1のラップを淡々と維持し続け、先頭を守り続けた。


京都のスタンドで、拓也は思わず声を出しかけ、周囲の大歓声にかき消されて自分の声すら聞こえなくなった。


残り100メートル、まだキリシマノカゼが先頭にいた。


しかし、ゴール寸前。


後方から一気に脚を伸ばしてきた1頭が、キリシマノカゼの外から並びかけ、ゴール板の直前で交わしていった。


1馬身半差の2着。逃げ切りまで、あと一歩届かなかった。


拓也は何も言えなかった。


歓声にかき消されたのは、悔しさの声ではなく、思わず上がりかけた歓喜の声だった。


それを飲み込む形で敗戦を受け止めることになった。


レース後に交付される本賞金としての40%は馬主の口座に入る。


クラス分けを決める収得賞金の加算は、オープン特別では1着馬のみである。


2着では、収得賞金は1200万円のまま。


クラスは2勝クラスから1ミリも動かない。


検量室に戻った竹は、向井に向かって悔しそうに首を振った。


「向井先生、申し訳ない。3000メートルをほぼ独りで引っ張って、それでも脚が残っていたのに、最後だけ足りませんでした」


向井は、竹の言葉には直接答えなかった。


ただ、手元の出走表に記された「本賞金:0円」の欄を、しばらく黙って見つめていた。


これで何度目だろうか。


強い競馬をした馬の口座に、何も積まれない。


厩舎の経営は、勝ち星ではなく、こういう数字の積み重ねで回っている。


竹の目には見えていないもの、馬の脚には映らないものが、向井の手元の紙一枚には、いつも容赦なく刻まれていた。


「バテたわけじゃない。分かってる」


それだけ言うと、向井は出走表を静かに折り畳み、内ポケットにしまった。


JRAの冷酷なルールという壁が、改めてキリシマノカゼの前に立ちはだかった。


本番の天皇賞・春まで、残された長距離のステップレースは、3月の阪神大賞典か、あるいは日経賞のみ。


ここなら重賞のため、2着でも収得賞金が加算される。


しかし、G2ともなれば、出走を希望するオープン馬で確実に満杯になる。


2勝クラスの九州産馬に、そのゲートが開く可能性は、限りなくゼロに近かった。

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