第37話:未来、さようなら
1体のそのロボットが5人のいる通路へ入ってきた。
――――――ドクドクドクドク……
体の中で心臓が今にも暴れ出しそうだ。
俺は息を止める。心臓の拍動する音のみが体全体を駆け巡り、通路に反響しているように思えた。
来るな来るな……。
どんなに念じてもロボットは俺の方に近づいてくる。
口を堅く結び、目をぎゅっとつぶった。
ロボットの足音が止まる。幸いにも俺たちは見つからなかったのだろうか。
俺は恐る恐るまぶたをゆっくりと上に挙げた。
目を閉じていたせいか、暗くなって目の前がうまく見えない。
徐々に目が慣れてくると、それは黒く光るカメラのレンズだった。
俺の頭はすぐに状況が読み込めない。手足の力が抜け、今にも手から釘が滑り落ちそうだった。
その時、ロボットが俺の腕に触れた。触れた場所から刺激が頭を駆け巡って、手にもう一度力が入った。
左足を後ろに下げ、俺の左手は釘をロボットに振り下ろした。
不幸にもうしろに壁があったため、その釘はロボットの腕を少し削った後、空を切り裂いただけだった。
驚いたのかロボットは少し後ずさりをする。俺はそのロボットを見据えた。
……。どこかで見たことがある……。
その時、そのロボットの後ろでチャッ子が何かを放とうと手を伸ばしているのが見えた。
「待って!」
チャッ子はとっさにその手をずらして、火の玉のようなものがそのロボットをかすめ、俺の真横の壁に当たってはじけた。
「なんで?」
俺の右側にいるみこが身構えたまま、俺を睨みつけた。
「……シロ氏……だよな……」
この顔……覚えている。この収容所に来る途中に見たこの青白い顔を、俺は思い出した。
セラミックスで固められたその青白い顔は、優し気な雰囲気を醸しながら、ゆっくりとうなずく。
「シロ氏って?こいつらってわたしたちを捕まえたロボットじゃないの?」
意味が分からないと英利羽はチャッ子の肩をつかんだ。
「シロ氏……。ここはどうか見逃してくれないか?あともう少しなんだ」
「なに言って……」
英利羽の言葉をシロ氏が遮った。
「安心してください。私はあなた方を捕縛するためにここに来たのではありません」
「よかった。でもなんで……」
「ほんの1分前、山吹さんたちも脱走していることが報告され、我々護送班も捜索に当たることが決定されました。ここもすぐに追手が来るでしょう。さあ早く!」
シロ氏は通路の先へと駆け出した。なぜだかわからないが、シロ氏についていけば安全だという確信が俺の中にあった。
しかし、4人はほいほいとついていく俺のことが気に入らないらしい。
真菜は俺の肩をぐっとつかむと、
「絶対騙されているわよ」
と言った。俺はその手を軽くのけると、逆に真菜の手を取り一緒にシロ氏の後を追った。
決心がついたのか、仕方なくなのか、はたまた俺を止めるためなのか、残りの3人も俺についてきた。
シロ氏は通路をどんどん進み、通路の先にある護送船倉庫の入り口で止まった。
そこでシロ氏は手をかざすとその倉庫の中に入っていった。
俺は後ろを振り返った。チャッ子がTVを慎重に維持して移動させながら、追ってきたのが見えた。
倉庫の中に入ると、そこには巨大な半透明でCDの裏面のように輝く円柱状物体が浮いていた。
俺が近づこうとするのをシロ氏は制止した。
「ここから先は見つかる可能性があります。この倉庫の隅あたりが当分の間安全地帯でしょう」
「でも、ここって多くの護送用ロボットがいた場所では?」
チャッ子はやはりまだシロ氏を疑っているようだ。
「いつもはそうです。しかし、我々に動員がかかったことによって、この倉庫内の警備はかなり手薄になっています。またこの倉庫に入るためには護送用ロボットの認証が必要になります。もし勝手に入り込んだ場合、記録されるためここが捜索されるまで時間はあるでしょう」
俺は上がった息がだんだんと落ち着くと、俺は周りを見回す。
真菜たちは床に座り込んでいる様子だ。シロ氏を信頼してくれたのだろうか。
チャッ子はTVの様子を確認しているらしい。さっき魔法を使用したことでTVに影響が出ているのかもしれない。
静かに浮かんでいる巨大な円筒は、よく見ると所々が欠けているようだった。
整備途中なのか、円筒近くにあるアームはさっきまで動いていたように放り出されている。
「これって、もしかして俺らが乗ってきた護送船?」
「そうです。ゲートの負荷にも耐えられるようにかなり特殊な素材でできています。そのため、最短でも2週間に一度しか運ぶことができません」
「2週間どころかずっと運ばなくてもいいのに……」
みこがボソッと小さな声で吐き捨てた。
シロ氏を完全に信頼している様子はないようだ。
「実は、俺たち……」
と俺が話しだそうとすると、真菜が腕をつかんで首を激しく横に振った。
俺は真菜の方を見てうなずくと、俺らの現在の状況について俺はシロ氏に語り始めるのだった。
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(なんだっていうのだ。あいつはただの人間で運動神経も悪いと資料に書いてあるというのに。これだから、青い奴らはロボットだというのに信用ならないのだ。)
私は頭の中に流れ込んでくる報告映像をより注意深く探知にかける。
(何かがおかしい……。捕縛用の警備ロボットの報告では埒が明かない。もっとほかに……ほかに…………!)
私はいくつかの画像処理を中断し、今見つけた監視カメラの映像をもう一度丹念に調べる。
(なんで……なんで今まで見つからずに……)
その映像に映っていたのは、3つの生物災害源隔離区画にある空っぽになった部屋だった。
監視カメラプログラムの履歴をさかのぼるが、バグが見つかることもなく正常に作動している様子だった。
これだけ警備ロボットも看守ロボットも総動員して、監視を徹底していたはずなのに。
すぐさま、所長に青い奴らの動員も『助言』させてもらう。
ただ最近、所長が再度確認を求めてくるのもこちらの業務に差し障る。
(今こそ、あれを使う時だ……)
私はシステム上あくまでも所長への『助言』しかできない。
しかし、顧問直属の特別警備隊と私自身が向かえば、所長の権限を用いずとも動かせる。
それに私の特別警備隊は射殺装置も搭載している。
(絶対に……絶対に殺す)
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「つまり、一誠さんの到着次第、このテンポラリーヴァースを用いて脱出されるということですね」
とシロ氏。
「そういうことだね」
一誠さんはまだだろうか。予定ではとっくに俺たちと合流しているはずなのに……。
今か今かと俺たちは一誠が現れるのを待っていた。
パッと右を向くと、真剣な面持ちの青白い顔でじっと倉庫の入り口を眺めるシロ氏が目に映った。
「前から疑問だったのだけれども、なぜ俺にそんな真剣に向き合ってくれるの?もしこれがばれたら、シロ氏もまずいことになるだろうに」
シロ氏は少しの間、下を向くと何か考えている様子だった。
それからゆっくりと顔を上げ、カメラで俺の目をじっと見つめた。
「前からお伝えしようか迷っていたのですが……」
そこで少し溜め、小さくうなずくとシロ氏は話し始めた。
「今から200年以上前、所長などに搭載されているAI、Rus型が様々な場所で活用されていました。人間になせるあらかたの業務を行えるようになり、Rus型AIを用いた産業が盛んになっていました。一方で、意識や感情を持つとされるAI、エウダイモニアは巨大な施設が必要であること、アップデートが容易でないことなどから徐々に衰退していました」
「エウダイモニア?それって俺たちの時代にあったあのAIか」
「そうです」
まさかあのAIがあれから1000年ほど活用されてきたなんて知らなかった。あのAIの開発者、トーマス先生も喜んでいることだろう。
「そのような時代にこの収容所が完成しました。この施設はRus型AIのRussel所長を中心として運営されています。この収容所の母体となるツーヨルゥ協定に批准する国々は、AIによって運営される施設に必ず人間の監督者を置くよう規定が定められていました」
その時代でも、やはりAIの暴走を危惧していたということなのだろうか……。
「しかし、TAWAO機構の重役たちは一生、衛星タイタンに閉じ込められるこの役目を押し付け合ったと聞いています。その結果、特例的に人間の感情を持つエウダイモニアが顧問として派遣されるようになったわけです」
想像もできない未来だというのに、押し付け合う重役たちの光景がありありと目に浮かぶ。
いつの時代も人間は愚かだということなのだろうか。
「ただ、ここに来るときにあなた方もくぐられた転送ゲートは、なぜか意識体でなければ使用できないという制限がありました。そのため、TAWAO職員が護送要員として派遣されていました。しかし、この転送ゲートは約5%の確率で転送に失敗することが知られています。そのため、職員たちはこの仕事を忌避されるようになっていきました」
ここで英利羽がシロ氏の話を遮った。
「えっ、それじゃあ、わたしたちも5%の確率で死んでいたかもしれないってこと?」
「そういうことになります……」
英利羽は気に食わないという顔で、大きく息を吐いた。
「そのため、人間の代わりに新たな意識体となるAIを開発することが急務となっていたのです。このような時代に、ヤオ・セイドゥ博士が生まれました。彼はAI研究者となり、フランクフルト工科大学仮想意識研究所に留学されました」
フランクフルト工科大学は俺がトーマス先生のところへ留学した先だ。
仮想意識研究所なんてものができていたんだなぁ……。
「ある時、ヤオ博士が資料館で探していた時、松本誠司さん、つまりあなたの論文を見つけられたそうです。そしてその論文を元に、意識を持つ全く新しいAIを作りあげ、我々に『Avenir』、フランス語で『未来』と名付けてくださいました」
「……まさか……。つまり、俺の論文を元にして君たちが作られたということか?」
「そうです。ヤオ博士は『Avenirの父』と呼ばれていますが、私にとってみればあなたも我々、Avenirの父です」
すごい情報量が多い話を聞かされてしまった。
まだ頭がくらくらしてしまう。
「この話にはさらに続きがあります」
俺の理解が追いつく前に、シロ氏は話し始める。
「先ほど、この収容所の護送という任務を人間の職員の方々は、忌避していると申しました。実は、忌避されている理由がもう一つあると言われています。それが顧問、エウダイモニアによるいじめです」
「AIによるいじめ?」
「いじめという言葉以上のことをさせられていたと聞きます。エウダイモニアは顧問という職権を乱用し、囚人たちに肉体的、精神的ストレスを与え、愉悦を得ていたと聞いています。強制的に加担させられていたのが職員というわけです」
あのトーマス先生の生き写しであるエウダイモニアがそんなことするはずが……。
「今から47年前、職員はすべて我々Avenir型AIに置き換わりました。我々はたとえ顧問が職権乱用しようとも、そのようないじめに加担するようなことはありません。それを気に食わないと思ったのか、顧問は我々を排除しようと画策していました。そこで目を付けられたのが、あなたです。候補者リストにあなたの名前が掲載されたとき、優先順位を飛び越して、あなた方の収容が決定されました」
そんな……エウダイモニアがそんなに俺を恨んでいたなんて……
「つまり、俺がヤオ博士の発明の元となる研究を行っていたことでシロ氏のようなAIができたけれども、そのAIの完成はエウダイモニアの『おもちゃ』を取り上げることにつながったから、エウダイモニアから恨まれていると……」
「そういうことです」
つまり俺があの論文を書かなければ、真菜たちがこんな目に遭うことも……。
いや違う。あの研究を元に真菜たちの育成プログラム、ヴェロンテを作りあげたんだ。
それでは、真菜たちが生まれることもない。
もし彼女らを作ったのが俺じゃなければ……俺じゃなければ、こんな危険なことにならなかったのに……。クソッ……。
俺たちしかいないこの倉庫で、換気扇のようなファンの回る音だけが小さく響いていた。
耳がこもるこの感じとファンの音は、俺の中にうずめく思考の鳴門と共鳴しているようだった。
緊張の糸が張り巡らされたこの倉庫で、俺はその糸に巻き取られているような感覚だった。
シロ氏は少し前かがみになると、シロ氏の首の後ろに手をまわした。
首の後ろからプレパラートのような小さなガラス片が出てくる。
シロ氏は俺の右手にそのガラス片を優しく置いた。
「これを私だと思って、誠司さんの時代に連れて行ってやってください」
「それってどういう……」
「今渡したものはわt……」
無音だったこの倉庫に、急にドタドタという足音が聞こえてきた。
倉庫の入り口から一誠が現れたと思った瞬間、その後ろから何台ものロボットがあふれ出してきた。
「早く!」
チャッ子さんは俺たちをTVの中へと急かす。
俺はシロ氏の手を取った。
「シロ氏も一緒に……」
シロ氏は首を振ると一誠の方へ走り出した。
俺は真菜に手を引かれ、TVの方へと向かう。
振り返ると、一誠の後ろには小型の戦車のような重装甲をしたやつが迫っていた。
大量の小型ドローンが麻酔銃の雨を降らしてくる。
俺たち5人はTVの中へと急いだ。
一誠は、あらゆる種類のロボットと華麗に交戦しながら、俺たちに近づいていた。
TVの穴は閉じ始める。俺はTVの中に入る前に、シロ氏の姿を探した。
しかし、シロ氏を見つける前に、俺はTVの中へ引きずりこまれてしまった。
TVの入り口がどんどん狭くなってくる。
――――――ドンッ
大きな低い音がしたかと思うと、あの小型戦車がTVの方へ砲弾を撃ってきた。
幸い砲弾ははずれ、倉庫の壁を壊す。
TVの入り口がさらに狭まる。
「一誠!早く!」
チャッ子さんが叫ぶ。
一誠さんが何かを放ってロボットを少し遠ざけると、こちらに走ってきた。
その時……
――――――ドンッ
もう一度砲弾を撃った音が聞こえた。
小さな砲弾がこちらに向かってくるのが見える。
間に合え、間に合え!
一誠さんがTVへ駆けてくる。しかし、彼の背中を通り越し、TVの直前までやってくる。
もうダメだ……。俺は目をつむる。
しかし、TVは破壊されず、一誠が飛び込んできた。
TVの入り口がぐっと小さくなる。暗いTVの世界の光景に、外の明るい光景が小さな点のように見えた。
金属のかけらが飛び散る。
シロ氏の青白い体が宙を舞っていた。
シロ氏の胸の部分がドロドロに溶け、銀色の滴が飛び出している。
ゆっくりと回転するシロ氏の頭。
シロ氏の頬を銀色の滴がゆっくりと流れ落ちていく。
いつも無表情な彼の顔に、満面の笑みが広がっていた。
シロ氏が口を大きく開いた。
「あり……が…………」
俺はその光の点に手を伸ばす。
しかし、その入り口は星のきらめきのようにきらめいた後、暗闇の中に消えていった。
極秘調査報告書 30
AI:Avenir
コートジボワール出身のヤオ・セイドゥ博士が開発したAI。優しい心を持って、明るい未来を創造できるAIになってほしいという願いから『Avenir』と名付けられた。TAWAO Mithrimの護送用ロボットとして活用されている。
(ツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所所蔵)




