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俺はJKを助けたいのか、それとも助けられたいのか  作者: 酉 真菜
第2章:人類のため働きつづける世界
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第36話:強行突破―インセンディアリーー

英利羽は懐中時計をじっと見る。


「3……2……1……作戦開始!」


チャッ子が高らかに宣言する。

一誠は窓の外を少しうかがうと、まるで水風船のように少し膨らみ、体が透けるようになって消えた。

真菜の目の前のガラスが少しゆがんだかと思うと、一誠が一般区画の方へ駆けていくのがなんとなく、みこにはわかった。

一誠が消えると、大会直前のような張り詰めた空気だけが残った。

本当に誠司はこの作戦に協力してくれるだろうか……。


「そろそろ私たちも行きましょう」


とチャッ子が告げる。真菜とみこは互い見つめ合い、うなずいた。

チャッ子が指でガラスに円を描くと、穴が開く。


「英利羽、あとはよろしくお願いします」


とチャッ子は外に出る前に言った。

真菜、みこは、約1か月ぶりに部屋の外に出た。どこか空気がおいしい気がした。

チャッ子は監視カメラのある方向に、何か青い光を放った。おそらくこれが認識阻害魔法だろう。

すると、目の前にいるほかの囚人たちの反応が変わった。

オラウータンのような囚人はガラスに張り付いて、少し興奮気味な様子でこちらを見ている。

奥のドラゴンというか龍のような生物は急にガラスに頭を打ち始めた。

他にも、部屋の中を駆け回る者、その場で飛び跳ねる者、こちらに手を振る者、あまり興味を示さずに座り続ける者……みんな部屋の中にいるはずなのに、通路は聞こえない音で遊園地のようにあふれていた。

みこは自分が舞台の上のアイドルになったかのように手を振った一方、真菜は自分が見世物のように感じて身を少し縮こまらせた。


「さあ、走りますよ!」


チャッ子は自分に言い聞かせるように、また2人に作戦を思い出させるかのように言うと、右手にある狭い通路の入り口に向かって走り出した。

多くの視線を感じながら、真菜もみこも続いて走り出す。

3人が狭い通路に入った途端、コンサートホールのような広い空間を感じた。

作戦の興奮もあるせいか、ライブが始まる直前のようだ。

そうして3人は、決められた定位置に着くと、真菜とみこは周りの様子を確認しはじめた。


英利羽は3人を部屋で見送ると、すぐに通路の左端に向かった。

監視カメラの死角になる範囲は限られている。英利羽はカメラに映らないように、できる限り身を小さくまとめた。

目の前には、エレベーターの扉があった。


「こんなの、もし誰かがエレベーターに乗ってきたら、一貫の終わりじゃん……」


英利羽はエレベーター横の吹き抜けから下を覗き込む。下には監視のロボットたちがうようよしていた。

すると、真菜が狭い通路の入り口から手を振っているのが見えた。

どうやらカメラの認識阻害が外れるらしい。

少し周りを見渡してみるといつの間にか、囚人たちは落ち着いているようにも見えた。

収容所初日を思い出す。あの時は何もわからず、ただただ運ばれていくことしかできなかった。

英利羽はまだ誠司を完全に許せたわけではなかった。それでも、あの初日の時に比べてみれば、今は信頼できる4人がいると考えれば、誠司を信じる余裕も生まれてくる。


作戦開始から10分か20分経っただろうか。

英利羽は吹き抜けから上下の様子をうかがっていたが、いつものようにロボットたちはゆっくりと移動していた。

おかしい……作戦では今頃、誠司が暴れまわって、多くのロボットたちがせわしなく動き始める時間である。


――――――ウイーン


近くで急に大きな音が鳴る。エレベーターが起動したようだった。

上の文字盤が1階、2階……と上ってくる。


――――――ガシャン


エレベーターの扉が開く音がした。

もう終わりだ……英利羽はとっさに目をつぶる。

しかし、エレベーターは扉が閉まり、再び動き出した。

4階に止まる。そして、エレベーターは3階に止まらず、1階に去っていった。


思わず息を止めていた英利羽は、安堵と一緒に大きく息を吐き出した。

本当に誠司が何もしていなかったら、作戦に協力していなかったら、いつかこのエレベーターに乗ったロボットに殺されるかもしれない。

英利羽は周囲に注意を払い、心の中で祈ることしかできなかった。


********************************************


俺は窓の外を眺めた。

久しぶりに立ち上がったように感じる。

窓から見える向こう側の部屋には、たくさんの人たちが今日もぼーっと座っている。

あの告白の時の服を俺はまだ着ている。体の垢や汗の臭いはしているだろうか。

ズボンが少し脱げそうだ。ベルトを締めてくればよかった。

俺はズボンの右ポケットに手を突っ込んだ。ひんやりとしたツルツルのものが手に触れる。

俺はそれをポケットから取り出すと、ちらっとそれを見る。

こいつが重いせいで、ズボンが脱げそうになっているに違いない。俺はズボンをこれでもかというほど引き上げると、またそれをポケットの中にしまった。


何回も見た窓の外の景色だったが、少し新しく感じる。

少し上を見ると、ここからでもかすかにある部屋が見えた。

部屋の前には、ロボットもいない。

自分にとって大切だったはずの誰かももうその部屋にはいない。


「俺、できるかな……」


俺の口から出た小さな言葉は、きっとその部屋の中にも響いているに違いない。

俺の部屋の排水口からの返答はない。しかし、その人が告げる言葉はもうわかっていた。

俺は大きく息を吸いこんだ。肺に腐ったこの部屋の空気が入り込む。


わああああああああああーーーー――――――


この区画、この収容所に響き渡るように叫ぼうとする。

目の前にあるガラスがそれを許さなかった。ガラスの向こう側にいる囚人もロボットも全く反応する様子はなかった。

もう一度俺は叫ぶ。この星、タイタンに響きわたるように。地球に届くように。元の時代にも響き渡るように。


わああああああああああああああああああーーーーーーーーーーー!――――――


自分の声のせいか耳がキーンとする。俺はもう一度息を大きく吸い込んだ。

うしろに大きくのけぞると、額をガラスに打ち付けた。

続けざまに、ガラスを何回も殴りつける。

ジックの時の傷は完全に治っているはずだが、どこかズキズキする。

また俺は額をガラスに打ち付けた。温かいものが額から流れ落ちる。


さすがに俺の前には看守ロボットどもが集まってきた。前回のこともあってか、あの時追いかけてきた警備ロボットや麻酔銃ドローンも見える。

1、2、3……9台……。少ない……。

ここから見える反対側の通路では、まだ看守ロボットたちが普通に囚人の監視を続けていた。まだだ……。


俺は、わめき、ガラスを叩き、足を踏み鳴らした。

麻酔ドローンは銃口を俺に向け、看守ロボットは行動を停止するように要求している。しかし、俺はやめない。まだだ……まだ少なすぎる。

また1台、さらに1台と俺の周りには、警備ロボットが集まってくる。

しかし、あの部屋の前の看守ロボットは俺に関心を向けなかった。


手がひりひりする。顎関節とのどが痛い。自分の声で鼓膜が破れそうだ。

左手がガラスを打ち付けようとするが、勢い余って窓ガラスの上を滑ってしまった。その勢いのまま左脚に直撃する。痛い……。棘が刺さったように太ももが痛かった。

そうだ……左ポケットには……。

俺はすぐさま左ポケットに手を突っ込み、あの五寸釘を取り出した。


五寸釘を握りしめ、俺は大きく振りかぶった。そして一気にガラスに向かって振り下ろす。

もちろんこんなことでは、このガラスに1㎜たりとも傷をつけることはできなかった。

しかし、目の前のロボットたちの様子は変わる。

さんざん呼びかけて応じる様子もなく、なぜか釘を持っているとすれば、もう強硬な手段をとるしかないとしたのだろう。

看守ロボットは一旦動きを止めると、ピリピリという高い音を発した。


それでも俺は釘を何回も打ち続ける。たとえこのガラスを割る前に手の骨が砕けようとも……。

例の部屋の前にいた看守ロボットは、急に動きを止めると今までとは反対方向に動き出す。そうだ……もっと、もっと……。

いつからか俺ののどはつぶれ、声はほとんどでなくなっていた。

しかし、たとえ俺がどうなろうとも、俺は釘を打ち続けるのをやめない。

手には豆ができ、皮が破れ、血が流れ落ちる。

それでも俺はやめなかった。

俺の前のロボットの数はさっきよりもどんどん増えていく。

俺は体をのけぞらせ、手をできるだけ高く上げた。

そして、もうほとんど空気しか出ない声と一緒にその釘をガラスに突き立てた。

腕の骨に振動が響き渡る。痛い……。俺はもう一度手を振り上げた。

すると、さっき釘を打ち立てた場所から小さなガラスの破片が、俺の足元に落ちた。

別にガラスに穴をあけられたわけではなかった。ただ小さな傷を小さな破片を削り取ることができた。


俺がもう一度釘を振り下ろす前に、急に目の前のガラスが上に動き出す。

負けじと俺は額をガラスにさらにぶつけた。激しい頭痛が全体に走った。

ガラスがさらに上がる。麻酔ドローンを背後に付け、警備ロボットが今か今かと待っていた。

俺の腕はだらんと力が抜けた。俺の体はところどころもう感覚がなかった。

右手をポケットに入れ、俺はあの石に触れた。

俺の前に集まったロボットどもをもう一度観察する。4、50台はいるだろうか、通路にあふれるばかりのロボットがいた。しかし、その間に小さな空間がある。これならイケる。

小さい警備ロボットは90㎝程だ。今はガラスが70㎝開いたところだ。もうすぐ入ってくる。


俺はもう一度、右手であの石をなでると、ぎゅっと握りしめた。

そして、窓ガラスにもたれかかるように、おもむろに体を前に傾けた。

まるで油膜を通るかのように、何かが俺の体を這う感覚が走り、それと同時に部屋の外が見えた。

小さい警備ロボットが、部屋の中へ動きだしたその瞬間、俺はロボットを強引に倒しながら、指定されたエレベーターに向かって走り始める。


50台のロボットの群れを抜けた時、麻酔ドローンが麻酔銃を俺に向かって撃ってきた。

俺は走る、ひたすら走る。もうあいつらには負けない。

この前走った通路と何も変わらなかった。しかし、この前よりもずっと足は重く、体はだるかった。

自分の体がまどろっこしい。自分のイメージに体が付いてこない。

しかし、一方で俺の体には物理的な重さ以上に、あの3人の期待の重さを感じていた。


絶対に成功させる……。以前とは異なり、今では俺の意識もちゃんと地面に足がついている。

体も重い。意識も重い。自分のイメージに追いつこうと必死に足を動かしていく。

俺の足の先には、白い通路とエレベーターの扉しか映っていない。

時々体のいたるところに小さな痛みが走る。しかし、どんなことがあろうとも、俺の意識は今ここで走っている自分の中にあった。

ゆっくりと着実に近づいてくるエレベーターの扉……。

自分とその扉の間に伸びる白い道はどんどん細くなっていく。

しっかりと握りしめた釘は、道にある障害物を吹き飛ばす。

不安、後悔、挫折、苦痛、絶望、失望……これらの黒いものがどんなにこの道をふさごうとも、もう俺はこの道を失わない。絶対に失ったりするものか。


ゴールの扉が開く。全身の筋肉がSLのように力強く俺を後押しした。

右足、左足、右足……一歩、一歩ゴールへと近づいていく。

ゴールテープを右足が踏み抜いたとき、身体と意識は白い光の中へと沈んでいった。

そして、扉は閉まった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



俺は光の中に沈んでいた。

体中の痛みは徐々に癒え、あたたかい空間が俺を包んでいた。

落ち着くような懐かしい匂いと、頭を柔らかくなでられる感触。

不安と緊張というひもで絞めつけられた心が、安心感というハサミで緩んでいった。


目を開けると、そこは小さな電球がぽつぽつとついているような暗い空間だった。

目が暗闇に徐々に慣れていく。きらりと反射する栗色の髪が顔の前をちらついた。

俺の顔の前には、真菜の顔があった。目が合うと、真菜は顔をそらしてしまった。


「いつまでそうしているつもり?」


黒髪のポニーテールが俺の顔を覗き込む。ああ、夢だろうか。


「なにぼーっとしているのよ。早く起きなさい」


みこが俺の手を引く。俺はぼんやりしながら体を起こした。

俺は感極まると、自然と口をついて出てしまった。


「ありがとう……本当に!」


「誠司、静かにしなさい!」


少し遠くの方から金髪ツインテールが声を抑えて、俺を注意する。

帰ってきたんだ!俺は……


「まさか、終わったとか思っているんじゃないでしょうね」


俺の緩みきった顔を見兼ねた英利羽が、半ば呆れている様子だった。


「渡した紙を読んでないの?ここはまだ収容所の中よ」


夢の世界でぼんやりしていた俺はぬるま湯を顔に浴びせられたような気持ちだった。

現実世界に意識を戻しているつもりだが、3人と再会できたことこそまだ夢のような状態だ。

周りを見渡してみると、そこは通路の途中で身を隠しているという状況だった。

英利羽は通路端から周りの監視をしているようだ。みこは、知らない少女を気にしている。

真菜はというと……


「えっ、まさか俺って今まで、真菜のひざまくらで寝ていたってこと?」


「あんた、まだ気がついていなかったの?英利羽は地べたでも寝かしておけって言っていたけど、真菜がどうしてもって、あんたの面倒見ていたのよ。感謝しなさい」


みこにも呆れられてしまったようだ。

俺はあんなことをしておいたのに、真菜は俺を気遣って……。感謝しきれない。

そして、俺はもう一度謎の少女の方へ向きなおった。


「……で、そちらは?」


「誠司、チャッ子は一回部屋に来たはずよ?」


俺の部屋に?英利羽の後には誰も来なかったように思える……。

その時、光り輝く少女が俺の心を救い出してくれたことをフラッシュバックした。

あれって、幻覚じゃなかったのか……。


「この子は、チャッ子。この作戦全部を立ててくれたのよ」


「私はそんな……。みなさんの協力があったからです」


「謙遜しちゃって!帰りのTVだってチャッ子がいなかったら」


そういうと、みこは今までどんな経緯でチャッ子さんと一誠さんが協力してくれたかを手短に話してくれた。


「本当にありがとうございます」


チャッ子さんが救い出してくれなかったら、きっと何の状況も変えられなかっただろう。

もう声も思い出せないあの人は、こんなことが起こるなんて予期していただろうか。

今はTVなるものを生成し終わって、一誠さんが戻ってくるのを待っているそうだ。


その時、かすかに物音が通路の端から聞こえてきた。

5人に緊張が走る。

手で合図をすると、チャッ子さんはTVをゆっくりと暗がりに移動させる。

俺と真菜とみこはただTVのそばで壁に張り付くことしかできなかった。


――――――コツコツッ


まだ音は続いている。英利羽が通路端からのぞき込むと、俺らのそばにやってきた。

英利羽と真菜は目を見合わせる。

どうやらなにかが近づいてきているらしい。

俺はポケットの中にあったあの釘をもう一度握りしめる。


――――――コツコツッ


ゆっくりと近づいてくる音。一誠さんではないことは明らかだった。


――――――コツコツコツコツッ


一誠さんの帰りをただ願うことしかできないが、それでも通路をこちらに向かってくる。

気がつかずに、こっちの通路に曲がってこないでくれ……。

俺は、目をつぶり、息を殺す。


――――――コツコツコツ……


足音は近くで一瞬止まった。気づかれただろうか。

俺は目を開けようとした瞬間、また足音が再開した。


――――――コツコツコツコツッ


向こうに去っただろうか。違う、こっちに徐々に近づいている!

真菜の息づかいが少しずつ速くなっていることに気がついた。

俺は、左手の釘をぎゅっと握りしめた。


――――――コツコツコツコツ……


また歩みを止めた。俺は、目をうっすらと開けてみた。

カメラのレンズが俺の目と合う。

そう、目の前には、俺たちのことを完全に認識しているロボットがいた。

極秘調査報告書 29

 収容所内での囚人の代謝

収容所内の空気や光等を厳密に制御することによって、囚人たちの代謝の制限をしている。多くの生物の場合、環境の制限を行うことによって、二酸化炭素や汗を排出することもない。しかし、同時に傷の治癒などはされないため、囚人がけがなどを負った場合、積極的に治療を行わなければならない。

(ツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所所蔵)

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