第29話:クヤマナイデホシイカラ
「一誠には、誠司の救出に向かってもらうため、3人で協力してどうにかそれまで見つからないようにする必要があるということです」
『3人』、その言葉にみこと英利羽は肩をわずかに動かす。
英利羽は振り返り、真菜の様子をうかがった。
部屋の隅でかたく、卵のようにうずくまる真菜はまるで殻の中で孵化する気もなく死を待つだけのヒナのようであった。
微動だにしないので、今真菜が起きているか寝ているかさえ分からない。
すると突然、みこが真菜の方へ歩き出した。
英利羽はみこを目で追った。みこはまっすぐに真菜に近づいていく。
みこは真菜の頭の上に左手を置くと、いきなり真菜の顔を上げさせた。
何日見ていなかったか、久しぶりに見る真菜の顔には、無数の涙の痕が見えた。
みこは、右手を大きく振りあげる。
――――――パンッ!
みこのいきなりの行動に、さすがの真菜の顔にも動揺が見て取れた。
みこは大きく息を吸いこんだ。
「いい加減にしなさいよ、なによそのみじめったらしい顔。あんたね、みこたちが少しでもできることを進めているっていうのに、真菜、あんたは何やっていたっていうの?ずっとこの部屋の空気を悪くして、同情してっていう顔していただけじゃない」
「ちょっと、みこ…」
英利羽がみこを制止しようとするが、堰を切ったようにみこの勢いは止まらなかった。
「少しでも同情したみこがバカだったわ。賢い真菜なら、みこのわからないチャッ子の話だって分かってんでしょ。それでも何一つ協力しないつもり?それとも、みこたちが手間取っているのを頭が悪いってあざ笑って楽しんでんじゃないでしょうね」
「そんなつもりは…」
収容所の空気が初めて通った口からは、かすれるような小さな声しか出なかった。
みこは真菜の言葉を気にせず、そのまま続ける。
「それとも、英利羽と過ごした時間はない方がよかったと思っているってこと?」
「別に…」
「いや、あんたが思っていることはそういうことよ。たとえ誠司がどんなやつだったとしても、英利羽と出会わなければよかったと言っているようなものよ。みこは英利羽と過ごした時間が無駄だとは思わないわ、それどころかあの日々は楽しい大切な毎日だったとさえ思うわ」
真菜は英利羽の方に顔を向けた。
英利羽は真菜の方へゆっくりと近づいていく。
乾ききった真菜の目が少しずつ潤いを取り戻していった。
英利羽は真菜の前に膝をつくと優しく抱きしめた。
真菜の目の中にキラリとした光が戻ってきた。
英利羽の腕の中で、涸れ川に鉄砲水が流れ込む。
真菜の声と様々な感情がその鉄砲水と一緒に流れ出した。
「ごめんなさい…、私…」
みこが真菜の背中を優しくさする。
「泣いてる暇なんかないわよ。まだ何にも実行できていないのだから」
今まで青白く見えた部屋の壁は、3人の周りだけやわらかなオレンジ色に染まっていた。
極秘調査報告書 特別項目4
科学素と魔法素
チャッ子らによって持ち込まれた概念。科学素と魔法素は特殊条件下で相互変換が可能であり、世界を形作るブレーンはこの科学素と魔法素でできていると言われている。ブレーン毎にその比率は異なっているため、そのブレーンの性質を決める一因ともいわれる。我々のアナスモには魔法素が極めて少ないため、古来から魔法や呪術、超能力の類はあまり知られていないが、魔法素が0.02%だけ多いアナスモでは、超能力者が一定数存在していると言われている。科学素1つと魔法素2つでなる神核は、非物質性粒子や情報体などを形成するとして知られている。
(ツーヨルゥ協定世界調整機構データ管理室所蔵)




