第20話:この未来は誰にもわからない
――――――お#$%しん&%$
何か、音がする。どこからだろうか。
俺は部屋の中を見渡してみた。
この部屋は明るいとは言えないものの、何かが潜むような暗がりはない。
部屋自体は清潔で散らかっていることもなかった……というより、この部屋には“なにも”なかった。
ただ白い壁に囲まれ、ベッドも物置もトイレも水道も何もなかった。
あるのはただ小さな謎の排水口だけ。
食事の時間になったら、食事は来るのだろうか。
トイレに行きたくなったらどうするのだろうか。
寝るときはこんなに硬い床で直に寝なければならないのか。
食事かトイレに行くときに、脱走はできるのだろうか。
俺はそんなことを考えながら部屋を見渡していた。
いつのまにか、さっきのパニックは消え去っていた。
――――――だから……
誰か、人の声がする気がする。どこだろうか。ここにあるのは……排水口だけ。
もしかしたら、排水口の中に小人でも住んでいるのではないだろうか。
俺は排水口を覗いてみることにした。
何もない。ただの管が見えるだけだ。
耳を近づけてみる。
――――――それは……だけれども……
たしかに人の声だ。ごにょごにょ言っているために、よくわからないが誰かが話している。
「おーい、誰かいますか」
俺は少し声を抑えつつ、排水口に向かって話しかける。しかし、応答はない。
俺はもう一度話しかけてみることにした。
「誰か……聞こえますか……」
しかし、応答はない。話し声に何かが流れている音が混じっている。
排水管だからか、俺の声は届かないらしい。
その時、ガラスの向こう側から青い警備服のようなものを着た人が歩いてきた。
そいつはひょろ長く弱そうだ。なんとかなるかもしれない。
俺はすぐさまガラスの方に寄る。
「トイレ……トイレに行きたいんです。出してくれませんか?」
俺は、ガラスを軽くたたいてアピールする。
運よく行けば、トイレに向かう途中で、何とかできるのではないか。
俺はこみ上げてくる笑みを必死にこらえた。
警備服の人がこちらを見る。
その人の顔には大きなカメラが付いていた。というよりも、顔に大きなレンズを付けた人型ロボットだった。
それでも、まだ試してみる価値はある。
俺はひたすらアピールを続けた。とりあえず、ここから出してもらわなければ……。
しかし、その看守ロボットは一度見たきり、気にせず行ってしまった。
なんてやつなんだ。トイレに行きたいと言っているやつを放っておくつもりなのか。
――――――聞こえるかの?
その時、はっきりと人間の声が聞こえた。あの排水口の方向だろうか。
俺は、排水口の方にすぐに向かう。
「聞こえます!」
俺は答えてみた。今度は、排水管の中に声が響いているような気がする。
「君は新人かね?」
「はい!あなたは?」
「わしはNo.G41K20250427だ。周りからはジックと呼ばれている」
「No…?ロボットなのですか?」
「ああ、君はまだ聞いていないのか。わしは人間じゃぞ。今の番号はここでの囚人識別番号じゃ」
「囚人識別番号?」
「この収容所では、一人一人に識別番号が与えられるのじゃよ。君もすぐに与えられる」
「本当のお名前は何ですか?」
「本当の名前ねえ……忘れてしまったな」
名前を忘れてしまうとは……。どれくらいここにいるのだろうか。
「ここにはどれくらいいらっしゃるのですか?」
「何十年と捕らえられていると思うぞ。ここでは日にちなんてよくわからないがな」
「時計とかないんですか?」
「時計?そんなものあるわけがない。常にこの収容所は明るく、食事の時間でわかるわけでもない。ましてや、身体の生理的な活動さえどこかに行ってしまったかのようだ」
食事がないだと?それに生理的な活動だって感じられないってことは睡眠もトイレも行っていないってことなのか?
「食事なしでなんで餓死しないんでしょうか……」
「わしには、わからない。この収容所ではそんな摩訶不思議なことが起きるものなのだよ」
俺は何か本当にヤバいところに来てしまったのかもしれない。
人間の生命活動そのものを操れる方法など聞いたことがない。
また排水口から声が聞こえた。
「それで、君はここのことをどれほど知っているのかね?」
「そうですね……。護送中、ロボットからタイタンにある収容所であることぐらいは聞きました。……それにここが32世紀ごろだということも」
「やつらがそんなことを……。やつらとまともに話したやつは初めて聞いたぞ」
「そうなんですか!」
シロ氏は、俺の質問になぜ答えてくれたのだろう。
もしこれが理由でスクラップにでもされていたら、本当に申し訳ない。
「じゃあ、君はここの役割は聞いているかい?なぜ君が収容されているのか」
「なぜなんですか?急に収容されて、何も告げられずに……」
「そうだろうな。わしの時もそうじゃった」
その後、ジックが語った話はあまりにも信じがたいものだった。
このツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所とは、30世紀ごろ設立された国際機構だという。
その役割は、人類の繁栄の阻害となるであろう人物を歴史上から排除することだった。
28世紀ごろから、人類は斜陽になっていた。
そのころAI技術は発展し、宇宙全体を観測し、それを基に計算し、未来を予測することができるようになっていた。
そのため、崩れかけた人類文明の命運をAIに任せたのだという。
俺はふと疑問が浮かぶ。
「でも、未来人たちはAIに支配されることに抵抗感はなかったのでしょうか」
「わしもその点は気になった。ただ、30世紀の人たちに言わせてみると、妥当な判断だったと言われているんだ」
AIの発展とともに、AI急進派は世界の政治をAIに任せるべきだと考えていた。
そんな時、AIの未来予測の中に文明の滅亡が発見される。
文明滅亡予測が出されたことはAI急進派にとって追い風となった。
AI慎重派との間に出された妥協案が歴史上の危険分子のみを監視・収容するというものだった。
その時代の人々は、AIに直接裁かれずに済むため、多くの人がこの案に賛同したのだという。
こっちとしては、全く厄介な話だ。
「ジックはなぜここに収容されたのですか?」
「わしがここにいる理由は『魔法』を作ったからじゃよ」
「魔法?」
「魔法と言っているが、人間の潜在能力を伸ばす理論を見つけたという方が近い」
「潜在能力?」
「人間に秘められているその能力を引き出してあげることによって、物理現象に干渉できるというものだ。まだ理論段階だが、きっと意義のあるものを発見できたと思ったのだがな……。ここに収容されてしまった……」
ジックは笑う。その笑い声には、どこか物悲しさが感じられた。
その声からはなぜか懐かしい温かさを感じる。
そんな彼がこんな目に遭っていることが許せなかった。
「ほかにはどんな方がいらしたのですか?」
「そうだな……たとえば、人間の精神状態を外部から計測できる係数を提唱したアム、マイクロブラックホールの実用化をしたジン、タイムマシン理論を提唱したビック、新細菌兵器を発明したデフ……そのほかにもたくさんの人たちに会ってきた」
ジックが挙げた人たちを思う。彼らもジックのような人々だったのだろうか。
ここにいる人すべてがそんな人たちの集まりかと思うと、胸が熱くなるのと同時に苦しくもなった。
「君は何をしたのか聞いてもいいかい?」
「私は、人造人間を作りました……」
極秘調査報告書 20
収容所内の排水管系
ミスリム山脈収容所の建設後見つかった欠陥。ごく一部の部屋が多数の部屋の囚人と排水口を介して話していたようである。欠陥の発見後、総会に議題としてかけられたが建て替えなどの費用から、補修の必要なしと判断された。ある囚人の証言によると、時刻毎に配管内の水流の流れが変化するため、会話できる相手を選択できるという。
(ツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所所蔵)




