43 卵と牛乳
異世界生活8日目。今日はマンションの移動日だ。
ここ数日の密度が濃くて、もう半年くらいこの世界で暮らしているような気持ちだ。
「おはよう。ロウ、レイ」
『お、ようやく起きたか』
『おはよう、ハルカ』
ロウとレイ、家の中の精霊に朝の挨拶をし、
いつものように冷蔵庫からパンとブロッコリーを取り出して、適度なサイズに切る。
塩を振って炒め、バターと小麦粉を溶いたスープで煮て、パン粥にする。
味見をする。コレジャナイ感じがすごいが、そこそこ食べられるのでヨシとしよう。
昨日、街で野菜や肉、卵、小麦粉を調達したが、牛乳はなかった。
冷蔵庫への発注リクエストも通らなかったし、もしかしたらこの世界には牛が居ないのかもしれない。
前にバターを発注した時は、少し変わった風味の物が出てきたので牛乳をもとにした物ではないだろう。
発注したときに試行錯誤した際のメモを探す。あった。
『結論。バターを頼むときは、牛などの動物の乳(脂肪を多く含んでいるやつ)をずっと振り続けて脂肪を分離して固めた食品』
と書いてあった。
おそらくヤギか羊か、何か別の動物のミルクだったのだろう。
もう少し豊かな食生活を送りたい。叶うならばピザが食べたい。
作り方は分からないけど、たぶんパンにチーズとかベーコンとかトマトソースとかを乗せて焼いたらそれっぽいものができるだろう。
街で買った卵をゆで卵にして半分に切ると、白身の色がピンクで、黄身が4つ子だった。
見た目が鶏の卵のようだったのでてっきり鶏卵かと思っていたが、鶏卵ではなさそうだ。
加熱していれば、おそらくお腹を壊すことはないだろう。生で食べるのはやめておこう。
「鶏の卵もないのかもしれない。何の卵なんだろうなぁ……」
冷蔵庫の上に置かれた謎のタマゴは今日も生暖かい。触ると少し動いたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
少なくともこれではないのは間違いない。
ゆでた卵に塩を振って食べると、少しバニラのような風味がするこってり系マイルドな卵の味がした。
「うーん。あ、これ、甘くして蒸したらプリンみたいになるかも?」
『お菓子か?』
「そうそう。こう、ぷるぷるした黄色い甘いお菓子よ」
牛乳と砂糖と卵を混ぜて、蒸せばできたはずだ。フライパンに水を張れば蒸し物はできるだろう。たぶん。
後で作ってあげたいが、あれも牛乳が必要なはずなので、ミルクの調達は必須だ。
「課題は牛乳だなぁ。うーん、どうにかして入手しないと」
流石に冷蔵庫に「何かの動物の乳」で発注するのは乱暴すぎる。
研究所の食堂のおばちゃんにでも聞いてみよう。何の動物なのか知っているかもしれない。
「……そういえば、なにか注文し忘れているような……?」
頭をひねるが思い出せない。
思い出せないということは、大したものではないのだろう。たぶん。
朝食を食べ終えて、今日は何をしようか考える。
夕方までやることがないので、トレーニングルームで魔力制御の練習をすることにした。
前回同様、トレーニングルームで魔力枯渇寸前までマジックカードに魔力をチャージする。
風のマジックカードは移設先の地面に刺さっているので、手元にあるのは火と闇のマジックカードだ。
「うーん、火のマジックカードのほうが、いざという時になんとかなるかな? ロウもいるし」
『そうかもな』
今回は火のマジックカードに魔力をチャージした。案の定、カードについている石は真っ黒になった。
【危険物・その2】のできあがりである。その1は研究所の敷地内の地面に突き刺さっている。
昨日は知らなかったのでポケットに入れて持ち運んでいたが、衝撃で爆発すると危ないので、マジックカードをアイテムボックスに収納する。
「うっかり足が吹き飛んでもおかしくないと思うと、ヒヤヒヤするよね」
『足だけで済めばいいな』
「ロウ、怖いこと言わないで」
『ハルカ、準備できた?』
「おっけー、レイ。どんとこーい」
もちろん、「Don't来い」と「どんと来い」をかけている。
体内の魔力だまりを確認し、手元へ、そして外へと流れるように魔力制御を行う。
流石に倒れるまでやったので慣れてきた。問題は持久力だ。
ウィンドウォールを張る。
ウィンドウォールを張る。
ウィンドウォールを張る。
水を飲む。
ウィンドウォールを張る。
ウィンドウォールを張る。
お菓子を食べる。
ウィンドウォールを張る。
ウィンドウォールを張る。
ウィンドウォールを張る。
:
陽が傾き始め、西日が差し込んできた頃。ようやくレイから合格がもらえた。
『かなり安定してきたんじゃない?』
「な、なんとかね……」
『うん。2分は張れてるな。エレベータ動かすぐらいなら大丈夫だろ」
『コツもつかんだみたいだし、大丈夫そうね』
おお。さらばエレベータ簡易キー。
『じゃあ次は、魔力枯渇なしでやってみましょう』
……おかえり。エレベータ簡易キー。
『もう感覚は分かるでしょう? ここまでくればもう少しよ』
「はい……ガンバリマス……」
コンコン、と、トレーニングルームのドアをノックする音がした。
「ハルカさん、お疲れ様です」
「あ、ユーイさん」
トレーニングルームのドアを開けたのはユーイだった。どうやら時間らしい。
「少し早いですが、そろそろ準備して頂いてよろしいですか?」
「はい、わかりました」
トレーニングルームの鍵をコンシェルジュカウンターに返却し、パタパタと片付ける。
「ロウ、魔力制御の調子はどうですか?」
『いい感じだぜ。全方位のウィンドウォールを2分は張れるな』
『そろそろエレベータの簡易キーも要らなくなるわね』
ロウとレイが自信満々な様子で答える。プレッシャーだ……。
「うう……まだまだですよ……」
「そうですか。順調なようで何よりです」
ユーイがにこやかに答える。
「焦らなくても大丈夫ですよ。ウィンドウォールは基礎的な防御魔法ですが、全方位で長時間使い続けることができる人間はそう多くありませんから」
「そうなんですか?」
「ええ。エレベータという仕組みが特殊なので全方位に張る必要がありますが、戦闘で使う場合は一方向だけに張ることが多いかと思います」
「……戦闘で使う予定は今のところないですね……」
「まぁ、階段もありますので」
エレベータを自由に使うためには頑張るしかないらしい。魔力制御もしんどいけど、100メートルの階段昇降するのもしんどい。
矛盾しているかもしれないけど、なるべく楽をして生きたい。
「低層階に住む」という解決方法があることをハルカ以外の全員が知っていますが、早く魔力を使えるようになってほしいと全員が思っているので誰も言いません。




