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非戦闘員なので逃走スキルで生き延びます~タワマンでスローライフ始めます~  作者: 雪城
第一章 住所不定の転移者

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42 マンション見学と信頼の証

クラウドにとって、マンションの中は何もかもが新鮮だった。

風魔法で上下に浮遊する箱。

透明度の高いガラスの一枚板でだけで仕切られたドア。

清潔感のある壁、ベッド、布。バリも荒れもないまっすぐに鋳造された金属サッシ。

食べられるわけでもなく、薬草となるわけでもなく、花が咲いているわけでもなく、ただ調度品として鉢植えされた草木。

衛生的で温かい水の出る金属の管。


あれは何だこれは何だあっちはどうだこっちはどうなっていると、矢継ぎ早にユーイに質問する様子は、さながら初めて来た遊園地に興奮する少年のようだった。

落ち着いているときの穏やかな雰囲気とのギャップがすごい。

そして何より、周囲を浮遊する微精霊と、その住居であるマンション中央に据えられた大樹に心を奪われていた。


「明日の夜の移設が待ち遠しい……」


キラキラとした顔でクラウドが浮かれている一方で、後ろを歩いていたエミリーは終始無言だった。

驚きすぎて放心しているような、思考を放棄したような、そんな状態だった。

護衛騎士として大丈夫なのかちょっと心配になる。

ちなみにクラウドの精霊4匹はかなり自由に動き回っていたようで、うちの住人の精霊達とほとんど見分けがつかなくなっていた。

私には、若干大きくて、光り方にムラがあるくらいしかわからない。


2時間ほどかけたマンション見学ツアーを終え、クラウドとユーイに精霊を回収してもらい、帰りの馬車の支度をしてもらう。

ロビーに待たせていた御者さんに声をかけると、あからさまにほっとしたような、泣きそうな顔をしていた。

ずっと緊張しっぱなしだったようで、出したお茶はほとんど減っていなかった。ごめんよおじさん。


「せめてお茶菓子だけでも持って帰ってください」


手作りクッキーを小さな紙袋に入れて、全員にお土産として渡す。そしてもう一つ。


「遅くなってしまったので、これもどうぞ。馬車で食べてください」


夕飯代わりのサンドイッチをバスケットごとクラウドに手渡す。ジャムバターサンドと、ブロッコリーとチキン的な物のサンドである。

共用施設のパーティールームで、プロジェクターに投影した30分ムービー「タワーマンションでの生活~変わる街並みと私のモデルケース~」を見ている間に、大急ぎで用意したものだ。


「手作り……」


クラウドが真剣な表情をして言った。


「ハルカさん、僕と結婚して下さい」

「お断りします」


明らかに資産(マンション)目当てだろう。勘弁してほしい。

エミリーも固まっている。固まっていないで助けて。


「あ、養子でも大丈夫です!僕次男ですし!」

「この年で子持ちとかマジで勘弁して下さい……」


貴方、私と年齢ほとんど変わらないでしょう。


「ユーイさんの養子でも大丈夫ですよ!」

「それは絶対だめです」


むしろ私がなりたい。というかジャンクション家に恨まれそうだ。


「やはりだめですか……。残念ですね」

「当たり前です。もう少しマシな口説き文句覚えて出直してきてください」


ちなみに見学ツアー中にこぼした「ユーイさんが女の人だったらなぁ」という呟きを私はしっかりと拾っている。

この人をリーフィアさんに会わせたら、人間を捨てて精霊になりそうで怖い。残念なイケメンである。ジャンクション家大丈夫か。


クラウドがサンドイッチのバスケットを御者に渡し、エントランスの外に出る。

外はもうすっかり夜で、初秋の冷たい風が吹いている。

マンションの周囲は畑なので、少し離れると灯りが全くない完全な闇が広がっている。

こんなに暗い中で移動するのは大丈夫なのだろうかと思っていたら、クラウドが光の微精霊に声をかけた。


「アリア、お願い」


馬車の周囲があたたかな光に包まれ、街道の道が照らされる。これなら夜道でも大丈夫だろう。


「あの、ハルカさん。僕、準備が整い次第、すぐに引っ越しますので。たぶん、明後日には引っ越せますので」

「……わかりました。こちらもそのつもりで準備しておきますね」


部屋の家具が間に合うか心配だが、うちの精霊たちは優秀なので、今夜のうちに発注すればおそらく大丈夫だろう。


「そうだ。……これを」

「これは?」

「今日のお礼です。無茶ばかり言ってしまいましたので……」


クラウドが小さな金属を手渡した。袖口につけるカフスボタンだ。

描かれている装飾はおそらく、ジャンクション家の紋章だろう。


「信頼の証みたいなものです。何かあったときに、これを見せれば多少は融通が利くかと思いますので」

「ええと、ありがとうございます」


クラウドがにこりと笑って握手をする。


「それではまた。今日はお邪魔しました。明日、また改めて連絡します」

「ええ。また明日、ですね。道中お気をつけて」


エミリーが一礼し、クラウドが馬車に乗り込む。

御者がエミリーの乗馬を確認すると、馬車はガラガラと音を立てて走り出した。


馬車が遠ざかる様子を見送り、エントランスロビーに戻る。

ソファーにボスっと勢いよく座り、はぁ、と大きなため息をついた。ようやく一息つくことができた。

向かいの席にユーイが静かに座る。


「お疲れ様でした、ハルカさん」

「いえ。それより、急だったのにお客さんの対応ありがとうございました、ユーイさん」

「仕事ですからお気になさらないでください。それより、本日の報告を伺いたいです」

「はい」


アイテムボックスから移設経路のメモと聞き取りのメモ、現地でこっそり回収した植物と土のサンプルを取り出す。

ついでにお土産に渡したサンドイッチの残りも取り出し、食べながら現地で見た内容を簡単に報告した。

ユーイがサンプルを見分し、なにやら確認して頷く。


「ありがとうございました。これなら大丈夫でしょう」

「よかったです。あ、そうだ。現地には風属性のマジックカードを置いてきましたので、残りを返しますね」


ポケットから使わなかった火と闇のマジックカードを取り出そうとしたら、ユーイに止められた。


「当日何があるかわかりませんので、移設が完了するまで持っていてください」

「……? わかりました」


必要になる事態はあるのだろうか? あまり考えたくはない。

エントランスロビーの時計が静かにポーンと鳴った。21時を告げる音だ。


「今日はもう遅いので、この辺にしておきましょうか」

「そうですね」


翌日の待ち合わせ時間を決め、ロビーでユーイと別れた。

部屋に戻ってロウとレイにご飯をあげ、荷物を整理したら、そのままベッドで寝てしまった。

私はクラウドの部屋のベッドを発注し忘れたことに気がつかなかった。

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